わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
上 下
22 / 58
第2航路:公用船契約に潜む影

第1-3便:降り立ったお嬢様

しおりを挟む
 
 午前の就業時間が終わり、私はクロードを肩の上に載せてドックを出た。これからどこかの飲食店で昼食をとるつもりだ。

 ただ、何か急な仕事があるかもしれないので、まずは発着場へ寄って様子を見ておくことにする。

「あっ、すごい混んでるなぁ……」

 発着場へ入ると、そこは相変わらずの大賑わいだった。

 ちょうどレイナ川の河口にある港湾都市『ブライトポート』からの定期船が到着したところのようで、お客さんや荷物でごった返している。

 ソレイユ水運は私の家がある右岸側とこの発着場を行き来する渡し船のほかに、レイナ川の上流や下流にある町とを結ぶ定期船も運航している。もちろん、運航頻度はそれぞれだけど、たくさんの航路が存在している。

 今、到着した『ブライトポート ~ リバーポリス』線は繁忙長距離路線のひとつで、午前と午後に1往復ずつの計2往復が毎日運航されている。満月の日などは例によって休航になるけれど。

 あ、単純に1日2往復と聞くと運航本数が少ないようにも思えるけど、実はこれでも長距離路線の中では充分に高頻度だ。

 多くの長距離路線は隔日に1往復とか数日に1往復とか、そもそも毎日運航をしていないから。中には数か月に1往復というものまである。

 また、当然ながら私が担当している渡し船のように、近距離路線なら1時間に数往復といったように頻繁に行き来をしている。

 なお、『ブライトポート ~ リバーポリス』線の所要時間は約7時間。途中にある何か所かの発着場にも寄るほか、通常は停まらない発着場でも状況に応じて臨時停船することがある。

 そしてそれだけ運航頻度が高いと船も操舵手も足りなくなるので、この路線の場合はブライトポートに本社があるステラ運輸との共同運航となっている。要するに人員や資材、経費、利益などを融通し合う協定を結んでいるということだ。

 ちなみに3社以上での運航やダイヤの共通化に関してのみの協力関係にあるなど、共同運航の条件は路線によって個別に異なる。あくまでも『ブライトポート ~ リバーポリス』線ではそういう条件になっているということに過ぎない。

「ルティスさん、お疲れさまです」

 私は喫茶コーナーで仕事中のルティスさんに声をかけた。

 さすがお昼時ということもあってカウンター席は全て埋まっているし、この最繁忙時間帯だけ雇われているバイトの子たちも絶え間なく料理や飲み物を提供したり食器を片付けたりしている。

 ルティスさんは私の姿に気付くと、柔らかな笑みをこちらへ向けてくる。

「あっ、シルフィ。お疲れさま。これから昼食?」

「はい、そのつもりです。でも急ぎの仕事があれば手伝いますよ」

「いいの? それじゃ、この子を市役所まで案内してあげてもらえるかな?」

 そう言って手で指し示されたのは、ルティスさんの横に立っていた女性だった。

 年齢は私より少し年上くらいで、パッチリとした瞳が特徴的。セミロングの金髪にカジュアルな上着とショートパンツという格好をしている。また、手には小さなトランクを持っていることから、旅行者ということなのかもしれない。

 彼女は私の方へ振り向き、親しみのある笑顔で優雅に頭を下げた。その際に髪がふわりとなびき、石けんの良い匂いが漂ってくる。雰囲気も良家のお嬢様といった感じだ。

 理知的な印象も受けるし、同性の私から見ても見とれてしまう可愛らしさがある。

「初めまして。私はミーリアと申します」

「こちらこそ初めまして。ソレイユ水運で魔術整備師をしているシルフィです。肩に載っているのは、うちで居候いそうろうをしているメイジカワウソのクロードです」

「よろしくなっ! ミーリア!」

 クロードが手を掲げると、ミーリアさんはクスクスと笑いながら小さく手を振り返す。

「ミーリアは私やフォレスの王立学校時代の後輩なのよ。さっきのブライトポートからの便でここへ到着してね。それで私に挨拶しに来てくれたってわけ」

「そうだったんですか」

 王立学校に通っていたとしたら、ミーリアさんがお嬢様な雰囲気を漂わせているのも頷ける。だって王立学校はお金持ちや貴族、あるいは平民の中でも特定の能力に秀でた人しか通えない場所だから。

