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第一部 綿毛のようにたどり着きました
羊の毛刈り1
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と、最初は唐揚げに心を傾かせていたんだけれど、結局森のチキンは南蛮漬けにしてみた。甘酸っぱくて塩気も効いていて肉体労働の後には美味しいはず。
どっちにしても揚げ物だからそんなに当初の予定からズレたわけじゃない。
朝から早起きして台所で頑張った甲斐があったよ。揚げたてを食べたらとても美味しくて思わずアーロンを呼び出しちゃった。
「おお、これはなかなか……」
アーロンのお墨付きが出たのでニコニコとアナスタシア神棚に飾る。いつものことだけど、神棚に供えた食べ物系は「ふわっ」という感じで消える。
ちょっとだけホラーだ。
「そなたの世界ではマスダケと呼ばれていたな」
マスダケ?
「鱒の茸だ。味が魚に似ていると思ったんだろう」
おお……。確かに淡白な動物性蛋白っぽい味だよね。
「合わない人間もいるから、人に振る舞う前には確認するように」
口に合わないってこと?
「いや、身体に。アレルギー症状が出るものがいる」
チャーリーと同じことを言われた。
その時、ファンファーレがなって私の身体を金色の光が包んだ。
《称号『神の料理人』を取得しました!》
「アナスタシア様! ですから、そう迂闊に称号をお与えになるのはいかがなものかと前回も申し上げて……!」
アーロンが慌てた声をあげる。
えっと……?
「アナスタシア様は簡単にそなたにお会いになるわけにはいかないのだ」
苦虫をかみ潰したような顔でアーロンが説明する。
「だからといって会話代わりに称号をお与えになるなど……!」
ほえー。これは会話代わりだったのか。美味しいからもっと作ってということだね。わかったよ!
次に美味しいものを作ったらまた神棚に供えるから! まかせて!
《称号『神の意を汲むもの』を取得しました!》
「ですから~!!」
アーロンが悲鳴をあげた。
中間管理職の悲哀を見る思いだよ。
ちなみに称号が増えてもさしあたって大きな影響はないらしい。それじゃあ目くじらたてることないじゃんね。
「さしあたって、というのが問題なのだ」
アーロンはまだ苦い顔だ。大変そうだけど、初めて会った時より見た目の印象もはっきりしてきているし、調子が悪い訳じゃなさそうだ。よかったね。
とりあえず南蛮漬けの方も出来上がってすぐに、神棚に供えた。アナスタシア用とアーロン用と。
どちらも速攻で消えた。
******
ということで、メンストンさんの家に南蛮漬けその他色々を持って行く。
「マージョ!」
アリスちゃんが駆け寄ってくる。
「ああ、マージョありがとうね! 毎年この日ばかりはどれだけ手があっても足りなくて」
リジーさんがエプロンで手を拭きながら声をかけてくれた。
「差し入れっていうか、一品持ってきました。あと飲み物も……」
コーディアルを持ってきたのだ。ハーブや果物を煮詰めて作ったシロップで、これも水で薄めて飲むと疲れが取れるはず。
あまり重いものを持つのは辛かったから、シロップを持ってきてこちらで薄めて飲み物を作ろうと思ったんだよ。
「ああ、これはありがたいわ! パンも持ってきてくれたの?」
オーブンがないから鍋で焼いたパンだ。鋳鉄の鍋の蓋に炭を置いて、カンパーニュのようなものを焼いてみた。美味しいはず。パリッといい匂いがしているよ。
あと、ピタも相当たくさん焼いた。
玉ねぎを水にさらしたものも持ってきたから、南蛮漬けと一緒にピタに入れて食べると美味しいと思うの。
