わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

みすたぁ・ゆー

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第1航路:魔術整備師シルフィ

第1-1便:メカ好きボーイッシュ少女!

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 私は目の前で鎮座する魔導エンジンに右手を置き、目を瞑って大きく深呼吸をした。そしてその触れた部分へ意識を集中させ、魔法力を送り込んでいく。


 強すぎず弱すぎず、自分の呼吸と合わせるように――。


 …………。

 ……うん、良い感じ。自分の心と機械の心が解け合っていくというか、波長がリンクしていく感覚がある。異なる波が重なり合って、徐々に一体化していく。


 ――これが融合修復魔法フューズ・リペアの第一段階。魔法力が機械に馴染んだら次の作業へ移行する。

 今回、不具合が起きているのは鋼鉄製のピストン。魔導エンジンの機構の要とも言える部分だ。摩耗が進んだ結果、魔鉱石から供給されている魔法力が漏れて駆動力トルクが低下しているようなのだ。

 それが点検魔法チェックで判明したので、こうして『魔術整備』に取りかかっている。

 もし修復しないまま放置すれば、いずれ深刻な破壊が起きて魔導エンジン全体が使い物にならなくなってしまう。最悪の場合、暴走した魔法力が爆発を起こすかもしれない。

 特にこのエンジンは船で使われているものなので、水上で不具合が発生すると人命に関わる事故に直結しやすいということもある。

 例え爆発まで至らなかったとしても、制御不能になって座礁する危険性はあるし、怪我人が出た時にはなかなか岸に辿り着けなくて救護が遅れる。

 しかも私が所属している水運会社――ソレイユ水運はお年寄りのお客さんも多いから、ちょっとしたきっかけで大事故へ繋がるリスクも高い。だからとにかく細心の注意を払わなければならない。

「大地と鉱物を司る神よ。我にその偉大なる力を……」

 スペルを唱えると、私の魔法力は勢いを増して一気に最高潮へ達した。ショートの黒髪が激しく揺らめき、額や首筋を撫でているのが目を瞑っていても分かる。

 程なく私の意識は魔法力の高まりとともに魔導エンジンと融合した。もはや私の体と魔導エンジンは一心同体。その証拠に、摩耗した部分から発せられている擦り傷のような痛みが脳の中に流れ込んできている。

 ちなみにこの痛みは擬似的なものだから命に関わるものじゃない。だけど融合修復魔法を成功させるには、それに耐えうる相応の精神力が必要になるのは事実。要するに根性なしは整備師になれないのだ。

「……っ……」

 私はゆっくりと目を開け、ポケットの中に入っている豆粒サイズの鉄塊を左手で取り出して握りしめた。そこに意識を集中させると、鉄塊は私の魔法力を媒介として体の中に溶け込んでくる。


 ――この異物が体の中をうねる瞬間が少し気持ち悪い。それに針で刺されたみたいにあちこちがチクチクする。

 これだけは何度やっても慣れないし、出来ればやりたくない。

 でも整備魔法を使わずに機械を正常な状態に整備するには、物理的に分解して当該部品を調整する『工学整備』が必要になる。当然、それだと手間も時間もかかりすぎるから、今や魔術整備を取り入れていない整備師は皆無だ。

 むしろ年齢が三十歳以下の若い整備師においては、魔術整備しかしない人の方が多いかもしれない。工学整備なんて時代遅れって風潮が強いし。

 もっとも、私は十七歳だから若い世代に入るけど、機械も部品も工学整備も好き。それに魔術整備ばかりしているとその魔法力の影響でわずかだけど部材が脆くなるので、定期的には工学整備も必要だと個人的には考えている。

「……よし、そのままピストンへ」

 その後、鉄塊を溶け込ませた魔法力は腕や胴体を通り抜け、右手を経由して魔導エンジンの中へ。さらにピストンの損傷箇所へそれを無事に送り込んだ。

 あとはその魔法力を部品に融合させるだけ。だけど寸法通りに再構成したり、全体が不均一にならないように調整しなければならないからこの作業は難しい。そしてその際にモノを言うのが、対象となる機械の知識だ。

 点検魔法を使うと、その機械の外観や寸法、内部状況、破損箇所、部材の組成など、あらゆる情報が脳の中に伝達されてくる。こうした情報を高精度で処理するには、当然ながら各パーツについて把握していなければならない。

 そういう意味でも、工学整備は重要だと私は思うんだよね。

「ふぅ……うまくいった……」

 無事に整備を終えた私は大きく息をついた。試しに魔導エンジンを駆動させてみると、軽快な音を立てて動き始める。不規則な異音や振動はなくなり、点検魔法で確認してみると出力も元通りになったみたい。

 外見上の異常も見られないし、これでしばらくは機嫌良く働いてくれると思う。あとは船の試運転をすれば全ての作業が完了だ。

「相変わらず整備だけは見事だね、シルフィ」

 不意に私の足下から幼い男の子のような、可愛らしい声が響いた。

 直後、子猫と同じくらいのサイズの彼は私の体を這い上がり、最後は肩からピョンとジャンプ。工具類が置いてある机の上に降り立ってチョコンと座った。そして円らな瞳で私をじっと見つめている。


(つづく……)
 
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