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第一部 綿毛のようにたどり着きました

意志の儀式

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チャーリーのことを話すとブラウン神官は真面目な顔になって、後で神官室に来るように、とチャーリーに言った。

その後は、私とアリスちゃんは結構忙しかった。かりんとうのおかわりがあるかどうか聞く人にありません、と言ったり、後片付けをしたりでなんだかんだとめまぐるしかったのだ。
片付けを終えてアリスちゃんとようやく腰を下ろしたら、チャーリーが神官室から真っ赤な顔で出てきた。

……どうしたの?!
ただらぬ雰囲気に驚いて尋ねると、チャーリーは「まだ、自分でも茫然としている」と説明してくれた。


「正式にバグズブリッジの神殿の神官補佐見習いにしてくれるって……」

「ええっ!!」

学校も出ていない子供にとってそれは破格の扱いだ。
でも、村から出ていくの?

「ううん。所属がそうなって、ブラウン神官のところに派遣って形になるんだって」

なるほど。神官についてこのあたりの村をまわるみたいな生活になるんだね。
本拠地は村でも良いということか……。

「でも、今年中に下級試験だけじゃなくて学校の全部の試験に合格するようにって……」

チャーリーの顔は混乱しきっている。

ををっと!

そうきたか。

うん。そうだよね。とてもやりたいことと、とても難しいことが一度に目の前に並べられたんだ。混乱するのも当たり前だよ、チャーリー。

でもこれはいいかもしれない。

今私がやっているような、村の「お手伝い」と違って、本神殿の正式な神官補佐見習いは、裕福な商人の三男坊が目指すようなポジションだ。
私がやってるお手伝いの報酬は現物支給だけど、神官補佐はお給料が出る。

少ないとはいえ年金もでる安定した職だしね。
家庭教師をつけて頑張っていたりする。

そこに田舎からチャーリーが突然抜擢されたら疑問視もされるだろう。でも、短い時間で一気に多くのテストに受かったとなれば話は変わってくる。
多分先のことまで見越して条件をつけてくれたんだろうと思う。

「そっか。じゃあ頑張るしかないよね」

「できるかなあ……」

「やってみたいんでしょ。じゃあ、やってみるといいよ。できるところまでやってみたら納得も行くよ」

「そういうものかな……」

「そういうものだよ」

そんな話をしていたらブラウン神官が、私を呼びに来た。
少し時間がかかるというので、チャーリーとアリスちゃんには先に帰ってもらって私は神官室に入る。


ガラス窓から入る光で明るいし、暖かい。
徒室とは違って、簡素だけれど質のいい家具もある。
古いけれどきちんと手入れのされた革張りの椅子に座るとブラウン神官はニコニコしてチャーリーについて聞いてきた。

「チャーリーは、とても頭のいい人だと思います。今までは勉強をする環境がなかっただけで。気立てもいいし、とても真面目な人です。口も堅い」

「なるほど……それが貴女の目に映るチャールズ・メンストンなのですね」

「そうですね」

他になにか言うべきことがあるわけでもないので、素直に頷く。
ブラウン神官は穏やかな笑みを浮かべている。なんというか、小さな子どもたちを微笑ましく見るような目だな~。
いや、まあ確かに今のマージョは16歳だけど中の人はアラフォーですよ?

「ところで……」

ブラウン神官は突然私に話を振った。

「ベルボームさん。貴方は大丈夫ですか」

……?

「お母さまがなくなってすぐに一人で生活を立て直すのは簡単なことではないでしょう? 大丈夫ですか。一人で暮らしていて何か困っていることはありませんか」


……ああ。そういうことか……。

本当に細やかに信徒のことを考える人だ。ありがたいな。

なんて考えていたら、ちょっと思い立ったことがあった。

「あ、あの。困っていることではないんですが、神官様にお願いしたいことがあるんです。よろしかったらオーロラの儀式をしていただけませんか?」

「おや、それはまた随分と古風なことを……好もしぃ人でもいらっしゃるのかな」


「あ、いえ。そんなに華やかな話ではなく……」

オーロラの儀式は意思確認の儀式だから、結婚の意思を明確にしたりするのにも使われる。
私の年齢だったら確かにその使用法が一番多いかもしれない。
でも、そんな艶っぽい話じゃないんだよ。

説明をすると「おやおや」と、ブラウン神官は穏やかに驚いた。
突然思いついたことだから、お礼の喜捨も用意していなかった。

「あの、喜捨代わりにこれを……」

と、ラノリンのハンドクリームを渡すとブラウン神官は「良い匂いですね!」と目を輝かせた。

おや!
意外と反応が良い。男性からこの反応は正直期待していなかったよ。

「オーロラの儀式は簡素なものなのですよ。今、準備をしましょうね」

ブラウン神官は、よいしょっと小さな声を立てて立ち上がると、戸棚から盃とワインを取り出した。

私がワインを一口飲み、私の意志を宣言すると、彼は残りのワインを飲み、私の額にワインの残りでオーロラの星印を書いた。


ほわっと胸のどこかが暖かくなった気がした。

儀式はそれだけだった。

「これだけなんですか」
「これだけなんです。でも、とても神聖な儀式ですよ」
「はい」

それは疑っていない。

オーロラの意思確認の儀式を終えると私の心は、とても明るくなった。
ありがとうオーロラ!

そのうち一度会ってみたいよ!


    
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