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第二幕:気心が知れているからこそ
第四節:本物の証!
しおりを挟む俺は何事もなかったかのように、いつもと変わらぬ戯けた調子でルナに声をかける。
「どうした、ルナ? そんなに血相を変えて走ってきて。寝小便がみんなにバレたから庇ってほしいって相談か? まったく、十七歳にもなって恥ずかしいヤツだな」
「……はいはい、寝言は寝て言ってね。それとも普段からそういう妄想でもしてんの? そっち系の趣味があるわけ? やだやだ、キモい。変態。ムッツリスケベ。クズ」
特に怒ったり呆れたり拒否反応を示したりといったことはなく、淡々と俺に対しての罵詈雑言を吐き出すルナ。涼しい顔で、まるで街中にある立て札や看板の文章でも読んでいるかのようにスラスラと汚い言葉が出てくる。今のところ不自然な点はない。
それなら次は確実に判断できる言葉を投げかけてみることにする。
「ふっ、妄想しようにも色気ゼロのその体型じゃ――」
俺が鼻で笑いながら喋っていると、ルナは瞬時に敵意と殺意を膨れあがらせ、有無を言わさず重く鋭い右拳を俺の顔面に繰り出してくる。タカのような鋭い目付きと俺への憎悪。遠慮も躊躇もあったもんじゃない。本気で殺しにかかってきてる。
でもそれは長い付き合いの中で、星の数ほど見てきた動き――。
攻撃に入るタイミングや軌道、動きのクセ、呼吸など、俺には何もかも完璧に分かっている。不意を衝かれない限り、食らうわけがない。
俺は左の外側へステップして一撃目を避け、直後に繰り出してきた中段回し蹴りは両手でその足を掴んで受け止めた。さらに今度はこちらから反撃に出て、掴んだ足をそのまま持ち上げて相手の体勢を崩そうとするが、ルナは自ら後方宙返りをして距離を取ってそれをさせない。
こうしてお互いが間合いから離れた位置で、身構えたまま対峙する。
「ルナ、動きが少し鈍ったんじゃないか? ククク、もしかして太ったか?」
「……チッ、バラッタなんて死ねばいいのにッ!」
ルナは苦虫を噛み潰したような顔をしてそっぽを向いてしまった。
その姿を見た瞬間、俺の中にあった全ての憂いが瞬時に吹き飛ぶ。脳内に渦巻いていた霧が一気に晴れて、澄み切った青空が広がったような感覚。ホッとするというか、緊張の糸が秒速で緩んでいく。
すると途端に笑いがこみ上げてきて、思わず構えを解いて吹き出してしまう。
「ぷっ! あはははははっ! そうそうっ! ルナはそうでなくっちゃな! どうやらお前は本物みたいだなっ! 安心したぜっ!」
「えっ!? それってどういう意味っ?」
眉を曇らせ、首を傾げるルナ。まだ状況が掴めていないらしい。
俺は必死に笑いをかみ殺すと、足下で白目をむいている中年男の頭をつま先でコンコンと軽く蹴る。
「コイツが変身魔法でお前に化けて近付いてきたんだ。ご覧のように返り討ちにしてやったけどな」
「もしかしてあたしに成りすましてたのっ!?」
「まぁな。当然、俺はすぐに偽物だって気付いたけどな」
「……ふーん、あたしに化けるなんて、いい度胸してるおじさんねぇ~っ♪ あたしもコイツをぶん殴っていーい?」
満面に笑みを浮かべながら、ルナは未だ意識がもうろうとしている中年男に歩み寄った。そして胸ぐらを乱暴に掴んで無理矢理に起き上がらせると、即座にそいつの頬へ向かって拳を振り下ろす。
その場に響く痛々しい打撃音――。
中年男は後ろの壁へ勢いよく吹っ飛び、背中や後頭部を強打してそのままずり落ちた。グッタリとしていてもはや虫の息。一応、まだ指先がかすかに動いているから、天に召されてはいないようだが……。
「お前、俺がいいとかダメとか答える前に、すでにおっさんを殴ってるじゃねぇか……」
「細かいことは気にしな~いっ♪」
ルナは実に晴れやかな表情。日頃のストレスも併せて発散させたような感じだ。それを見て俺はため息をつきつつ、頭を抱える。
無抵抗の相手にここまでやるとは末恐ろしい。こんな調子じゃ、嫁のもらい手なんか絶対に現れないと思う。世界一のマゾでもさすがに拒否するんじゃないだろうか?
「暗殺者のおっさんもルナの振りをしたばっかりに、こんな目に遭って可哀想に」
「全然可哀想じゃないじゃん。自業自得ってヤツよ」
「だからってやり過ぎるなよ。ギルドに連れていって、詳しい事情を吐かせないといけないんだから。やるならそのあとにしろ」
「いいのいいの。すでにコイツ以外の一味は全員、捕まえてあるから」
「なんだとっ?」
ルナの口からサラッと告げられた事実に、俺は小さく息を呑んだ。
(つづく……)
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