 私みたいに粗雑そざつで機械ばかりとたわむれれている人間からすると場違いな世界。別にうらやましいわけじゃないけど、やっぱり少しは憧れる気持ちはあるな。

「私、今までブライトポートで暮らしていたのですが、転勤で今月からこの町で仕事をすることになりまして。ただ、業務上で関わりがある関係で、まだまだ頻繁に両方の町を行き来することになるとは思います」

「それじゃ、ミーリアさんはリバーポリスにいらっしゃったのは今日が初めてですか?」

「いえ、何度か訪れたことはあります。いずれも滞在時間はわずかでしたが」

「なるほど。それならこの町の地理が分からなくても無理はありませんね」

 その私の言葉を聞いたミーリアさんはニッコリと笑って小さく頷く。そうした一つひとつの仕草が本当に可愛らしい。

「はい、そうなんです。生活に必要な荷物はお世話になる家へすでに送ってあって、今夜から住み始める予定です。案内役の方とは市役所で待ち合わせをしているのですよ」

「そういうことでしたか。承知しました、私で良ければ市役所までご案内します」

「よろしくお願いします、シルフィさん。――そうだ、よろしければ昼食もご一緒にどうですか? ぜひオススメのお店を教えてください。食事代は私が持ちますので」

「案内は構いませんが、食事代まで出していただくわけには……」

「お言葉に甘えておきなさいよ、シルフィ。食事をしながらミーリアの話し相手になってあげて。ほら、彼女にはまだこの町での知り合いが少ないわけだし」

 すかさず横から上がったルティスさんの声。視線をミーリアさんへ向けると、彼女はそのルティスさんの言葉を受けて大きく頷いている。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

嫁ぎ先は貧乏貴族ッ!? ~本当の豊かさをあなたとともに~

みすたぁ・ゆー
恋愛
【第4幕まで完結/第5幕:毎日更新中】  とある村で暮らしていた15歳の少女・シャロンは、父から衝撃の事実を告げられる。それは自分が先代の王の庶子だったということ。そして名門ではあるが、日々の食べ物にも困窮している貧乏貴族のフィルザード家へ嫁がされることになる。  フィルザードは周囲を山に囲まれた辺境の地。雨が少なく、主要な作物もほとんど育たない。それゆえに領主も領民もギリギリの生活をしている。  ただ、この地は隣国との国境に位置しているため、戦略上においては一定の重要度がある。そのため、結びつきを強めておきたい現・国王の意向で、シャロンは『政略結婚の駒』として利用されることになったのだ。  今まで平民として暮らしてきたシャロンは、否応なしにフィルザード家の若き領主・リカルドに嫁ぐことになり、何もかもが手探り状態の貴族暮らしが始まる。  しかし実際にその地で見た状況は想像以上に厳しいもので、大地は痩せ細り、食べ物は雑草のような植物がごくわずか……。  一方、そんな苦しい環境と暮らしだからこそ、領主と領民の関係は一般的な階級社会とは大きくかけ離れたものともなっている。その『とある姿』にシャロンは胸を打たれ、自分もこの地のために何かがしたいと決意する。  実は彼女には周囲に隠している特殊な能力があり、それを使ってなんとか現状を打破しようというのだ。もちろん、そのためには大きなリスクも伴うのだが……。  ――今、少女は優しき人々とともに『夢』の実現に向かって歩み始める!     【各章のご案内】 第1幕(全26話)前向き少女の行進曲(マーチ):完結 第2幕(全31話)心を繋ぐ清流の協奏曲(コンチェルト):完結 第3幕(全11話)重なる想いの交響曲(シンフォニー):完結 第4幕(全29話)解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ):完結 第5幕(全28話)分水嶺の奏鳴曲(ソナタ):毎日更新中 ※2025年2月1日より、第5幕の完結まで毎日更新の予定です。  

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...