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一人暮らしがしたいんです

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近代が来る前、人が一人で暮らすというのは例外的なことだった。
単純な話で、集まった方が色々と作業効率がいいからだ。


たとえば、今の私たちの生活と同じだけの快適さを電気無しで追求するんだったら、便利な機械ひとつ当たり一人の人間が必要だ、とよく言われる。

つまり、洗濯機と掃除機と電気ケトルとエアコンのある生活水準を、電気無し、魔法無しで追求するんだったら4人ぐらいの人でが必要だということだ。
これはわかる。
だって、お茶を一杯飲むのにもやらなくてはならない作業がとても多いからだ。

水を井戸から汲んできて。
薪を割って。
火をおこして。
鍋でお湯を沸かしてそれで初めてお茶が飲めるんだ。
いつでも思い立った時にコーヒーや紅茶が飲める生活水準を求めるんだったら、それ専用の人が一人必要だ。


──もしかしたら私の生活魔法って結構チートだったのかも。


ちゅどーん、どっかーんとできるような魔法じゃないけれどね。
でもこの世界の普通の人たちが持っている生活魔法なんて、本当にささやかなものだ。


暗闇の中をぼんやりと月明かり程度照らすことのできる「燈」の魔法だとか。
洗面器いっぱい程度のきれいな水を室温で出すことができる「水」の魔法だとか。
ほんの少しだけ洗濯物の乾きを早くする「風」だとか。


それはアナスタシアの与えてくれた「知識」でわかった。

それを考えて私は今ちょっと途方に暮れていた。
私はずっとおひとりさまで生きてきた。
この世界に来たからといって、いきなり他人と暮らせるような気はしない。
だけれど、一人で暮らすというのはもしかしたらこの世界ではとてもとてもとてもとても大変なのではないだろうか。


うーむ。果樹は多分大丈夫。ハーブ類も豆類も比較的手がかからない。
だけど、農業を舐めてはいけない。
虫もつくだろうし、雑草も生えるだろうし。
「知識」はあるけれど、これは本を所有しているようなもので、農業のスキルがあるわけじゃない。
料理本があるからといって料理が上手だとは限らないのと同じだ。


まずは最初の試練として豚の世話がある。
そばに行ったら好奇心旺盛なつぶらな瞳で見つめられちゃって、私はすでになんか罪悪感を感じているんだけれどね。

そう。
餌だとか、糞の世話もなんだけれど、これも心配なんだ。

そばで毎日世話をして、可愛がった豚を食べられる気がしない……!


とんかつ大好きだけど!

ソーセージもベーコンも大好きだけれど!

今から号泣する自分が目に浮かぶ。


これは……うーむ。


それでも、私は一人で暮らしたかった。一人で、安心できる家で、本を読んだり、音楽を聴いたりして、暖炉のそばでコーヒーを飲んだりしたい。


もしかして、ずっとここに暮らしていたらいつか一緒に住みたい人と出会えるのかもしれない。でも、今の私が欲しい生活はとてもくっきり見えた。


一人で、安心して、のんびりと暮らしたい。




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