7 / 23
第二幕:気心が知れているからこそ
第四節:本物の証!
しおりを挟む俺は何事もなかったかのように、いつもと変わらぬ戯けた調子でルナに声をかける。
「どうした、ルナ? そんなに血相を変えて走ってきて。寝小便がみんなにバレたから庇ってほしいって相談か? まったく、十七歳にもなって恥ずかしいヤツだな」
「……はいはい、寝言は寝て言ってね。それとも普段からそういう妄想でもしてんの? そっち系の趣味があるわけ? やだやだ、キモい。変態。ムッツリスケベ。クズ」
特に怒ったり呆れたり拒否反応を示したりといったことはなく、淡々と俺に対しての罵詈雑言を吐き出すルナ。涼しい顔で、まるで街中にある立て札や看板の文章でも読んでいるかのようにスラスラと汚い言葉が出てくる。今のところ不自然な点はない。
それなら次は確実に判断できる言葉を投げかけてみることにする。
「ふっ、妄想しようにも色気ゼロのその体型じゃ――」
俺が鼻で笑いながら喋っていると、ルナは瞬時に敵意と殺意を膨れあがらせ、有無を言わさず重く鋭い右拳を俺の顔面に繰り出してくる。タカのような鋭い目付きと俺への憎悪。遠慮も躊躇もあったもんじゃない。本気で殺しにかかってきてる。
でもそれは長い付き合いの中で、星の数ほど見てきた動き――。
攻撃に入るタイミングや軌道、動きのクセ、呼吸など、俺には何もかも完璧に分かっている。不意を衝かれない限り、食らうわけがない。
俺は左の外側へステップして一撃目を避け、直後に繰り出してきた中段回し蹴りは両手でその足を掴んで受け止めた。さらに今度はこちらから反撃に出て、掴んだ足をそのまま持ち上げて相手の体勢を崩そうとするが、ルナは自ら後方宙返りをして距離を取ってそれをさせない。
こうしてお互いが間合いから離れた位置で、身構えたまま対峙する。
「ルナ、動きが少し鈍ったんじゃないか? ククク、もしかして太ったか?」
「……チッ、バラッタなんて死ねばいいのにッ!」
ルナは苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いてしまった。
その姿を見た瞬間、俺の中にあった全ての憂いが瞬時に吹き飛ぶ。脳内に渦巻いていた霧が一気に晴れて、澄み切った青空が広がったような感覚。ホッとするというか、緊張の糸が秒速で緩んでいく。
すると途端に笑いがこみ上げてきて、思わず構えを解いて吹き出してしまう。
「ぷっ! あはははははっ! そうそうっ! ルナはそうでなくっちゃな! どうやらお前は本物みたいだなっ! 安心したぜっ!」
「えっ!? それってどういう意味っ?」
眉を曇らせ、首を傾げるルナ。まだ状況が掴めていないらしい。
俺は必死に笑いをかみ殺すと、足下で白目をむいている中年男の頭をつま先でコンコンと軽く蹴る。
「コイツが変身魔法でお前に化けて近付いてきたんだ。ご覧のように返り討ちにしてやったけどな」
「もしかしてあたしに成りすましてたのっ!?」
「まぁな。当然、俺はすぐに偽物だって気付いたけどな」
「……ふーん、あたしに化けるなんて、いい度胸してるおじさんねぇ~っ♪ あたしもコイツをぶん殴っていーい?」
満面に笑みを浮かべながら、ルナは未だ意識がもうろうとしている中年男に歩み寄った。そして胸ぐらを乱暴に掴んで無理矢理に起き上がらせると、即座にそいつの頬へ向かって拳を振り下ろす。
その場に響く痛々しい打撃音――。
中年男は後ろの壁へ勢いよく吹っ飛び、背中や後頭部を強打してそのままずり落ちた。グッタリとしていてもはや虫の息。一応、まだ指先がかすかに動いているから、天に召されてはいないようだが……。
「お前、俺がいいとかダメとか答える前に、すでにおっさんを殴ってるじゃねぇか……」
「細かいことは気にしな~いっ♪」
ルナは実に晴れやかな表情。日頃のストレスも併せて発散させたような感じだ。それを見て俺はため息をつきつつ、頭を抱える。
無抵抗の相手にここまでやるとは末恐ろしい。こんな調子じゃ、嫁のもらい手なんか絶対に現れないと思う。世界一のマゾでもさすがに拒否するんじゃないだろうか?
「暗殺者のおっさんもルナの振りをしたばっかりに、こんな目に遭って可哀想に」
「全然可哀想じゃないじゃん。自業自得ってヤツよ」
「だからってやり過ぎるなよ。ギルドに連れていって、詳しい事情を吐かせないといけないんだから。やるならそのあとにしろ」
「いいのいいの。すでにコイツ以外の一味は全員、捕まえてあるから」
「なんだとっ?」
ルナの口からサラッと告げられた事実に、俺は小さく息を呑んだ。
(つづく……)
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~
みすたぁ・ゆー
ファンタジー
【メカ好きボーイッシュ少女の渡し船。あなたの心へ向けて出航します!】
17歳の少女・シルフィは魔術整備師および操舵手として、渡し船を運航するソレイユ水運に勤務している。
船の動力は魔鉱石から抽出した魔法力をエネルギー源とする魔導エンジン。その力でスクリューを動かし、推進力へと変換しているのだ。
だが、それは魔法力がない者でも容易に扱える反面、『とある欠点』も抱えている。魔術整備師は整備魔法を使用した『魔術整備』を駆使し、そうした機械を整備する役割を担っている。
ただし、シルフィに関しては魔術整備だけに留まらない。物理的にパーツを分解して整備する前時代的な『工学整備』の重要性も認識しており、それゆえに個人の趣味として機械と戯れる日々を送っている。
なお、彼女が暮らしているのはレイナ川の中流域にあるリバーポリス市。隣国との国境が近い防衛の要衝であり、それゆえに川への架橋は認められていない。右岸と左岸を結ぶのは渡し船だけとなっている。
ある日、その町に貴族の血筋だという12歳の少年・ディックが引っ越してくる。シルフィはソレイユ水運のイケメン若社長・フォレスとともに彼の昼食に同席することになり、それをきっかけに交流が始まる。
そして彼女は満月の夜、大きな事件の渦中に巻き込まれていくこととなる――
※タイトルの『わたしの船』は『渡しの船』と『私の船』のダブル・ミーニングです。
【第1航路(全19話)/完結】
【第2航路(全39話)/完結】
第3航路以降は未制作のため、一旦はここで『完結』の扱いとさせていただきます。投稿再開の際に執筆状態を『連載中』へ戻しますので、ご承知おきください。
――なお、皆様からの応援や反応が多ければ投稿時期が早まるかも!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~
真心糸
ファンタジー
【あらすじ】
ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。
キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。
しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。
つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。
お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。
この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。
これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。
【他サイトでの掲載状況】
本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる