わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
上 下
20 / 58
第2航路:公用船契約に潜む影

第1-1便:おかえり日常、ようこそ新名物!

しおりを挟む
 
 私は両手で船体に触れ、意識をその全体へと集中させた。そして魔法力を少しずつ送り込んでいくと、ホタルのようなぼんやりとした光が対象物を包み込む。

 すると次第に自分の心と機械の心がひとつに融合していくような感覚になってくる。


 魔術整備師の生体的な波長と対象物の持つ固有の波長。そのリンクこそが魔術整備の基本だ。


 それは高位に位置する融合修復魔法フューズ・リペアでも初歩的な点検魔法チェックでも変わらない。この感覚を掴むことが出来なければ魔術整備師にはなれない。

「――さて、各部の調子はどうかな? 点検魔法チェック!」

 波長が完全に一体化するのを確認すると、私は送り込む魔法力の領域レンジを変化させて点検作業へと移行した

 直後、私の頭の中には外観、魔導エンジン、スクリュープロペラなど船を構成するパーツの様々な情報が流れ込んでくるようになる。

 対象となる各部位が正常に作動しているかどうかということはもちろん、寸法、ダメージ、部材の構成割合、偏り、歪み――とにかくあらゆることが直感的に分かる。それはまさに自分の体であるかのように……。

 ちなみにもし各パーツの詳細な状態や各数値を知りたい場合、そのことを意識すれば必要な情報だけをピックアップすることも出来る。

「よし、この船は異常ないみたいだね。今のところ大きな整備も必要なしっと」

 目の前にある船の点検を終えた私は、魔法力の供給を止めて大きく息をついた。それとともに船体を包んでいた光も収まり、何の変哲もない定常状態へと落ち着いていく。

 まぁ、この船は全体的な魔術整備と工学整備をしてからそんなに日が経ってないから、よっぽど無理な使い方をしていない限り不具合が出ることはないだろうけどね。

 もちろん、それはあくまでも統計的な『結果論』であって絶対というわけじゃないけど。

 機械にもそれぞれ個性や機嫌というものがあって、いつ何がどんなきっかけで調子が悪くなってもおかしくない。それは人間やほかの生物と同じだ。だからこそ、普段から点検魔法チェックによる確認が重要になる。

「シルフィ、キリが良いところまで終わったのなら少し休めば? 最近、ちょっと張り切りすぎだと思うよ」

「クロード……」

 船体の上にチョコンと顔を出したのはクロードだった。彼は素早い身のこなしで船のへりから飛び降りると、私の体を駆け上がってきて肩に座る。

 さっきから姿が見えなかったからどこへ行ったのかなと思っていたんだけど、どうやら私が点検していた船の中にいたらしい。居眠りでもしてたのかな? それともネズミでも見付けて追いかけ回していたとか?

 いずれにしても、私としてはそうやって単独ひとりで何かをしてくれている方が助かるけどね。仕事を邪魔されなくて済むから。

「私、そんなに張り切りすぎてないよ? いつもと同じだよ」

「自覚がないなら尚更だね。ますます休んだ方がいいって思う。もしシルフィが倒れたら、オイラの食事は誰が用意するっていうんだい?」

「……クロード、いつもながら一言多い。夕食を抜きにするよ?」

 頬を膨らませながら横目で睨み付ける私。でも今日のクロードはいつもと違っておどしに屈せず、なぜか涼しい顔をしている。何か食べ物を得られる当てでもあるのだろうか?

 そもそも彼が自分で川へ出向いて魚を捕ればいいって話ではあるけど、それは考えにくい。だって今や食事に関しては、完全に私にパラサイトしている状況だから。面倒臭がりな性格が変わったとも思えないし。

 だからといって人様のものを盗み食いするような子でもない――と、信じたい。

「オイラはそれならそれで別にいいもんね。最近、発着場の喫茶コーナーで美味いフィッシュサンドが売られるようになったから、シルフィのツケでルティスから買っちゃうもん」

「っっっ……。まったく、余計な悪知恵ばっかり働くんだから。でも残念でした。喫茶コーナーではツケで何かを買うことは出来ませーん。現金じゃないと売ってくれないよ。飲兵衛のんべえが集まる酒場じゃないんだから……」

「そこはオイラとルティスの仲だから、お願いすればなんとかなるって」

「だったらルティスさんにはクロードに食べ物を売ったりあげたりしないように、先手を打って釘を刺しておくもんね。私、よりもルティスさんと仲が良いから」

 私がニヤリと口元を緩めると、クロードは狼狽うろたえた様子で声に焦りの色を滲ませる。

「うっ……。ひ、卑怯だぞ、シルフィ……」

「それに喫茶コーナーで販売されるようになったサンドイッチだけど、あれって大人気らしいから今の時間から買いに行っても残ってないと思うよ。商店街にある本店でさえ、毎日あっという間に売り切れちゃうって話だし」

「そうなのか? そんなに人気なのかっ!? 確かに以前に食べさせてもらった時、天にも昇るような美味しさだったもんなぁ」

「うん、リバーポリス市の名物になるんじゃないかって勢いだよ」

 そのサンドイッチはつい最近、南地区にある中央商店街にオープンしたお店の商品で、取り扱われているどの種類も美味しいと口コミで大評判になっている。

 私も試しに買って食べたことがあるけど、ボリュームも味のバランスも絶妙で最高に美味しいと思った。クロードに分けてあげたのを後悔するくらい、最後の一口まで独り占めしたくなるくらいの味。特にソースが抜群なんだよね。

 あれなら定期的に食べたくなるし、季節限定商品もあるからその情報に目が離せない。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...