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第1航路:魔術整備師シルフィ
第2-1便:出航! 右岸へ向けて!!
しおりを挟むそのまま待機していると、桟橋にマリーお婆さんと社長がやってくる。社長は柔らかな笑みを浮かべてマリーお婆さんの体を支えつつ、私に向かって目顔で合図を送ってきている。
こうして見てみると、やっぱり社長はさわやかイケメンだとあらためて感じる。
目鼻立ちは凜としていて、清潔感のあるサラサラの黒髪短髪。しかも体は細身に見えて、実際は冒険者さんたちみたいにがっしりしている。
性格は優しくてしかも切れ者。その上、社長という社会的な地位もあるわけだから、市内の女性たちが隠れファンクラブを設立して活動しているという噂があるのも頷ける。
「シルフィ、急な仕事を作っちゃってゴメンね」
「いえ、問題ないですよ社長。さぁ、マリーお婆さん。足下にお気を付けてお乗りください」
「ありがとね、シルフィちゃん」
マリーお婆さんは社長の助けを借りながらステップを渡って乗船し、座席に腰を掛けた。その手元には食材の入った大きな布袋があって、隙間から野菜や白パンが見えている。袋の膨らみ具合を考えると、ほかにも多種多様な食べ物を買い込んできたのだろう。
どんな料理を作るのか、想像しただけでお腹の音が鳴りそう。でも今は操船に集中しないとね……。
「じゃ、出発しますので社長は降りて大丈夫ですよ」
「何を言ってるの? 僕も一緒に右岸まで行くんだよ」
「社長もですかっ!?」
「シルフィのことは信用しているけど、整備直後の試運転では万が一のことが起こりうる。だから社長としては、キミに単独で運航させるわけにはいかない。それでルティスには『僕も試運転に同乗する』という条件付きで臨時便の運航を許可したんだけど、彼女から聞いてないの?」
「聞いてませんよ。社長がいてくれたら心強いのは間違いないですけど……」
直後、私はハッとした。そういえばルティスさんは条件がどうとかって言っていたような気がする。そっか、その条件って『社長が同乗する』ってことだったんだ。
確かに社長がいてくれた方が、アクシデントが起きた時に対処できる幅が広がる。
「本当は僕が操船をしても良いんだけど、この船のことは整備を担当したシルフィの方がよく分かってるだろうからね。つまりキミに任せた方がリスクが小さい。もちろん、もし何かあって責任問題になっても僕が庇うから安心してよ」
「はいっ!」
「あ、勘違いしないでね? 事故が起きたら僕だけが責任を負うわけじゃないから。シルフィにも相応の処分を課す。それは覚悟しておいて」
「あはは、社長はキッチリしてますね……」
社長は優しさの中にも厳しさがある。でも彼が公明正大だからこそ信頼できるし、私も強い責任感と真摯な気持ちで仕事へ取り組もうと思える。
きっとほかの社員のみんなも私と同じ想いじゃないかな。
「――では、これより出航いたします。運航時は大きく揺れる場合がありますので、ご注意ください。操船はソレイユ水運のシルフィが担当させていただきます」
私は操舵輪の横に設置されている伝声管を使って声を張り上げたあと、わずかに動力ハンドルを前へ倒した。するとエンジンの唸りがわずかに強くなるとともに、船体は徐々に前進を始める。
その際、クロードは私の左肩から降りて船首部分へチョコンと座る。操船時はそこが彼の指定席なのだ。そうやって見張りをしてくれている。彼は目線が私よりも低くて操舵席から死角になっている水面部分にも注意が向くから、私としてもありがたい。
ちなみに今回は客室内にマリーお婆さんと社長しかいないので、伝声管を使わなくても案内を伝えることは出来る。ただ、試運転ということでその動作確認も兼ねて使った。
当然、伝声管なんて単純な仕組みというか、ほぼ単なるパイプみたいなものだから航行に直接の影響はない。でも声の伝わり方がいつもと違うなど、ちょっとした気付きから船体の異常をいち早く察知できることもある。
決して魔術整備や工学整備を過信してはいけない。一分一秒ごとに機械や船体の状況は変化し続けているのだから。
「……そろそろ加速しても大丈夫かな」
船が充分に桟橋から離れ、底へ乗り上げる心配がない水深にまで達したと判断した私は動力ハンドルを少しずつ前へ倒していった。
魔導エンジンは軽快かつリズミカルな音を立て、船は加速していく。前方から吹いてくる風も強まり、制帽の隙間から垂れた私の前髪を大きく揺らす。息を吸い込むと空気は涼やかで心地良い。
また、しばらく大雨も降っていないから、水が比較的澄んでいて深いところまでよく見える。流木などの大きな障害物もほとんど流れてきていない。そして船体に弾かれた水の粒は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。こういう時に操船するのは大好きだ。
ただ、周囲を航行する船や水生モンスター、スクリューに絡みつく植物などの危険は常にあるから、決して油断をしてはならない。
しかも船は舵の操作をしても慣性や流れの影響、船体の構造に起因する独特な動きなどによって即応できない場合もある。その点が陸上の乗り物との大きな違いだ。用心するに越したことはない。
やがて船のスピードが充分に上がり、水の抵抗が減ったと感じられる状態になったら動力ハンドルを少し戻して出力を調整する。こうなるとあとは比較的低燃費で進んでいける。
とはいえ、右岸渡船場は左岸渡船場より2キロメートルほど上流にある――つまり水の流れに逆らう形になるので、どうしても燃料を多く使わざるを得ないんだけどね。
魔導エンジンの燃料は魔鉱石から抽出される魔法力。この方式だと魔法を扱えない人でも動かすことが出来るし、出力や動作が安定して得られる。しかも動力炉の中に魔鉱石を充填すればいいだけだから扱いやすい。
唯一の欠点は、月の満ち欠けの影響を受けること。魔鉱石は月が満ちるにつれて取り出せる魔法力の量が減り、それが最大となる満月の日は魔導エンジンが動かせなくなってしまう。だから満月の日は渡し船も全面運休となる。
もちろん、魔法力を持っている者なら魔導エンジンへ直接魔法力を送り込んで動かすことも可能だけど、この国ではその行為が法律で禁止されている。なぜなら制御が難しくて、小爆発を起こしたり故障したりする危険性が高いから。
そうなったら魔導エンジンが使い物にならなくなって、全交換ということになる。
ま、そもそもリバーポリス市においては、満月と新月の日には『とある理由』があって船を動かせないんだけどね……。
(つづく……)
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