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第二幕:気心が知れているからこそ
第一節:港湾都市の貧困街
しおりを挟む俺はあぐらを崩したような楽な姿勢で地べたに座り、虚ろな瞳で路地の先を見つめていた。
ボロを羽織っただけのような服に土埃で汚れたボサボサの髪と肌、顔の半分を覆う隠者のようなヒゲ。体を動かすことはほとんどない。こんななりをしていれば、傍目には俺が十七歳だとは誰も思わないだろう。
「……どうか……お恵みを……っ」
俺は涙を滲ませ、前を通りがかった冒険者風の四人組に向かって弱々しく声をかけた。
すると彼らのうちのひとり――無骨なプレートメイルで身を包んだ戦士らしき青年が、チラリとこちらへ視線を向けてくる。そして哀れむような瞳で俺を一瞥すると、銅貨一枚を放り投げてくる。
もっとも、それっきり彼らは立ち止まることも振り向くこともなく、そのまますぐにどこかへ行ってしまう。特に気に留めるような様子はない。
一方、俺はウミウシのようなゆったりとした動きで手を伸ばし、地面に伏している銅貨を拾い上げた。それを懐へ収めたあとは、再び誰かが通りがかるのをひたすら待つ。
――そう、俺は港湾都市フォルスの片隅で物乞いをしているのだ。
ネズミや害虫どもが我が物顔で這いずり回る路地。建物の壁は全体が黒ずみ、周囲にはツンとするような異臭が漂っている。この場で無垢さを感じるものといえば、フォルス港の方から吹いてくる心地よい海風と澄んだ青空くらいか。
どんな町にも貧困層が暮らしている地域はあって、ここもそのうちのひとつ。そして細かな違いはあれど、そうした地域の景色はどこも似通っている。
良く言えば自由、悪く言えば無法地帯――。
何が起こっても不思議じゃないし、いつトラブルに巻き込まれるかも分からない。常に死や暴力、流行病、犯罪といった恐怖が付きまとってくる。それが身近な存在というか、ここではそれを受け入れないと暮らしてなんかいけない。
まさに人間社会のどん底の、さらに行き着く果てみたいなもの。ひょっとすると地獄の方が気楽で快適に過ごせるかもしれない――そんな感じだ。まぁ、俺はまだ地獄に行ったことがないから、想像上での比較になってしまうが。
でも慣れてしまえば、どんな場所でも意外に居心地がいいものだ。住めば都。実際、住んでいる連中の多くはそれなりに楽しくやっている。
そもそも自分の身に降りかかる全ての災厄を回避できるヤツなんてこの世にいないわけだし、その時はその時だ。だからビクビクしたってしょうがない。
――それに七年前まで奴隷生活をしていた俺から見れば、町に住んでいるってだけで天国みたいなもんだと思う。
「さて、そろそろ潮時か……」
太陽が水平線に沈み、空に漆黒の闇が広がり始めた。見上げれば、いくつかの明るい星はすでに力強く自己主張をしている。
もちろん、この暗さであれば夜目が利く俺にとってはまだ全く気にならない。だが、普通の人間にとっては、これでも視覚がかなり制限されてしまうレベルらしい。事実、周囲の建物の中ではランプだかロウソクだかの光が点り、陽炎のように揺らめいている。
こうなってしまうと人通りは激減し、物乞いは商売あがったりだ。こんな闇夜の貧困街を、見ず知らずの小汚い物乞いにカネを恵んでくれるようなお人好しが歩いているはずもない。
もしそういうヤツがいたとしても、それは相当な変わり者だろう。頭のネジが何本か吹っ飛んでしまっているに決まっている。少なくともマトモな感覚の持ち主とは思えない。そんなのと関わるのはこっちからご免こうむりたい。
……ま、そこそこのカネが集まったし、今日はこんなところだろう。
俺は今日の仕事を上がることにした。ゆっくりと立ち上がり、右足を引き摺りながら少しずつ前進。時折、立ち止まって建物の壁に手をつき、休憩も挟む。時間をかけて、暗闇の支配する路地の奥へ歩いていく。
「……ん?」
そうやってしばらく進んだころ、不意に前方に不自然な気配が現れるのを俺は感じ取る。
こちらからは死角となっている場所――曲がり角の向こうに潜んで、俺の様子をうかがっている感じ。もっとも、ソイツはうまく隠れているつもりなんだろうが、存在感を消し切れていない。いくつもの死線をくぐり抜けてきた俺にはバレバレだ。
(つづく……)
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