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第2航路:公用船契約に潜む影
第4-5便:掴めない糸口
しおりを挟む「だが、これはこれで困ったな。魔導エンジンが不具合を起こしたことにライルが無関係だとすると、原因も犯人の見通しも全く見当が付かん。何もかも振り出しに戻ってしまったかのようだ」
肩を落とし、深い溜息をつくディックくん。前髪の下から見え隠れする瞳には疲れの色も見える。そして顔を上げた彼はその前髪を手で掻き上げ、胸の前で腕組みをして低く唸る。
するとライルくんもそれに呼応するかのように、首を何度か縦に振る。
「そうなるな。俺が点検をした際にも、魔導エンジンや船体のどこにも不具合やその兆候は見られなかった。つまり誰かが故意に細工をしない限り、トラブルが起きるとは思えない。少なくとも、シルフィの整備に落ち度があったわけじゃないのは確かだ」
「そ、そう……だといいけど……。でもライルくんがそう言ってくれると、少しは気が楽になるのは確かだよ」
「シルフィ、もっと自信を持て。お前の整備技術の高さは俺も認めている。だからこそ、お前を貶めようとしたヤツを俺は絶対に許さない。もちろん、犯人には魔導エンジンに対する冒涜の罪も償わせてやる」
「シルフィの腕を認めている割に、先日の食堂では冷たく当たっていたような気がするが?」
トゲのあるディックくんのツッコミがライルくんに炸裂した。実は私もそれはちょっとだけ感じていたことだから、今回はディックくんに心の中でエールを送りたい。
さすがにこれにはライルくんも苦笑するしかない。
「……言い方が悪かったのは俺も反省している。あの時はシルフィの行動に苦言を呈したいという想いが先行してしまってな」
「ふむ、それはどういうことだ?」
「シルフィは時に無謀な行動を取ることがある。遡潮流の中、船を出したのもその一例だ。あの時、全員が無事だったのは運が良かっただけだと俺は思う。もし命を失ったら、機械のようにパーツを交換すれば復活というわけにはいかない。シルフィにはそれをあらためて理解してほしかった」
「なるほど、ライルの意見ももっともだ。まぁ、俺はその無謀な行動のおかげで助かったわけだが……」
ディックくんは目を瞑り、命の息吹を確かめるかのように手で心臓の辺りを押さえる。こうして生きてこの場にいられる喜びを噛み締めているのかもしれない。
だからきっと今の言葉だって、決して自虐で言ったわけじゃないと思う。
命の尊さ。ディックくんを見ていて、私も今まで以上に自分の命を重く深く捉えていかないといけないなと感じる。
そんなディックくんや神妙な面持ちでいる私を見て、なぜかライルくんは穏やかに笑う。
「勘違いするな。俺はディックの命を見捨てれば良かったと言っているわけでもない。シルフィもディックも代わりがいないという点では同じだからな。だからあの状況に置かれたなら、俺だってお前を助けるために最大限のことはするさ」
「っ!? ライル……お前……」
ディックくんは目を見開きながらライルくんを見つめていた。彼からすると、今のライルくんの言葉は思いも寄らなくて驚いているのかも。
でもそういう優しいところがあるのが、本当のライルくんの姿だと私は知っている。これを機にディックくんも認識を改めてくれたら嬉しいな……。
「さて、それじゃ誰がどうやって魔導エンジンに細工をしたかを突き止めるためにも、詳しく話を聞かねばならないな。シルフィ、不具合が起きた時の状況を教えてくれるか?」
「分かった。えっとね――」
私は実務試験の復路で起きた出来事をライルくんに話した。
もちろん、点検魔法で得られたデータや計器に表示されていた情報も記憶している限り全てだ。
さらに何か私の見落としている点があるかもしれないから、ブライトポートの発着場を出航してからリバーポリスの発着場へ到着するまでの状況も併せて説明する。
そしてそれが終わると、ライルくんは難しい顔をしながら手で口の辺りを押さえて唸る。
「――話を聞く限り、魔導エンジンそのものに問題があったとはやはり考えにくいな。前夜に俺自身も確認しているからこそ、それを強く感じる。だとすると、外部から魔法の類が働いていたと考えるのが妥当か」
「魔導エンジンも広義では魔法道具の一種だもんね。何らかの魔法による影響を受けてもおかしくないとは思う。ただ、私は魔法の気配を何も感じなかった。可能性は低いんじゃないかな」
魔術整備師も魔法を取り扱う『魔術師』であることには変わりない。だから一般人と比べれば魔法の気配には敏感だ。しかも何かの魔法が作用していれば、点検魔法で調べた時点で判明する。
もしそれを見落としていたとすると魔術整備師失格。それはライルくんも分かっているから、あくまでも『可能性』のひとつとして外部からの魔法による影響を挙げたんだと思う。
事実、彼は自分で言っておいて、納得していないような顔をしているし。
すると私たちの話を聞いていたディックくんが首を傾げながら私に問いかけてくる。
「俺は機械に詳しくないのだが、つまり能力低下魔法のようなものを魔導エンジンに掛けたということか? それは遠隔で、しかも長時間に渡って効果を発揮させられるものなのか?」
「世間に名の知れているような最高位の魔術師なら不可能じゃないかもしれない。でも一般的には航行中の船に対して、遠隔でピンポイントに魔法を掛けるのは難しいだろうね。もしタイマー的な効果を仕込んだとしても、出航前の確認で気付くはずだし」
「なるほどな。魔法の痕跡はなく、仕込む隙もなかった。魔導エンジンにも問題はない。それなのに一時的に出力低下だけが起きた。これをどう考えるか、か……」
私たち3人は一様に口をつぐみ、考え込んでしまった。アルトさんも沈黙して見守り続けているから、川から響いてくる水音だけがドック内に響く。
(つづく……)
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