月影の盗賊と陽光の商人

みすたぁ・ゆー

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第一幕:絶望の中に

第三節:懐の深い男

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「兄貴、いらっしゃってたんで?」

 監視役の男は自分よりも年下であろう『兄貴』にヘラヘラと媚びるような笑みを浮かべていた。やけに腰も低くて、気を使っているのが傍目にも分かる。ほかのふたりなんか恐縮しまくって、隅で小さくなっている。

 いつもなら奴隷のみんなが、ムチを持った監視役の男へ向けている瞳。恐怖と怯えに満ちた力のない瞳。今、監視役の男たちが浮かべている瞳はそれとよく似ていた。

 怖いものなしのように見えたあいつらでも、あんな顔をするのだなと俺は少し驚愕する。


 つまりこの『兄貴』はそれだけ畏怖の対象だということ。その理由が腕力なのか立場なのか、あるいは別の何かか――詳しいことは分からないが。

「たまたまお頭に用事があってな。それが済んで帰ろうと思っていた時に、この騒ぎを聞きつけたのさ」

「そうでしたか。でもわざわざ兄貴が奴隷のクソガキの捜索なんかなさらなくても、あっしらだけで――」

「お前ら、このガキを殺そうとしていただろう? そうじゃないかと思って止めに来たのさ」

「そ、それはどういうことで?」

「ガキのいた環境を確認したんだがな、なかなかどうして盗賊としての筋がいい。施錠されていたドアのカギ開け、足かせ外し、簡単なトラップすら解除していた。自力ではどうにもならない障害は、徹底的に避ける選択をしている。いいセンスしてやがる」

「錠前に不具合はなかったはずなんですが……」

「――そこだ! もしそんなミスをしようものなら、監視をしていたお前らがお頭から大目玉を食う。だからしっかりとチェックをしているはずだ。事実、俺もさっき確認をしたがどれも不具合なんてなかった。つまりこれはどういうことか? 簡単さ、ガキが自分の技能スキルで外したってことなんだよ」

 兄貴はこちらへ振り返り、ニヤッと頬を緩めた。そして俺の顔の横まで歩み寄ると、しゃがんで興味深げに覗きこんでくる。

「おい、クソガキ。どこで盗賊シーフ技能スキルを身につけた?」

「…………」

 答える義理はない。こいつだって監視役の男たちと同じ穴のムジナなんだから。

 せめてもの抵抗として、唾でも吐きかけてやろうかと思った。例え体は動かせなくても、この距離ならそれは充分に可能だ。

 でもいざこの男の顔を見ると、不思議と反抗するのを思い留まってしまっている。

 一時的とはいえ、殺されかけたところを助けてくれたという事実があったからか? 自分でもよく分からないが、なんとなく気が退けるというか……。


 それにこの男は純粋な好奇心だけで訊いているような感じがする。まるで無邪気な子どもみたいに瞳をキラキラと輝かせていて、何か裏がある様子はない。しかも監視役の男たちに向けていた威圧感が今は全くなく、同じ人物なのかと疑ってしまうほどでもある。

 その姿を見ていると反抗心が自然と緩んで、俺はついつい口を開いてしまう。

「……お前らがやっているのを見よう見まねで。あとは出来るまで何度も試行錯誤をして習得した。死に物狂いでな。逃亡に失敗すれば殺されると分かっているからな」

「ほぉ、自己流でここまでか。大したもんだ。やはり俺の目に狂いはなかったようだな。このガキをくれってお頭に頼み込んで、許可をもらったかいがあったってもんだ」

「兄貴がこのガキをっ!?」

 監視役の男は素っ頓狂な声をあげた。ほかの連中も同様の反応だ。

 すると『兄貴』は確信に満ちたような顔をして小さく頷く。

「このガキには盗賊としての天賦の才がある。鉱山から逃げ出した行動力と度胸、逃げ足、身のこなしもいい。このまま殺してしまうには惜しい逸材だ。それに若い衆も育てておかないと、組織はいずれ衰退するもんだ」

 フフンと満足げに笑う兄貴。そして再び俺の方に向き直る。

「俺は港湾都市フォルスの盗賊シーフギルドを任されているダルフだ。お前の名前は?」

「……バラッタ」

「そうか、バラッタか。お前は今から俺の直属の部下だ。喜べ、幹部候補生だぞ? しっかり励めよ」

「な、何を言って……」

 怒濤の展開に俺は戸惑いを隠せなかった。

 いきなり部下になれと言われても、どうしていいのか分からない。どう反応すればいいのかも分からない。こいつの部下になることが幸せなことなのか不幸なことなのか、今の段階では判断もつかない。

 ただ、この場で殺されるということがなくなったのは確かなようだが……。

「一緒に来いッ! 広い世界を見せてやる! 異論は認めん!」

「……っ! いつか寝首をかいてやるぞ? 俺を野放しにしている以上、安心して眠れると思うな! 寝込みを襲って心臓にナイフを突き立ててやる……!」

「威勢がいいな。まっ、若いうちはそれくらいの野心がねぇとな。ますます気に入ったぜ。はっはっはっはっはーっ!!」

 ダルフは雨音さえもかき消すような大声で笑った。

 俺の敵意も殺意も全く意に介していない。それだけ余裕があるのか、そもそもガキの戯れ言だと高を括っているのか。真意が分からず、俺は当惑するばかり……。

 ただ、何の根拠もないが、この瞬間に俺の運命が大きく変わったような気がするのはなぜだろう。



 ――七年前、これが俺とお頭の出会いだった。


(つづく……)
 
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