わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
上 下
49 / 58
第2航路:公用船契約に潜む影

第5-4便:想定外の再会!

しおりを挟む
 
 こうして魔導エンジンが不具合を起こした原因を突き止め、今後の方針も決まった。そのおかげか、私は驚くほど心が軽く感じる。それになんだか楽しい気分だ。

 するとそんな中、不意にディックくんが立ち上がってライルくんに深々と頭を下げる。その意図が分からず、私もライルくんもポカンとしてしまう。

「あらためてになるが、ライル。先日のレストランでは悪かった。俺は頭に血が上っていた。どうか許してくれ」

「――フッ、気にするな。さっきも言ったが、俺ももう少しシルフィに対して配慮すべきだった。俺にも非がある。だからこの件はノーカンということにして、お互いに忘れないか?」

 眉を開き、手を差し出すライルくん。それを見たディックくんは少し戸惑っている。

 肩すかしを食ったというか、その寛大な提案は彼にとって想定外だったのかもしれない。だからこそ遠慮がちに問いかけ直す。

「お前がそう言うなら俺は構わんが、それだと殴られ損なのではないか?」

「損とか得とかどうでもいい。あの時も言ったが、お前を殴って手を怪我をするのは困る。それに負の連鎖はどこかで断ち切らねば終わらないしな」

「…………。お前、意外にいいヤツなのかもな」

「意外にというのは余計だ」

 ふたりの間に流れる一瞬の沈黙――。

 直後、ふたりは顔を見合わせながら楽しげに笑った。そして強く握手をする。それを見ていると私まで心が温かくなってくる。

 なんだか男子同士の友情っていいな。固い絆で結ばれているというか、想いで繋がっているような印象を受けるから。打算みたいなものがほとんどないって感じだし。

「良かった。ふたりが仲直りしてくれて私も嬉しい。そうだ、近いうちに3人で一緒に楽しく食事をしようよ。いいよね?」

「まぁ……シルフィがそう言うなら……。では、スケジュールはアルトに調整させるとしよう」

「俺はひとりで静かに食事をする方が好きなんだが、せっかくのシルフィからのお誘いだからな。考えておこう」

「うんうんっ! 私、その日が来るのが今から楽しみだなぁ」

 私はディックくんとライルくんの手を握り、小さく跳び上がってはしゃいだ。ふたりとも少し照れくさそうにしながら当惑しているけど、楽しいことなんだからいいよね?

 私の右手にはディックくん、左手にはライルくん。こうして繋いだ手のように心が繋がっていくのって、なんて素敵なことだろう。これがもっともっと広がっていったら最高に幸せだ。

 その後、しばらくして私たちは手を離してそれぞれの椅子に座り直した。そしてアルトさんに淹れ直してもらった紅茶を飲みながら、まずはディックくんがライルくんに話しかける。

「で、ライルはそもそもここに何をしに来たんだ?」

「おっと、そのことをすっかり忘れていた。フォレスさんから頼まれていた仕事が終わったのでな。その成果を持ってきた」

「ライバル会社の社員に仕事を頼むとは、フォレスも大胆なヤツだな」

「フォレスさんも俺と似たところがあるからな。会社の違いにこだわらず、魔術整備師全体のことを考えて行動をする人なんだ。だからこそ気が合うし、俺は尊敬している」

「つまりその仕事も魔術整備師全体のためになる何かということか」

「あぁ。そういう意味でフォレスさんはフォレスさん個人として、俺というひとりの魔術整備師にこの仕事を依頼してきたと捉えている。ただ、やはり同僚たちの目もある以上、表立ってこのブツを運ぶのは抵抗があるのでな。こうして闇夜に紛れて持ってきたというわけだ」

 確かにルーン交通の社員であるライルくんがソレイユ水運のドックへ何かを運んでいる姿を誰かに見られたら、あらぬ噂を立てられたり誤解されたりするかもしれないもんね。

 いくら本当に個人と個人の間での業務委託契約だとしても、やっぱり全員がそう捉えてくれるとは限らないから。事情を知らない人だって多いわけだし。

 それはそれとして、周りをあまり気にしないライルくんでもこういうことは意識するんだなぁというのがちょっと意外な印象だ。

 また、私が気になるのは、彼が運んできた物の正体だ。台車に載せているということは、それなりの重量があるということなんだろうけど……。

「ねぇ、ライルくん。社長から頼まれていた仕事って何? その台車に載せられているものが関係してるんだよね? 布が掛けられてるけど、それは何なの?」

「シルフィなら見れば一瞬で分かる」

 そう言うと、ライルくんは台車の上にある物に掛けられていた白い布を外した。

 露わになったのは、くすんだネズミ色をしている大きな塊。表面はわずかに金属光沢を放っていて、いくつもの管やボルト、ナット、シャフトなどが複雑に絡み合った形をしている。そしてそれらは互いに連動し、ひとつの装置として完成されている。

 この美しくて芸術的とも言える物体に私は見覚えがある。魔導エンジンだ。

 しかもこれは一般的に流通しているものじゃない。各所に個性と工夫の詰まった独特の形状。まさかまた出会えるなんて信じられない!

 瞬時に興奮は最高潮に達して、全身の血液が踊り出す。

「こっ、これはっ!? ディックくんを助けた時に使った新型の魔導エンジン!」

「正解だ。ただし、全てのパーツは俺が新たに組んだものだから『同一機』ではなく『同型機』ということになるな」

「そ、そういえば、よく見るとところどころ見知らぬ構造になっているような……」

「基本設計はそのままだが、改良した方が良いと感じた部分には俺なりのアレンジを加えてある。だから厳密には『同型機・改』だな」

「っ! み、見ていいよねっ? 触っていいよねっ? 調べていいよねっ!?」

 私は目の前にある魔導エンジンに顔を近付け、優しく触れながら各パーツをじっくり眺めていった。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

処理中です...