「でも、これだけじゃ、焼石に水でしたかね……」
メンストンさんの家には30人ぐらいの男性が揃っている。すごい……壮観だ。
「この時期はみんなで周り持ちで羊の毛を刈るからね」
隣村からも親戚が手伝いに来たりするのだそうだ。確かに村で見たことのない顔がある。
「でも、こういうのは本当に助かるよ。いつもパンとチーズを用意するだけで手一杯だからさ」
ここでご馳走を振る舞うのが女主人の心意気だけれど、そもそも秋冬に作った保存食だとかピクルスだとかが食べ尽くされかけるのが夏の時期だ。
新鮮にとれる食材は多いけれど、どれも手を入れないとならない。
生野菜とか、食べる習慣はあまりないんだよね。
果物は別だけれど、地面に近いものはとりあえず洗って火を通すのが一般的。
日本だったらきゅうりを切るだけ、トマトを切るだけでそれなりのお皿になるんだけれど、きゅうりもトマトもこんなに寒い地域だと育たないしね。
昨日から仕込んでいたんだろうな、という感じの豆が台所の隅でグツグツ煮えている。大変だなあ。
「おー、べっぴんさんがいるねー」
台所を覗き込んだ隣村の若い男性が軽口を叩く。
うわ。こういうのは苦手。
思わずリジーさんの後ろに隠れると、アリスちゃんが撃退してくれた。
「トム、あっち行ってよ。そんなにもたもたしてたら羊に逃げられるよ」
アリスちゃんの剣幕に男性は、「うへぇ」と変な声を上げて退散した。
小さな女の子だけどメンストンさん家の権力者だからね。
リジーさんも、気を紛らわせようと、どんどん仕事をふってくれる。
コップやカトラリーはみんな自分で持ってきているので、用意しなくていい。
持ってきたものをテキパキと大皿に移し替えてテーブルに並べていく。
重箱欲しいな。
あれ、ものすごく賢いよね。
持ち運べるし、華やかだし。
「茹でた豆を溶かしバターとハーブで和えたものを添えたいと思っているんだよ。あと、ゆで卵のピクルスがあるから出して切ってもらえるかな。一人半分ぐらいの分量で」
うん。それはいい考え。先に作って置けるし。
それにしても、量がすごい。私は腕まくりをして、リジーさんの指示に従った。
どっちにしても揚げ物だからそんなに当初の予定からズレたわけじゃない。
朝から早起きして台所で頑張った甲斐があったよ。揚げたてを食べたらとても美味しくて思わずアーロンを呼び出しちゃった。
「おお、これはなかなか……」
アーロンのお墨付きが出たのでニコニコとアナスタシア神棚に飾る。いつものことだけど、神棚に供えた食べ物系は「ふわっ」という感じで消える。
ちょっとだけホラーだ。
「そなたの世界ではマスダケと呼ばれていたな」
マスダケ?
「鱒の茸だ。味が魚に似ていると思ったんだろう」
おお……。確かに淡白な動物性蛋白っぽい味だよね。
「合わない人間もいるから、人に振る舞う前には確認するように」
口に合わないってこと?
「いや、身体に。アレルギー症状が出るものがいる」
チャーリーと同じことを言われた。
その時、ファンファーレがなって私の身体を金色の光が包んだ。
《称号『神の料理人』を取得しました!》
「アナスタシア様! ですから、そう迂闊に称号をお与えになるのはいかがなものかと前回も申し上げて……!」
アーロンが慌てた声をあげる。
えっと……?
「アナスタシア様は簡単にそなたにお会いになるわけにはいかないのだ」
苦虫をかみ潰したような顔でアーロンが説明する。
「だからといって会話代わりに称号をお与えになるなど……!」
ほえー。これは会話代わりだったのか。美味しいからもっと作ってということだね。わかったよ!
次に美味しいものを作ったらまた神棚に供えるから! まかせて!
