27 / 58
第2航路:公用船契約に潜む影
第2-1便:社長からの呼び出し
しおりを挟む数日後、私は社長室に呼び出されていた。今回は業務上で何か大事な話があるとのこと。
最初はディックくんとライルくんのケンカについてのことかとも思ったんだけど、よく考えてみればそれって会社にはあまり関係のないことだもんね。個人的な興味は社長にもあるかもしれないけど。
そんな社長は私を応接スペースのソファーに座らせ、コーヒーを淹れた。私の分はもちろん、社長自身の分もだ。室内には良い香りが広がり、お互いにそれを飲みながら話が始まる。
「実はシルフィに頼みたい仕事があって、今日は呼び出したんだ」
「急ぎで整備しなければならない船でもあるんですか?」
「整備もあるけど、今回は操船も頼みたいんだよ。しかも泊まりがけの出張だね」
「泊まりがけの出張っ!? ということは、長距離路線の担当ということですか?」
操船をする上に泊まりがけとなると、片道の運航時間が数時間以上かかる長距離路線を担当するということになる。
もしほかの町にある他社へ行って船や何かの機械の整備をするという仕事なら、『操船も』という表現にはならないだろうし。
もちろん、私に話が回ってくるということは事務系の仕事という可能性は低い。
私が考えを巡らせながら戸惑っていると、社長はクスッと笑って話を続ける。
「それはそうなんだけどね、シルフィは公用船について知ってるかい?」
「リバーポリス市の職員が業務で使う船ですよね。各市との行き来や市に関する荷物の運搬を担っている船で、うちの会社が運航の委託契約を受注しているんじゃなかったでしたっけ?」
「そうそう、それ。その3年間の契約期間がもうすぐ終了して、新たに受注事業者を選定することになるんだ。ただ、今回の入札にはルーン交通も参加してきてね」
「えっ? ルーンがですかっ!? だ、だってルーンは貨物事業をしていないんじゃ……」
想定外の事態に驚いて、私は思わず声を裏返してしまった。
ルーン交通はリバーポリス市の右岸と左岸を結ぶ渡し船のほか、一部の長距離路線や貸切船も運航している。
でもいずれも旅客事業のみで、リバーポリス市で扱われている貨物の運搬はソレイユ水運やほかの町を拠点としている数社の運送会社が寡占している状態。
そもそも旅客船と貨物船、それに貨客船はそれぞれ船の大きさも設計も異なるし、だからこそ船内の居住性や接客サービスだって違ってくる。
特に重心やバランスが重要となる荷物の積み卸しには技術がいる。
だから旅客事業が主体のルーン交通が貨物事業へ参入するのは容易なことではないのだ。あるいは密かにその準備を進めてきていたとか?
――そうだ、最近のライルくんは廃船の解体をする仕事をしていると話していた。そうやって桟橋のスペースを開け、新規に導入する貨物船や貨客船をそこに停泊させるつもりなのかもしれない。
私はなんとなくそんなことを想像しながら、あらためて社長の話に耳を傾ける。
「公用船は貸切旅客事業の延長みたいなものだからね。荷物を取り扱うといっても、せいぜい書類や軽微な物資だ。大量の荷物の運搬は、今でも個別にうちの貨物船に依頼をしてくるくらいだし」
「つまり公用船運航の主要な目的は、職員の移動など旅客の運搬というわけですか」
「そういうこと。それもあって、今回から入札認可業者の条件が緩和されたんだと思う。だからルーン交通も入札に参加してきたってことだね。あるいはこれをきっかけに、今後は貨物事業へ本格的に参入する可能性もある」
その話を聞く限り、社長も私と似たようなことを想像しているのかもしれないと思った。あるいはどこかから情報や噂を聞いて、ある程度の確信を持って言っている可能性も否定できないけど。
もしルーンが貨物事業を始めるとなると、どうしてもうちの会社の仕事が減ってしまう。しかも競合すれば運賃の値下げだって状況によってはあり得る。
もっとも、寡占状態の事業だから、その場合でも運賃の単価はあまり下げずに済むと思うけど。
いずれにしても、運搬量の減少が会社の収益に大きく響くのは間違いない。
そしてその公用船が話題に上ったということは、私の思っている以上に重い話になりそうな予感がする。だから私は不安と緊張感を持って社長へ問いかける。
「それでその公用船と私の仕事にどういった関係があるんです?」
「うん、公用船運航事業者の選定には書類審査のほかに実務審査もある。その実務審査の際に運航される船の操船をシルフィに頼みたいんだ。具体的にはリバーポリス市とブライトポート市を結ぶ航路で、市の審査担当者たちを乗せるってこと」
「っ!? 私がそんな重要な仕事をっ?」
嫌な予感が的中してしまった。即座に最大限のプレッシャーを感じ、胃が捻られたように痛くなった気がする。心臓の鼓動も不規則なリズムを奏で出して、ちょっと気持ち悪い。
(つづく……)
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる