わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

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第1航路:魔術整備師シルフィ

第5-1便:懲戒処分

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 ディックくんは施療院に運ばれ、お医者様の診察を受けて一命を取り留めた。彼が罹患りかんしたのは免疫力の低下によって引き起こされる急性の熱病で、あと少し処置が遅れていたら危なかったらしい。

 それでも適切な治療のかいもあり、数日ほどの入院で退院できると聞いている。ひとまずは安心だ。

 一方、私は操舵席で意識を失ったあと、社長によって社屋内の救護室に運ばれたとのこと。気付けばベッドの上に寝かされていて、目が覚めた時にはそこにルティスさんの姿があったのだった。

 体を拭いて綺麗にしてくれたり、着替えさせてくれたり、治療をしてくれたりしたのは当然ルティスさん。先輩に心配や迷惑をかけてしまって申し訳なく思う。彼女は気にしなくて良いって言ってくれたけど……。

 幸いにも私は擦り傷や軽い打撲程度で、命に別状はない。また、クロードやアルトさんはほぼ無傷とのことだった。あの状況では転倒して骨折くらいの重傷があってもおかしくなかったから、これは最高の結果だと思う。



 そしてあの満月の日から3日が経ち、私は社長に呼び出されて社長室に来ている。きっと処分が伝えられるのだろう。魔導エンジンに直接魔法力を送り込んで動かしたから。さらに予備船とはいえ、船の一部を損壊させてしまったから。

 魔導エンジンは私の私物だからどうなろうと構わないけど、船は会社の持ち物。それを勝手に動かした上に壊してしまったのだから、数か月の停職くらいは覚悟しないといけない。最悪の場合、解雇もあり得る……。

 もちろん、会社の処分だけじゃない。法律違反を犯した件で、市から出頭命令が出ている可能性もある。私はそれを受ける覚悟で船を動かしたから後悔はないけど、怖くないと言ったらウソになる。

 目の前には難しい顔をして席に座っている社長の姿。いつも以上に空気が張り詰めていて息苦しい。私は緊張して体を強張らせたまま、棒立ちになっている。

 ちなみに重い話になるのが分かっているから、クロードには自宅でお留守番をしてもらっている。彼もなんとなく察しているようで、素直に従ってくれている。

「さて、シルフィ。呼び出された時点で分かっていると思うけど、先日の出来事の件でキミに処分を下さなければならない」

「はい、覚悟は出来ています」

「昨日、僕は市の警備局に呼び出されたよ。シルフィが法律違反を犯したことについてね。参考人として事情を尋ねられた」

「…………」

 私は何も言えなかった。どう返事をすればいいか分からなかったというのが、より正確なところかもしれない。

 色々な想いが交錯して頭の中がごちゃごちゃで、処理能力が全然追いついていない。

「シルフィは牢へ収監される。禁固3年程度の刑になるだろうね。――本来なら」

「っ? 本来……なら……?」

「今回はディックくんの命を助けるためという状況を鑑みて、社長である僕が口頭で注意を受けるという処分で済んだ。ソレイユ水運の営業停止処分もない。どうやらディックくんの実家やアルトさんが奔走してくれたようだね」

「そ、そうだったんですか……」

 私は心の底からホッとした。もちろん、それは自分が罪に問われないことになったからじゃない。社長や会社に致命的なダメージを負わせなることにならなくて済んだからだ。

 正直、ディックくんを助けようと思った時はとにかく夢中で、社長や会社への迷惑について全く考えが及んでいなかった。下手をすれば社長も連帯責任で罪を問われたかもしれないし、会社が営業停止になったら渡し船を利用するお客さんにまで迷惑が掛かる。

 救護室のベッドで目が覚めてからそのことに気付き、真っ青になった自分がいたという感じだ。その事態の重大さを認識し、どうなってしまうのかという不安と恐怖でその時の私はしばらく震えが止まらなかった。

 だから減刑のために動いてくれた人たちには本当に感謝しかない。

 私がそう感銘を受けていると、社長は依然として厳しい表情のまま話を続ける。

「でもソレイユ水運社内における処分は、それとは別の話だ。僕は会社のトップとして、監督責任ということで役員報酬の20%減給を1か月。これはシルフィには直接的には関係のないことだけど、キミ自身に責任を認識してもらうために伝えておく」

「……はい、深く反省しています。ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳がありません」

「シルフィは基本給の30%減給を1か月。それと明日から1週間の停職。いいね?」

「っ? えっ……あ……あのっ、解雇ではないんですかっ? しかもそんな短い期間の停職でいいんですか?」

 私は間抜けな声を上げてしまった。想像していたよりも軽い処分で拍子抜けしてしまったから。停職にしても何か月単位とか、もっと期間が長くても不思議じゃないと思っていたわけだし。


(つづく……)
 
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