《称号『神の意を汲むもの』を取得しました!》
「ですから~!!」
アーロンが悲鳴をあげた。
中間管理職の悲哀を見る思いだよ。
ちなみに称号が増えてもさしあたって大きな影響はないらしい。それじゃあ目くじらたてることないじゃんね。
「さしあたって、というのが問題なのだ」
アーロンはまだ苦い顔だ。大変そうだけど、初めて会った時より見た目の印象もはっきりしてきているし、調子が悪い訳じゃなさそうだ。よかったね。
とりあえず南蛮漬けの方も出来上がってすぐに、神棚に供えた。アナスタシア用とアーロン用と。
どちらも速攻で消えた。
******
ということで、メンストンさんの家に南蛮漬けその他色々を持って行く。
「マージョ!」
アリスちゃんが駆け寄ってくる。
「ああ、マージョありがとうね! 毎年この日ばかりはどれだけ手があっても足りなくて」
リジーさんがエプロンで手を拭きながら声をかけてくれた。
「差し入れっていうか、一品持ってきました。あと飲み物も……」
コーディアルを持ってきたのだ。ハーブや果物を煮詰めて作ったシロップで、これも水で薄めて飲むと疲れが取れるはず。
あまり重いものを持つのは辛かったから、シロップを持ってきてこちらで薄めて飲み物を作ろうと思ったんだよ。
「ああ、これはありがたいわ! パンも持ってきてくれたの?」
オーブンがないから鍋で焼いたパンだ。鋳鉄の鍋の蓋に炭を置いて、カンパーニュのようなものを焼いてみた。美味しいはず。パリッといい匂いがしているよ。
あと、ピタも相当たくさん焼いた。
玉ねぎを水にさらしたものも持ってきたから、南蛮漬けと一緒にピタに入れて食べると美味しいと思うの。
「でも、これだけじゃ、焼石に水でしたかね……」
メンストンさんの家には30人ぐらいの男性が揃っている。すごい……壮観だ。
「この時期はみんなで周り持ちで羊の毛を刈るからね」
隣村からも親戚が手伝いに来たりするのだそうだ。確かに村で見たことのない顔がある。
「でも、こういうのは本当に助かるよ。いつもパンとチーズを用意するだけで手一杯だからさ」
ここでご馳走を振る舞うのが女主人の心意気だけれど、そもそも秋冬に作った保存食だとかピクルスだとかが食べ尽くされかけるのが夏の時期だ。
新鮮にとれる食材は多いけれど、どれも手を入れないとならない。
生野菜とか、食べる習慣はあまりないんだよね。
果物は別だけれど、地面に近いものはとりあえず洗って火を通すのが一般的。
日本だったらきゅうりを切るだけ、トマトを切るだけでそれなりのお皿になるんだけれど、きゅうりもトマトもこんなに寒い地域だと育たないしね。
昨日から仕込んでいたんだろうな、という感じの豆が台所の隅でグツグツ煮えている。大変だなあ。
「おー、べっぴんさんがいるねー」
台所を覗き込んだ隣村の若い男性が軽口を叩く。
うわ。こういうのは苦手。
思わずリジーさんの後ろに隠れると、アリスちゃんが撃退してくれた。
「トム、あっち行ってよ。そんなにもたもたしてたら羊に逃げられるよ」
アリスちゃんの剣幕に男性は、「うへぇ」と変な声を上げて退散した。
小さな女の子だけどメンストンさん家の権力者だからね。
リジーさんも、気を紛らわせようと、どんどん仕事をふってくれる。
コップやカトラリーはみんな自分で持ってきているので、用意しなくていい。
持ってきたものをテキパキと大皿に移し替えてテーブルに並べていく。
重箱欲しいな。
あれ、ものすごく賢いよね。
持ち運べるし、華やかだし。
「茹でた豆を溶かしバターとハーブで和えたものを添えたいと思っているんだよ。あと、ゆで卵のピクルスがあるから出して切ってもらえるかな。一人半分ぐらいの分量で」
うん。それはいい考え。先に作って置けるし。
それにしても、量がすごい。私は腕まくりをして、リジーさんの指示に従った。
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