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第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第3-2節:兄弟ゲンカ
しおりを挟むやがてノエル様は勝ち誇ったようにニタリと口元を緩める。
「おっと、手が滑って器を落としてしまった。これではもう食べようにも食べられないな」
「――ノエルッ!」
次の瞬間、誰よりも早く反応したリカルドが眉を吊り上げながらノエル様の胸ぐらを掴んでいた。その激しい力によってノエル様の体はわずかに宙に浮き、つま先だけが床に触れている状態となっている。
本気の怒りを爆発させ、敵意を剥き出しにしているリカルド。それを間近で目の当たりにして、ノエル様の顔色は真っ青になっている。瞳には怯えの色が浮かび、奥歯はガタガタと震えている。
「う……ぐ……リ、リカルド兄様……」
「……許さんぞ、ノエル。今の行為はさすがに度が過ぎている。いくら相手がお前でも見過ごすことは出来ない。シャロンに謝れ」
「あ……ぅ……」
「謝れッ! 謝れぇえええええぇーッ!」
天にも届くようなリカルドの激しい怒号がノエル様の全身を貫いた。
これには周りにいる全員が息を呑んで沈黙するしかない。それどころかリカルドに幼い頃から接してきているはずのジョセフやスピーナさんでさえも、動揺しているのが見て取れる。つまり彼がこれほど怒りを露わにしたことは今までにないのかも。
…………。
……そういえば、私が初めてお義姉様の部屋へ行った時にもリカルドは激しい怒りを見せたけど、ここまで感情は爆発していなかった。
もしかして、それほどまでにリカルドは私のことを想って……。
『安心しろ、僕の一番はシャロンだからな』
以前にリカルドの発した言葉が私の頭の中に浮かんだ。
それは彼の冗談か、あるいはなんとなくといった程度の曖昧なものかと捉えていたんだけど、その気持ちは真に確かなものなのかもしれない。
だとしたら照れくさいけど、飛び上がりたくなるくらいに嬉しい。
「――シャロン様、これをお使い下さいなのです」
「あ、ポプラ。ありがとう」
そそくさと歩み寄ってきて囁いたポプラから、私はタオルを受け取った。それを使って顔や髪、ドレスにかかったスープを拭いていく。
柔らかな感触と石鹸の香りが、この緊張感に満ちた空気をわずかに癒してくれる。
一方、ついに涙目になってしまったノエル様は鼻を啜りつつ、震える声でリカルドに問いかける。
「うぅ……リカルド兄様はそんなにあの女が大事なのですかっ? 俺よりも大事なのですかッ?」
「そうだな、少なくとも意固地になって横暴な振る舞いをしている今のノエルよりはな。それにシャロンは何か間違ったことを言ったか? ぐうの音も出ないからといって、あんなことをするとは情けないぞ」
リカルドはノエル様の涙を見たからなのかやや冷静さを取り戻し、静かに彼を突き放した。そして呆れ返ったような顔と白い目でノエル様を見下ろしている。
それに対してようやく体の自由を取り戻したノエル様は、俯いて激しくしゃくり上げている。手の甲で目を擦り、拭いきれなかった涙は床にポタポタと落ちて滲んでいる。
その後、不意に顔を上げた彼は、地団駄を踏んで頭から湯気を立てる。
「ぐっ、うううっ! リカルド兄様なんか大っ嫌いだ! 今回の非礼な扱いを受けたこと、父上に報告するからな! 外交問題にしてやる!」
「……頭を冷せ。先に手を出したのはお前だろう? それにもし王家の耳に届くようなことになったら、処罰されるのはスティール家の方だぞ?」
「そんなことを言って、本当は大ごとになるのが怖いんだろ? 内心はビビッてるんだろうっ?」
「あのなぁ……。いいか、お前が器を投げつけたシャロンは王家の血筋だ。今回のことが王様の耳に入れば、ノエルは王家への侮辱罪に問われてもおかしくない。死罪は免れんぞ? 当然、スティール家は爵位も領地も剥奪になるだろう」
「だったらトレイル王国に寝返るまでだ! それにフィルザードなんかスティール家がその気になれば、攻め滅ぼすことくらい出来るんだからな!」
「ほぅ……? 僕の前でそれを口にする意味、分かっているのだろうな?」
リカルドの眉がピクリと動いた。目つきも一段と鋭くなる。
(つづく……)
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