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第四幕:埠頭の違和感
第三節:先客?
しおりを挟むギルドを出た俺たちは闇に染まる街の中を疾走した。音もなく、それでいて俊敏に。潮の香りが漂う海風を切り裂きつつ、闇の中に溶け込んでまっしぐらに港へ進んでいく。
夜目が利く俺にとっては、この程度の明度は昼間と変わらない。ルナも盗賊技能のひとつとして暗闇の中を自在に動き回る鍛錬を積み重ねてきているので、問題なく俺の後ろを付いてきている。
たまに危なっかしく感じる瞬間もあるけど……。
なお、ビッテルの交易船はガトーの私有地内にある、旧埠頭の隅に停泊している。それはレストランで本人からそういう話を聞いているし、裏取りもしてあるから間違いない。
そこはかつてメインの埠頭として使われていた場所で、新しい埠頭の運用が始まって以降は予備としてたまに運用される程度となっている。そのため、比較的警備は手薄。しかも私有地内ということもあって、昼間でも滅多に人が寄りつかない。忍び込むには好都合な条件だ。
――でもそれを考えたとしても、これはちょっと様子がおかしい。
旧埠頭へ忍び込んだ俺はすぐに異変に気が付いた。あまりにも無警戒すぎるのだ。
「……ルナ、様子が変だと思わないか?」
倉庫の影に潜んだところで、俺は周囲に注意を向けたまま囁いた。いつ何があるか分からないので、緊張の糸は緩めない。
すると俺と背中同士を密着させるように佇んでいるルナは、少しの間が空いてから返事をする。
「そうだね、見回りもいないみたいだしね」
「いや、それはあまり不自然じゃない。普段は使っていない場所だから、もし見回りをしていたとしてもその頻度は低いだろう。それにもし監視をするなら、ビッテルの交易船の周りだけ人を配置すれば済むわけだからな」
「あ、なるほど……」
「俺が気になっているのはトラップのことだ。いくら普段は使っていないとはいえ、ここは私有地。侵入者への備えくらいはしているはずだろう。それが全くない」
「確かにすんなり侵入できたもんね」
「少し調べてみる。その間、ルナは周りを警戒していてくれ」
「承知」
俺たちはその場を離れ、敷地内を調べることにした。このまま埠頭の奥へ侵入するのは、あまりにもリスクが高すぎるからだ。
まずは建物や荷物の配置、船着き場などの位置関係を考え、もし俺がトラップを設置するならどこが最適かと考えながら当たっていく。
そして何か所を見て回ったころ――
「ん? これは……」
俺は地面に残されていた小さな傷を発見した。
その具合から推測すると、おそらくここにはワイヤーが張られていたのだろう。いわゆる『トリップ・ワイヤー』という初歩的なトラップだ。踏んだり引っかけたりすると、音が鳴ったり網やワイヤーで体が拘束されてしまったりする。
だが、それよりも気になるのは、ご丁寧にもここには何もなかったかのようにその痕跡を消してあること。この傷はたまたま消しきれずに残ってしまったんだろう。もっとも、俺みたいに夜目の利く人間でなければ、暗闇の中ではこれは気付かない。
その後も周囲を調べていくと、トラップがことごとく外されていることが判明する。
俺たちはひとまず大きな木箱が積まれた隙間に隠れた。そして俺は周囲を警戒しながらルナに小声で話しかける。
「これは先客がいる可能性が高いぞ。しかも相手はかなりの盗賊技能レベルだ。気を引き締めておけ」
「同業者ってことだよね?」
俺の深刻な雰囲気を察してか、ルナの表情も自然と強張っていた。下唇を噛み、腰に差しているナイフの柄に手を添えたまま視線を激しく周囲へ向けている。
こんなに緊張しているコイツの姿を見るのは、数年ぶりくらいかもしれない。
「当然、うちのギルドの関係者じゃない。お頭には俺がここで仕事をするって話してあるから、現場が被らないよう調整しているはず。裏切り者がいるなら話は別だがな」
「ギルドの中でお頭に楯突くほどの根性があるのは、バラッタくらいだよ」
「ふふっ……。ま、つまりは十中八九、ヨソ者の仕業ってことだ。この前、ビッテルの命を狙っていた連中の一派かもな。商人なんて敵が多くて当然なんだよ」
俺は冷笑しながら言い放った。
やはりビッテルも商人の端くれ。裏では誰かの恨みを買うようなことをしているに違いない。だから命を狙われる。想像していた通りだ。
でも――
ホッとする反面、なぜか釈然としない気持ちもあってモヤモヤするのはなぜだろう?
「それならあたし、ギルドに戻って応援を呼んでくるよ」
「いや、それはダメだ……」
「どうして?」
キョトンとしながら俺を見つめているルナ。その目は俺に説明しろと求めている。
でも事情を知らないんだから、それも当然か。まさかこんなことになるなんて思ってなかったから、言ってなかったんだよな……。
「実は何があっても俺たちだけで対処するって条件付きで、お頭からこの仕事をする許可をもらってるんだ。そうじゃなきゃダメだって、お頭が譲らなくてな……」
俺は気まずさを感じつつ、薄笑いを浮かべて正直に打ち明けた。すると途端にルナは頭を抱え、深いため息をつく。そして白い目で俺を見てくる。
その視線が俺の全身にグサグサと突き刺さってすごく痛い……。
「まったくもう……。日頃の行いが悪いから、こういうことになんのよ?」
「ひ、日頃の行いがいい盗賊なんているのか?」
「……そんな口答えが出来る立場? これは貸しだかんね?」
「お、おぅ……」
もはやこの場は素直に同意するしかない。ただ、それでもルナはここで怒って帰らず、この仕事を一緒にやってくれるというのだからありがたい。
俺を気を取り直し、真顔でルナの瞳を見つめる。
「この先はさらに気を引き締めていこう。頼りにしてるぜ、相棒っ!」
「っ!? ……う、うんっ♪」
俺たちはお互いに軽く頬を緩め、力強くグータッチをしたのだった。
(つづく……)
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