4 / 4
ごりやくを独り占めっ!!
しおりを挟むその後、私は発田くんと一緒に八善寺の敷地内へ入り、寺務所の方へ進んでいく。そしてその途中で彼はニヤリと頬を緩める。
「この寺ってさ、実は俺の家なんだ」
「えっ? そうだったの!?」
思わず私は目を丸くしながら裏返った声をあげてしまった。もっとも、それなら御朱印をいただいていくように勧めたこととか七福神巡りの事情に詳しいもの頷ける。
そっか、『光雲』って名前もなんとなくお坊さんっぽいイメージがあるもんね。
こうして私は玄関に案内され、そこで治療を受けた。さすが慣れているというだけあって、テーピングをしてもらうと痛みが和らいですごく楽だ。湿布も気持ちいい。
もう難なく立ち上がることが出来るし、歩くのもそんなに苦にならない。
なにより発田くんに治療してもらっちゃうなんて最高っ! 嬉しすぎて天にも昇る気持ちって言うのかな。今すぐこの場で『きゃーっ!』って黄色い声をあげたい気分だけど、さすがにそれは我慢する。
「ありがとう、発田くん。助かったよ」
「治療代は御朱印の書入れ料のオマケってことにしておいてやるよ。だから早く御朱印帳を出せ。持ってないなら書き置きを渡すことになるが」
書き置きというのは、前もって御朱印帳のサイズの和紙などに御朱印が描かれているものだ。神職さんが常駐していない神社や初詣で参拝客が多い場合などにすぐ手渡せるように、そういう措置をとっていることがある。
あとは感染症が今より流行していた時は、接触機会を減らすために多くの寺社でそうなっていたことがあるけど。
ちなみに私は御朱印集めをする時には常に御朱印帳を持ち歩いているので、それをカバンから取り出して発田くんへ渡す。すると彼はそれを持って寺務所の受付へ移動し、その場所で御朱印を描き始める。
なかなかの達筆で、今までに何度もそういう場面に接してきている私でも思わず見とれてしまう。
「すごいね、発田くんが御朱印を描くんだ。字も上手いね」
「ま、家族の手が空いていない時は俺がやらざるを得ないからな。字は子どものころから練習させられてたし」
「文武両道なんだね。ステキだと思う」
「バ、バカ……。おだてても何も出ないぞ……」
「本気だよ。カッコイイよ」
「……うるせ」
発田くんは照れくさそうに御朱印を描き続けていた。でも心なしか嬉しそうにも見える。私もなぜか浮かれた気持ちが消え、しかも緊張せずに心の底から素直に今の気持ちが言葉になって出ている。
不思議だな、寺社にお参りしたことで煩悩が抑えられたのかな。ご利益なのかな。七福神巡りでは色々大変だったけど、お参りをしてきて良かった。
「そうだ、安楽。こうして御朱印をいただくからには、本堂の横にある小さな祠へのお参りを忘れるなよ? あそこには八福神の8番目の神様が祀られているんだからな」
「八福神?」
「吉祥天だ。昔はこの地域の七福神巡りも、ここの吉祥天を含めて『八福神巡り』だったらしい。ただ、色々な事情があって、うちはやめちゃったらしいんだけどな」
「そうだったんだ……」
それは初めて聞く話だった。やっぱり当事者に聞かないと分からない歴史ってたくさんある。だからそうしたことを知る機会になる御朱印集めは楽しいのだ。
ちなみに吉祥天は地域によっては弁財天の代わりに、七福神として祀られていることもあるんだったっけ。
「安楽、今年の正月に八福神の全てを巡ったのはたぶんお前だけだぜ。ご利益を独り占めかもな」
「そっか、『アンラッキーセブン』が『ラッキーエイト』になったから幸運が……」
「ん? なんだそれ?」
キョトンとしている発田くんに対し、私は慌てて首を横に振って笑顔を作る。
「ううん、なんでもない! ――発田くん、またここにお参りに来て良いよね? 地域の歴史の話をもっと聞かせてよ!」
「もちろんだ! 俺も安楽ともっとたくさん話をしたいし」
「……えっ?」
「っ!? いやっ、なんでもないッ!」
なぜか発田くんは目を白黒させながら下を向いてしまう。頬も少し赤く染まったみたい。
嘘……っ!? もしかして……これはもしかするかもッ……?
それを認識した途端、私まで頬が赤く染まって熱くなってくる。やっぱり今年は良いことがたくさんありそうだ。
――そうだよね、悪いことはすでにたくさん起きちゃって、あとは運気が上がるだけだもんっ!
(おしまいっ!)
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
離縁の雨が降りやめば
月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。
葵との離縁の雨は降りやまず……。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄したくせに「僕につきまとうな!」とほざきながらストーカーするのやめて?
百谷シカ
恋愛
「うぅーん……なんか……うん、……君、違うんだよね」
「はっ!?」
意味不明な理由で婚約破棄をぶちかましたディディエ伯爵令息アンリ・ヴァイヤン。
そんな奴はこっちから願い下げよ。
だって、結婚したって意味不明な言掛りが頻発するんでしょ?
「付き合うだけ時間の無駄よ」
黒歴史と割り切って、私は社交界に返り咲いた。
「君に惚れた。フランシーヌ、俺の妻になってくれ」
「はい。喜んで」
すぐに新たな婚約が決まった。
フェドー伯爵令息ロイク・オドラン。
そして、私たちはサヴィニャック伯爵家の晩餐会に参加した。
するとそこには……
「おい、君! 僕につきまとうの、やめてくれないかッ!?」
「えっ!?」
元婚約者もいた。
「僕に会うために来たんだろう? そういうの迷惑だ。帰ってくれ」
「いや……」
「もう君とは終わったんだ! 僕を解放してくれ!!」
「……」
えっと、黒歴史として封印するくらい、忌み嫌ってますけど?
そういう勘違い、やめてくれます?
==========================
(他「エブリスタ」様に投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる