月影の盗賊と陽光の商人

みすたぁ・ゆー

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第三幕:盗賊と商人

第六節:ビッテルの抱く夢

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 レストランでの会話が落ち着いたあと、俺はビッテルと一緒に店を出た。そしてヤツの現在の滞在先だという、ガトーの屋敷まで一緒に向かうことにする。帰りの夜道で誰かが待ち伏せていて、ひとりになったところを襲われるという可能性も否定できないからな。

 だから帰る方向が同じだと嘘をつき、屋敷の前まで送り届けることにしたわけだ。


 もちろん、俺に対して好意的な感情を持っているビッテルは即座にそれを了承。それどころか、せっかくなので泊まっていけとまで申し出てきた。あっちの趣味があるんじゃないかと疑いたくなるほどの猛アピールだ。

 当然、そんなの真っ平ゴメンなので、敷居が高いとか何とか言って断ったけど……。


 ちなみにガトーというのはフォルスでも屈指の大商人で、商人ギルドの運営にも関わっている。当然ながら盗賊ギルドのマスターであるお頭とは面識がある。

 そしてガトーのところで厄介になっているということは、ビッテルはそれなりに大きな取引をしている商人ということになる。成り行きとはいえ、そんなヤツを助けることになるなんて複雑な気分だぜ……。


 そういえば、すでに帰り道のあちこちでうちのギルドメンバーの姿があるのを俺は確認している。ルナの報告を受けて、お頭が手配したのだろう。さすが決断と仕事が早い。

 これで商人ギルドに貸しが出来たし、きっとお頭はホクホク顔のはずだ。

「――バラスト、僕には夢があるんです」

 なんとなく話が途切れ、黙って歩いていた時のことだった。隣にいたビッテルが不意に切り出してくる。

 視線を向けてみると、ヤツは穏やかに微笑みながら顔をやや上に向けて満天の星を見やっている。

「どうした、藪から棒に?」

「今まで僕は、あなたほど気の合う人と出会ったことはなかった。だから僕の夢を語りたいと思ったんです。こんな気持ちになったの、初めてなんです。だからよろしければ聞いていただけますか?」

「まぁ……聞くだけなら……」

「自然界には弱肉強食という絶対の掟があります。でも僕たち人間は違う。助け合うことが出来る。それって素敵なことだと思うんです」

「…………」

「この世の中は不平等だ。だからこそ、僕は苦しむ人たちに手を差し伸べて助け合っていきたい」

「ふーん……」

 俺は適当に相槌を打った。あまり興味のない話だし、ご託を並べているようにしか思えなかったから。当然、心に留め置く気なんてさらさらない。

 だが、そんなこちらの想いなど知るよしもないビッテルは、熱を込めて言葉を続ける。

「僕は世界一の商人になりたい! そうなれば各地の領主や王たちも、僕の言葉を無視できなくなる。不当な重税や法律に対して、改善するよう迫ることだって出来るんです。剣を振るう力がない僕でも、戦うことが出来るんです」

「確かに少しぐらいは変えられるかもしれないな。でもそれだけだろ? あまり意味はないんじゃないか?」

 俺はにべもなく言い捨てた。するとビッテルはニヤリと頬を緩め、確信に満ちたような瞳で俺を見つめてくる。

「小さな雫も水面に落ちれば波紋となって、大きく広がっていきます。それと同じように、一人ひとりの力は小さくても、いずれそれが増幅して大きな力になる。誰にも止めることが出来ないほどに。その最初の一滴に僕がなれたなら、例えそのあとにこの命が尽きたとしても悔いはありません」

 そうビッテルが言い切った時、ちょうど俺たちはガトーの屋敷に到着した。

 敷地は高い壁に囲まれ、門の鉄格子の隙間から広い庭が見えている。城のような豪華な屋敷はさらにその奥に建っていて、そこまでの道沿いにはいくつもの魔法灯が連なって設置されている。

「バラスト、今日は楽しい時間をありがとうございました」

 ビッテルは俺に向かって深々と頭を下げると、門を通って屋敷の方へ歩いていった。途中で何度も立ち止まり、こちらへ振り向いて手を振っている。律儀というかクソ真面目というか……。



 その後、俺は屋敷の前を離れ、ギルドの方へ向かって歩き出した。



 夜も遅いせいかすっかり人通りはなくなり、辺りは静まり返っている。唯一、昼間には雑踏にかき消されてしまう潮騒だけがかすかに響いている。そこへ潮の香りを乗せた涼しげな海風がそよそよと吹き、俺の髪を揺らす。

 町は全てが漆黒の闇の中。ただ、夜目が利く俺にとっては、むしろこの状況の方がアドバンテージがある。もし不自然な動きがあれば即座に気付くことが出来る。

「――バラッタ」

 程なく路地の影からルナが現れ、囁くように声をかけてきた。そしてこちらへ近寄ってきて、隣を歩き始める。

「お疲れ、ルナ。ちなみにお前は本物か?」

「それならあんたの腹を殴らせてもらってもいい? きっと体はあたしの拳の味を覚えているはずだから、本物か偽物か明確に判断できるでしょ」

 ルナはニコニコしながら拳を握り、ポキポキと音を立てていた。しかもこの雰囲気だと本気で実行に移しかねない。

 だから俺は苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。

「遠慮しておくよ。その反応はルナそのものだしな」

「あら、残念っ♪ ――で、あのふたり組はどうなったの? 辺りに気配はないみたいだけど」

「ずっと俺が一緒にいたから、仕事するのを諦めたらしい。途中で店を出ていったよ」

「そうなんだ。ちなみにあの優男は何者?」

「交易商人のビッテル――。商人だと分かってたら、助けようなんて気は最初っから起きなかったのにな。それに今回はアイツを助けたくて助けたんじゃない。ギルドの縄張りをヨソ者に荒されるのが癪だっただけだ」

 俺は苦々しく思いつつ、バレバレの嘘をついた。

 命が危機にさらされているヤツを見たら、どんな相手でも放っておけない――俺のその性格をルナなら絶対に知っている。それが本意だってきっと理解してる。

 でも助けた相手が大嫌いな『商人』という職業の人間だったから、俺は素直にそのことを口に出したくなかったんだ。

 なにより、どうもアイツは虫が好かない……。


(つづく……)
 
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