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第三幕:盗賊と商人
第五節:優男の正体
しおりを挟む「その……大変でしたね……。彼女さんとケンカですか?」
優男は遠慮がちに訊ねてきた。表情は曇らせているくせに、その言葉の内容はド直球。空気が読めない天然なのか、それとも単に図々しいだけなのか……。
これ、実際に痴話ゲンカをした男だったらカチンとくるんじゃねぇか? まぁ、知らんけど、とりあえず相槌を打っておくことにする。
「うん……まぁ……そんなところだ」
「お付き合いは長いのですか?」
「幼馴染みなんだ」
「そうでしたか。あんなに素敵なお相手がいるなんて、うらやましい限りです。僕なんて生まれてから一度も、女性とお付き合いしたことがありませんので」
苦笑いを浮かべながら頭を掻く優男。訊いてもいないことをペラペラと喋りやがる。
それはそれとして、こうして近くでじっくり見てみると、コイツは目鼻立ちは整っているし清潔感もある。実際、話をしてみると落ち着いた口ぶりで丁寧だし、身なりもきれいだ。しかも意志の強そうな瞳をしてやがる。
これなら言い寄ってくるヤツはいくらでもいそうな雰囲気だけどな。異性と付き合った経験がないって方が意外に思えるくらいだ。あるいは条件が整いすぎて、逆にみんなこいつに近寄りがたかったのかもな……。
――って、ちょっと待てっ! 今、ルナのことを素敵だとか言ったかっ? 俺の耳がおかしくなったのかっ?
「おいおいっ、アイツのどこが素敵なんだよっ!? あの強烈な平手打ちを見ただろ? 低レベルのモンスターならワンパン出来る威力だぞっ?」
「やはは……。でも息がピッタリと言いましょうか、長年連れ添った夫婦みたいな」
「夫婦っ!? お、お前……末恐ろしいことをさらっと言うなぁ……」
俺は思わず素に戻り、声を裏返しながら叫んでしまった。
あんなのと一生を共に過ごさなければならないなんて、考えただけでも背筋が寒くなる。確かに外見はそこそこだと思うが、その良さを打ち消してなお評価がマイナスになるほどの性格だぞ?
……うーむ、やっぱりコイツはどこか感覚がおかしい。俺には理解できない。あんなに暴力的で気の強いヤツ、素敵なワケがないだろうに。
「――おっと、申し遅れました。僕はビッテル。交易商人をしています」
商人と聞いて、俺は一瞬ピクリと眉が動いた。
直後、俺の腹の中で嫌悪感がどんどん膨れあがっていくのがハッキリ分かる。
だが、この場はそれを表に出さないよう堪えながら、平静を装って爽やかに笑みを浮かべる。ここでキレたら、今までの苦労が水の泡だからだ。
例え相手が商人だろうと、命を狙われているヤツを見捨てることは出来ない。それは俺がお頭に命を救われた時からの信念。曲げるわけにはいかない。
「俺はバラスト。人足をしている」
俺は偽名とニセの職業を伝えた。何もバカ正直に本当のことを伝える必要はない。のちのち厄介なことに巻き込まれるのも困るし。
するとビッテルはニッコリと微笑み、興味深げに問いかけてくる。
「バラストさんはずっとこのフォルスにお住まいですか?」
「生まれは違うが、育ったのはここだな。ビッテルさんはこの町に来るのは始めてかい?」
「いえ、何回か来たことがあります。でも独立してからは初めてですね」
「独立? 独立って商売の? その若さで? 年齢はいくつだ?」
気が付けば俺は、まくし立てるようにいくつもの質問を連続でぶつけていた。
こんなやつのことなんて大して興味がないはずなのに、なぜそんなことをしてしまったのか自分でも分からない。あるいは心のどこかでビッテルの何かを意識しているのか?
チッ、なんなんだよ。コイツにはさっきから調子を狂わせられる……。
そんな俺の戸惑いなんか知るよしもなく、ビッテルは照れくさそうに頬を指で掻きながら小さく頷く。
「えぇ、一人前の商人として独立しました。小さいながらも自分の店を持っています。でも独立できたのは、たまたま商売がうまくいっただけ。知識もノウハウもまだまだ未熟です。もっと努力を続けないといけません。で、年齢は十七歳です」
「俺と同い年か……」
俺が思わずポツリと漏らしてしまったその呟きを、ビッテルはしっかり聞いていたようだった。半ば興奮しながら、瞳を輝かせて身を乗り出してくる。
その予測不可能な反応とあまりの迫力に俺はたじろぎ、少し仰け反ってしまう。
「そうなんですかっ? これはなんという偶然なのでしょう! こうして僕たちが知り合ったのも、まるで運命か何かに導かれたかのようですね! ご縁があるに違いありませんっ!」
「そ……そうかな?」
「同い年なんですから、僕のことは『ビッテル』と呼び捨てにしていただいて構いません!」
「そ、それなら俺のことも『バラスト』でいいや……」
「はいっ! バラスト! えへへ、バラスト~♪」
意気投合したと一方的に思い込んでいるビッテルは、その後もずっとハイテンションのまま自分のペースで話を続けた。しかも相手は海千山千の交易商人、さすがの俺も入り込む余地がないまま付き合わされてしまう羽目となる。
途中でデザートや飲み物を奢ってくれたけど、どういうものでどういう味だったかなんて覚えてやしない。ただ、そんな状況でも辛うじて意識だけは店内にいるふたり組に向け続けていたから、途中で諦めて店を出ていくのはちゃんと確認している。
ま、ずっとあんな調子で話しているのを見れば、いつ終わるのか想像も付かないもんな。俺も話に付き合わされて、ほとほとうんざりだよ……。
(つづく……)
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