わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

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第2航路:公用船契約に潜む影

第5-1便:常識に隠された刃

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 こういう重苦しい空気の時はクロードの脳天気さが欲しくなる。いつもはうるさくて迷惑に感じるばかりだけど。ホント、肝心な時にいないんだから……。

 今ごろは発着場の屋根の上で、ノンキに寝息でも立てているに違いない。悩みもなく、魚を食べて寝るだけという彼の生き方がちょっとだけうらやましい。

 もっとも、それを聞いたらクロードは顔を真っ赤にして憤慨ふんがいしながら『オイラだって見張りをしたり、シルフィの話し相手になったりしてやってるだろ』って、否定するだろうけど。

「――根本的なことをシルフィとライルに訊ねるが、魔導エンジンの出力が低下するのはどんな場合だ?」

 ディックくんが不意に口を開いた。

 その質問の意図から察するに、基本的な事柄から確認していこうということなのだろう。彼は機械に詳しくないから、単純な疑問というところもあると思うけど。

 確かに八方塞がりな現状を考えると、そうしたやり方もひとつの手かもしれない。

 だから私もその問いを真摯しんしに考えながら答える。

「最も単純なのは魔導エンジンのどこかが故障した時かな。ただ、今回はそれが原因じゃない可能性が高いけど」

「ほかに出力が低下する時はないのか?」

「さっきから話しているように、外部から魔法などの影響を受けた場合もそうだね。そこには魔法を無効化する道具や結界も含まれるよ。あとはディックくんもよく分かっていると思うけど、魔導エンジンは月齢によって出力が変化する」

「まぁ、今回は月の影響が除外されるとして、魔法の可能性も低いのだろう? それなら温度や湿度の影響は考えられないか?」

「うーん、それも可能性は低いと思う。だってそれが原因ならその場で分かるはずだし、途中で勝手に元の状態に回復するなんてあり得ない」

 その私の言葉にライルくんも静かに頷いている。

 例えば、魔導エンジンがオーバーヒートを起こしたとすると、冷せば多少は状態が回復することがあるにせよ、そのままでは正常に戻ることはない。自己治癒能力があるわけじゃないから。

 どこかに不具合や異常が残るからこそ、使い続けるためには整備をしてやる必要がある。

 実際、ディックくんを助けた時に使った魔導エンジンはダメージが大きすぎて壊れてしまった。

 そうしたことから、温度や湿度による出力低下が原因ではないと思う。

「では、燃料はどうだ? 魔鉱石の魔法力が魔導エンジンへ供給されなくなっていた可能性はないか?」

「燃料系の機構も不具合はなかったよ」

 これも私は点検魔法チェックで確認をしている。

 魔鉱石が充填されている燃料タンクはもちろん、魔法力を抽出する装置、その魔法力を動力へ変える変換器、残りカスとなった灰――厳密には鉱物の微少な粒子だけど――を空気とともに排出する装置、それらの通り道となっている配管など、いずれも異常はなかった。

 そもそももしそのどこかに不具合があったり、配管が詰まって魔法力が供給されていなかったりしたら、魔導エンジンは完全に止まってしまうはずだ。

 でもあの時は不安定ながらも動作していたので、その可能性はないということになる。

「……いや、待て。そうか、魔鉱石か! それは盲点だった!」

 ライルくんは勢いよく立ち上がって大きな声を上げた。

 座っていた椅子がバランスを崩して床に倒れ、けたたましい音がドック内に響く。そして彼の瞳は確信に満ちたように輝いている。

 私は不具合の原因と燃料系に関連性はないと考えていたし、それはライルくんも同じだと思っていたから、その反応には驚きだ。

 ゆえに未だに事態が飲み込めずにキョトンとしてしまっている自分がいる。

「ライルくん、どういうこと?」

「俺は船体や魔導エンジンなどの点検はしたが、魔鉱石そのものは確認していない。なぜなら燃料タンクに充填された魔鉱石は正常なものという前提があるからだ。充填の際にはその担当者が品質のチェックをするし、問題があればその時点で対応をする」

「そうだね、だから整備項目に魔鉱石の確認はないもんね。私を含め、ほとんどの整備師は燃料タンクそのものは確認しても、中に入っている魔鉱石については調べないのが普通だと思う」

「そこが盲点なんだ。魔鉱石に問題があれば、出力だけが低下したことにも納得がいく」

「っ!? そっか! うん、あの時は私も魔鉱石は確認してないよ!」

 濃霧に包まれている中を進んでいて、急に視界が開けたような気分だった。

 常識にとらわれていたら、なかなか辿り着くことの出来ない結論。整備師ではないディックくんだからこその視点や疑問が道しるべになった。

 色々な分野の人が一緒になって考えるというのは大事なんだなってあらためて思う。

「しかも魔鉱石は魔法力を抽出したあとは灰になって、空気と一緒に外へ排出されてしまうから証拠は残らない。犯人にとってはそれも好都合だな」

「そういえば、全般検査をした時にシリンダ内や排気パイプ内が異常に汚れてた! 使用期間の長さの割にススが多くておかしいなぁとは思ったんだ! でも通常通りに使っていてもそれは起こりうる現象だから、気には留めなかった!」

 ゴールが見えると、様々な事象が正解を裏付ける証拠として存在感を示すようになってくる。


(つづく……)
 
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