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市場を歩きましたよ

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朝、雄鶏の鳴き声で目を覚ましてすぐに、ガラスの容器をアリスちゃんが作ってくれたかごに入れる。割れると困るので清潔な藁を間に詰めて上にパッチワークの布をかけた。

裁縫箱と端切れも少し持ったよ。
多分ガラスを買う人なんてそんなにいないだろうから、待っている間パッチワークをするのですよ!

私の今の予定はバスタオルを裏地に使ってパッチワークキルトのようなものを作ること。中にタオルを挟むと良いのかなとか、色々考えているんだけど、とりあえずは表面を作ろうと思っている。


……なんて思ってたんですよ!
でもストウブリッジの市場についたらそれどころじゃなかった。
なんか、なかなかの活気でびっくりしちゃったんだ。
人出だったら東京のほうが圧倒的に多い。
そうじゃなくてなんか、こう、動物だとか子供だとかが乱雑に入り乱れてる感じがすごい……。

あれだね、お祭りの縁日とか、ああいうのに客に紛れて山羊がいたりする感じだよ。

「ここにしよう!」

エレンさんは手慣れていて、荷馬車の車部分をちゃかちゃかと売り場に変えていく。馬は上の子が、水やり場に連れて行った。

野菜だとかそんなものと、バターだとか、そんなもの。でも、一番並んでいるのはウールの毛玉やカゴだ。近所の村も農村が多いから、野菜類はそんなに売れないのだ。あとは家畜の皮や、森の動物の革。川魚の入った樽のようなものを持ち込んでいる人たちもいた。

野菜はあまり買うものじゃないんだね。農作物で並ぶのは近隣の農村が作っていないものか……あるいは、それこそトムソンさんの「日向畑」の小麦粉みたいに、なんかブランド化しているか、だね。

お酒はそこそこあった。でも樽が多い。素焼きの壺みたいなのに入っているのもあった。
食べ物を売っている屋台みたいなものもあるんだけれど、どうも衛生面は期待できないっぽい。
いい匂いはするんだけどな……
古着の店なんかもある。あと、私達みたいに近所の人から預かった色んなものを雑多に並べてます……みたいなのも。


「おお、これはなかなか良いコップだね……お嬢さんはガラス職工にはみえないが……?」


エレンさんの作った売り場の隅にガラス類を並べていたらさっそく声をかけられた。髭を生やしたおじさんだ。
なんか、妙な迫力がある。もしかしたら結構大きな商店の買い付けの人なのかも、と「知識」が教えてくれた。

ふえええ。

そんなの想定してなかったよ。メンストンさんみたいな人が買いに来るのを漠然とイメージしてた。

「あ、あの……」

口ごもっていたら「この子の母親の形見です」と、エレンさんが横から入ってくれた。

「おお……そうか」

そこからなんか熾烈な会話が始まった。値段を引かせようとするおじさんと、釣り上げようとするエレンさんと。


「毎度ありがとうございます!」

あれよあれよという間に5万ペレが手に渡された。結構な大金だ、と「知識」が教えてくれる。

「もうちょっと吹っかけたかったんだけど……」

エレンさんは残念そうだけれど、相場が私にはわからないから、とにかく「ありがとうございました」と頭を下げた。

「でも、これでうちに残しておいた蒸留器を買い戻せるわよ! マージョ!」

……。

そこが狙いだったか!
いや、買い戻したかったから、いいんですけれどね!


ガラスの器や瓶はまだ少しあったけれど「よかったら市場を見てきたら? ここは私が見ておいてあげるわよ」というエレンさんの親切な声に甘えて、瓶をほんの少し残した状態で市場を歩くことにする。もらったお金のうちほとんどは蒸留器のお代として先にエレンさんに渡したので懐にあるのはほんの少し。
でも、市場は楽しい。

やっぱり見ていて面白いのは木工細工だとか、細工ものだよね。特に木工細工は荒削りで味があるものだとか、「ここまで精密な?!」と驚くようなものだとか差が激しい。
木工細工の工房もあるみたいだけれど、とにかく手先が器用な農家のおじさんが作ったものが売りに出されている、みたいなケースもあるみたいでバラバラだ。
あとは、膠みたいな素材系も嬉しい。


市場で色々なものを(安いものばかりだけど)ちょこちょこ買いながら色々と聞いて回る。
聞いていたら、なんか、こう、この辺りの領主の評判がやたら悪い。
先代と比べて散財ばかりしていて ろくでもない、という話。
まだ若い領主なのだそうだ。キリングホールの屋敷にいるんだね。
マージョが滞在していた設定だけど、当然のことながら私には記憶がないよ。

「娼館に入り浸っているって噂だよ」


……うー。お近づきになりたくない感じ。

あれー、でも、あれだよね。今代の領主様って、チャーリーとかが学校に行って試験を受けなくちゃいけない、とかその手の施政を敷いている人だよね。そんな悪い施策だとも思わないんだけど……なんて思って聞いて回っていたら、そこもなんとも評判の悪さの一端のよう。


まあ、そうか。
農家の家庭にとっては識字率の必要性なんてそんなに切迫した問題じゃないってことだね。その上、教科書や勉強をするためのサポートが全然なしってなったら、まあ、それなりに抵抗も出るんだろう。方向性としてはとてもいいと思うんだけどな。


うんうん、なんて頷きながら歩いていたら頭の上から笑い声がした。
びっくりして見上げると背の高い優男がニッコニコして見下ろしていた。

「いやあ、ずいぶん面白そうに噂話を聞いて歩いているね」

「……そうですか」


知らない人とはあまり口をきかないんだよ!
小学校でそう教わったからね!


だけど、男性の服装は結構綺麗めだ。そして、なんかさっきの髭のおじさんに似た奇妙な迫力がある。この人も買い付けの商人かなあ。
あんまりツンケンした対応はしづらい気がする。下手して権力者だったらやだからね。


「お嬢さんはどこの村の出かな?」

男性は私の塩対応は全く気にしていないようで隣を歩き始めた。

……困る。こういうの、どう対応していいのだろうか。


……困った時はエレンさんに頼ろうか……。

と、エレンさんの出店を探そうとして私は固まった。……見つからないよ!

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