上 下
33 / 144
第一部 綿毛のようにたどり着きました

羊の毛刈り1

しおりを挟む
と、最初は唐揚げに心を傾かせていたんだけれど、結局森のチキンは南蛮漬けにしてみた。甘酸っぱくて塩気も効いていて肉体労働の後には美味しいはず。

どっちにしても揚げ物だからそんなに当初の予定からズレたわけじゃない。

朝から早起きして台所で頑張った甲斐があったよ。揚げたてを食べたらとても美味しくて思わずアーロンを呼び出しちゃった。

「おお、これはなかなか……」

アーロンのお墨付きが出たのでニコニコとアナスタシア神棚に飾る。いつものことだけど、神棚に供えた食べ物系は「ふわっ」という感じで消える。
ちょっとだけホラーだ。

「そなたの世界ではマスダケと呼ばれていたな」

マスダケ?

「鱒の茸だ。味が魚に似ていると思ったんだろう」


おお……。確かに淡白な動物性蛋白っぽい味だよね。

「合わない人間もいるから、人に振る舞う前には確認するように」

口に合わないってこと?

「いや、身体に。アレルギー症状が出るものがいる」

チャーリーと同じことを言われた。

その時、ファンファーレがなって私の身体を金色の光が包んだ。


《称号『神の料理人』を取得しました!》

「アナスタシア様! ですから、そう迂闊に称号をお与えになるのはいかがなものかと前回も申し上げて……!」

アーロンが慌てた声をあげる。

えっと……?

「アナスタシア様は簡単にそなたにお会いになるわけにはいかないのだ」

苦虫をかみ潰したような顔でアーロンが説明する。

「だからといって会話代わりに称号をお与えになるなど……!」

ほえー。これは会話代わりだったのか。美味しいからもっと作ってということだね。わかったよ!
次に美味しいものを作ったらまた神棚に供えるから! まかせて!


《称号『神の意を汲むもの』を取得しました!》

「ですから~!!」

アーロンが悲鳴をあげた。
中間管理職の悲哀を見る思いだよ。

ちなみに称号が増えてもさしあたって大きな影響はないらしい。それじゃあ目くじらたてることないじゃんね。

「さしあたって、というのが問題なのだ」

アーロンはまだ苦い顔だ。大変そうだけど、初めて会った時より見た目の印象もはっきりしてきているし、調子が悪い訳じゃなさそうだ。よかったね。

とりあえず南蛮漬けの方も出来上がってすぐに、神棚に供えた。アナスタシア用とアーロン用と。
どちらも速攻で消えた。



******

ということで、メンストンさんの家に南蛮漬けその他色々を持って行く。

「マージョ!」

アリスちゃんが駆け寄ってくる。

「ああ、マージョありがとうね! 毎年この日ばかりはどれだけ手があっても足りなくて」

リジーさんがエプロンで手を拭きながら声をかけてくれた。

「差し入れっていうか、一品持ってきました。あと飲み物も……」

コーディアルを持ってきたのだ。ハーブや果物を煮詰めて作ったシロップで、これも水で薄めて飲むと疲れが取れるはず。
あまり重いものを持つのは辛かったから、シロップを持ってきてこちらで薄めて飲み物を作ろうと思ったんだよ。

「ああ、これはありがたいわ! パンも持ってきてくれたの?」

オーブンがないから鍋で焼いたパンだ。鋳鉄の鍋の蓋に炭を置いて、カンパーニュのようなものを焼いてみた。美味しいはず。パリッといい匂いがしているよ。
あと、ピタも相当たくさん焼いた。
玉ねぎを水にさらしたものも持ってきたから、南蛮漬けと一緒にピタに入れて食べると美味しいと思うの。

「でも、これだけじゃ、焼石に水でしたかね……」

メンストンさんの家には30人ぐらいの男性が揃っている。すごい……壮観だ。

「この時期はみんなで周り持ちで羊の毛を刈るからね」

隣村からも親戚が手伝いに来たりするのだそうだ。確かに村で見たことのない顔がある。

「でも、こういうのは本当に助かるよ。いつもパンとチーズを用意するだけで手一杯だからさ」

ここでご馳走を振る舞うのが女主人の心意気だけれど、そもそも秋冬に作った保存食だとかピクルスだとかが食べ尽くされかけるのが夏の時期だ。
新鮮にとれる食材は多いけれど、どれも手を入れないとならない。
生野菜とか、食べる習慣はあまりないんだよね。
果物は別だけれど、地面に近いものはとりあえず洗って火を通すのが一般的。

日本だったらきゅうりを切るだけ、トマトを切るだけでそれなりのお皿になるんだけれど、きゅうりもトマトもこんなに寒い地域だと育たないしね。

昨日から仕込んでいたんだろうな、という感じの豆が台所の隅でグツグツ煮えている。大変だなあ。


「おー、べっぴんさんがいるねー」
台所を覗き込んだ隣村の若い男性が軽口を叩く。

うわ。こういうのは苦手。


思わずリジーさんの後ろに隠れると、アリスちゃんが撃退してくれた。

「トム、あっち行ってよ。そんなにもたもたしてたら羊に逃げられるよ」

アリスちゃんの剣幕に男性は、「うへぇ」と変な声を上げて退散した。
小さな女の子だけどメンストンさん家の権力者だからね。

リジーさんも、気を紛らわせようと、どんどん仕事をふってくれる。


コップやカトラリーはみんな自分で持ってきているので、用意しなくていい。
持ってきたものをテキパキと大皿に移し替えてテーブルに並べていく。


重箱欲しいな。
あれ、ものすごく賢いよね。
持ち運べるし、華やかだし。

「茹でた豆を溶かしバターとハーブで和えたものを添えたいと思っているんだよ。あと、ゆで卵のピクルスがあるから出して切ってもらえるかな。一人半分ぐらいの分量で」

うん。それはいい考え。先に作って置けるし。

それにしても、量がすごい。私は腕まくりをして、リジーさんの指示に従った。

しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん

夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。 のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

処理中です...