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第四幕:埠頭の違和感
第六節:誤解
しおりを挟む――いや、待てよ? 俺が貧民街で物乞いの仕事をしていた時、コイツは凛々しい顔つきをしていたような気がする。話し方も今とよく似ている。
「っ!? そうかっ、ビッテルが貧民街にいたのは貧しい連中に施しをするためかっ!」
「富はみんなで分け合うものです。一握りの者だけが豊かな暮らしをして、多くの者が貧しさや飢えに苦しむ――そんなの僕は間違っていると思っています。働かざる者食うべからずとは言いますが、働いても食べられない人だってたくさんいる。僕はそういう人たちを助けたいのです」
「バラッタよ、お前はこういう男を貶めようとしたのだ。自らの愚かさが理解できたか?」
「……くっ!」
表情は見えないが、覆面男がせせら笑っているのがハッキリ感じ取れた。
だが、それも当然だ。俺はビッテルをひとりの人間として真っ直ぐ見ようとせず、単に商人だからと一括りにして毛嫌いしていた。
――いや、本当はそんなことくらい分かっていたのに、見て見ぬ振りをしていた。片意地を張っていた。愚か者だとそしりを受けて当然だ。俺は大バカだ。
「バラスト――いえ、本当の名前はバラッタなのですね? どうか気にしないでください。商人を恨んでいる人がたくさんいること、自分が商人だからこそよく分かっています。残念ながら、清廉な商人は少ないですからね」
「ビッテル……」
ビッテルの言葉の一つひとつが胸に深く染みこんでくる。その穏やかで優しい声は、長年傷付き続けてボロ雑巾のようになった俺の心を癒していく感じがする。
思わず涙が零れそうになるのを必死に堪え、俺はあらためて覆面男を睨み付ける。
「別れの挨拶は済んだか? まずは目障りなバラッタを消してやる。そのあとで残りのふたりも始末してやろう。三人一緒ならあの世でも寂しくなかろうて……」
「チッ!」
俺は腰に差していたナイフを手に取り、すかさずビッテルを拘束していたロープを切った。そして覆面男を視線で牽制しながら、ビッテルを背にするようにして前に出る。
「ビッテル、お前はルナを連れて逃げろ! 時間稼ぎくらいはしてやる」
「僕に対して負い目を感じているのですか?」
「ンなワケがあるか! ルナのことを頼みたいだけだッ!」
「っ……嘘ですね、それ?」
わずかに笑いの混じったようなビッテルの声が後ろから聞こえてくる。
だが、今はそれがなんだか心地いい。まるで悪友同士で冗談を言い合っている時のような、そんな穏やかな気持ち――。
「……ルナのこと、頼んだぞ」
俺はそう告げると同時に、覆面男へ向かって決死の覚悟で斬りかかった。
なんとしてもこの場は食い止めてみせる。ルナとビッテルの逃げる時間は俺が作る。この命に代えても……。
俺はナイフを握りしめ、覆面男に向かって休むことなく攻撃を繰り出していった。
だが、ヤツもナイフを取り出してそれをやすやすと弾き、こちらの力や勢いを受け流していく。もちろん、俺は決して力任せに振り回しているだけじゃないのに全く当たらない。動きを完全に見切られている。
くそ、相手の方が明らかに何枚も上手だ。むしろこちらは少しずつ反撃を食らい、体のあちこちに切り傷が出来て血が滲んでいる。
どれも致命傷にはほど遠い傷だが、それでも長期戦になれば圧倒的に不利。どんどん体力を奪われ、いつかは決定的な一撃を食らってしまうだろう。その気持ちが焦りを生んで、さらに攻撃が届かなくなる。
「くっ!」
「どうした、若造?」
声の感じから、覆面男にはまだまだ余裕が感じられた。こっちはかなり体力を消耗しているっていうのに、全く息を切らしていない。化け物か、コイツは?
いずれにしても、このままではジリ貧だ。こうなったら一か八か、捨て身の覚悟で攻撃を繰り出すしかない。
そう判断した俺は反撃された直後に出来る一瞬の隙を狙い、ダメージ覚悟でそれをあえて避けずにナイフを突き出す!
「うぉりぁああああぁーっ!」
「ふっ……」
「なっ!?」
覆面男は俺の一撃を空いている左手で受け止めた。俺と同じようにダメージ覚悟で……。
もしかしたらヤツはこの瞬間を待っていたのかもしれない。俺に決定的な隙が出来るこの状況を。しまったと思った時はもう遅かった。
「――ぐっ!」
頭のテッペンから足の指先まで突き抜ける、猛烈な痛み――。
腹の辺りには高熱を感じ、心臓の鼓動に合わせて激痛が脳に響き続ける。そのあまりの苦しみに目の前が暗くなり、足がふらついて倒れそうになる。
だが、俺は奥歯を噛みしめ、根性でなんとかそのまま踏み留まった。
腹に出来た大きな刺し傷から滴り落ちる血。ただ、反射的に体を動かせていたのか、思った以上に一撃は浅い。
もっとも、もう反撃なんて出来そうにはない。例え攻撃を繰り出したとしても、力もスピードもない一撃を避けるのは簡単だろう。逆に覆面男はいつでも俺にトドメを刺すことが出来るはず。
(つづく……)
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