わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

文字の大きさ
上 下
2 / 58
第1航路:魔術整備師シルフィ

第1-1便:メカ好きボーイッシュ少女!

しおりを挟む
  
 私は目の前で鎮座する魔導エンジンに右手を置き、目を瞑って大きく深呼吸をした。そしてその触れた部分へ意識を集中させ、魔法力を送り込んでいく。


 強すぎず弱すぎず、自分の呼吸と合わせるように――。


 …………。

 ……うん、良い感じ。自分の心と機械の心が解け合っていくというか、波長がリンクしていく感覚がある。異なる波が重なり合って、徐々に一体化していく。


 ――これが融合修復魔法フューズ・リペアの第一段階。魔法力が機械に馴染んだら次の作業へ移行する。

 今回、不具合が起きているのは鋼鉄製のピストン。魔導エンジンの機構の要とも言える部分だ。摩耗が進んだ結果、魔鉱石から供給されている魔法力が漏れて駆動力トルクが低下しているようなのだ。

 それが点検魔法チェックで判明したので、こうして『魔術整備』に取りかかっている。

 もし修復しないまま放置すれば、いずれ深刻な破壊が起きて魔導エンジン全体が使い物にならなくなってしまう。最悪の場合、暴走した魔法力が爆発を起こすかもしれない。

 特にこのエンジンは船で使われているものなので、水上で不具合が発生すると人命に関わる事故に直結しやすいということもある。

 例え爆発まで至らなかったとしても、制御不能になって座礁する危険性はあるし、怪我人が出た時にはなかなか岸に辿り着けなくて救護が遅れる。

 しかも私が所属している水運会社――ソレイユ水運はお年寄りのお客さんも多いから、ちょっとしたきっかけで大事故へ繋がるリスクも高い。だからとにかく細心の注意を払わなければならない。

「大地と鉱物を司る神よ。我にその偉大なる力を……」

 スペルを唱えると、私の魔法力は勢いを増して一気に最高潮へ達した。ショートの黒髪が激しく揺らめき、額や首筋を撫でているのが目を瞑っていても分かる。

 程なく私の意識は魔法力の高まりとともに魔導エンジンと融合した。もはや私の体と魔導エンジンは一心同体。その証拠に、摩耗した部分から発せられている擦り傷のような痛みが脳の中に流れ込んできている。

 ちなみにこの痛みは擬似的なものだから命に関わるものじゃない。だけど融合修復魔法を成功させるには、それに耐えうる相応の精神力が必要になるのは事実。要するに根性なしは整備師になれないのだ。

「……っ……」

 私はゆっくりと目を開け、ポケットの中に入っている豆粒サイズの鉄塊を左手で取り出して握りしめた。そこに意識を集中させると、鉄塊は私の魔法力を媒介として体の中に溶け込んでくる。


 ――この異物が体の中をうねる瞬間が少し気持ち悪い。それに針で刺されたみたいにあちこちがチクチクする。

 これだけは何度やっても慣れないし、出来ればやりたくない。

 でも整備魔法を使わずに機械を正常な状態に整備するには、物理的に分解して当該部品を調整する『工学整備』が必要になる。当然、それだと手間も時間もかかりすぎるから、今や魔術整備を取り入れていない整備師は皆無だ。

 むしろ年齢が三十歳以下の若い整備師においては、魔術整備しかしない人の方が多いかもしれない。工学整備なんて時代遅れって風潮が強いし。

 もっとも、私は十七歳だから若い世代に入るけど、機械も部品も工学整備も好き。それに魔術整備ばかりしているとその魔法力の影響でわずかだけど部材が脆くなるので、定期的には工学整備も必要だと個人的には考えている。

「……よし、そのままピストンへ」

 その後、鉄塊を溶け込ませた魔法力は腕や胴体を通り抜け、右手を経由して魔導エンジンの中へ。さらにピストンの損傷箇所へそれを無事に送り込んだ。

 あとはその魔法力を部品に融合させるだけ。だけど寸法通りに再構成したり、全体が不均一にならないように調整しなければならないからこの作業は難しい。そしてその際にモノを言うのが、対象となる機械の知識だ。

 点検魔法を使うと、その機械の外観や寸法、内部状況、破損箇所、部材の組成など、あらゆる情報が脳の中に伝達されてくる。こうした情報を高精度で処理するには、当然ながら各パーツについて把握していなければならない。

 そういう意味でも、工学整備は重要だと私は思うんだよね。

「ふぅ……うまくいった……」

 無事に整備を終えた私は大きく息をついた。試しに魔導エンジンを駆動させてみると、軽快な音を立てて動き始める。不規則な異音や振動はなくなり、点検魔法で確認してみると出力も元通りになったみたい。

 外見上の異常も見られないし、これでしばらくは機嫌良く働いてくれると思う。あとは船の試運転をすれば全ての作業が完了だ。

「相変わらず整備だけは見事だね、シルフィ」

 不意に私の足下から幼い男の子のような、可愛らしい声が響いた。

 直後、子猫と同じくらいのサイズの彼は私の体を這い上がり、最後は肩からピョンとジャンプ。工具類が置いてある机の上に降り立ってチョコンと座った。そして円らな瞳で私をじっと見つめている。


(つづく……)
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

処理中です...