67 / 97
第3幕:重なる想いの交響曲(シンフォニー)
第3-4節:交渉を終えて……
しおりを挟むそんな彼に対し、私は優しい言葉で妥協案を提示することにする。
「――と、それはあくまでも最後の手段。ですから私もクレストさんのご要望を反映した提案をすることとしましょう。10年後、岩塩の税を現在の2分の1、さらにそこから5年間は断続的に税率を下げ、最終的に15年後には現在の10分の1の税率にするというのではいかがですか?」
「10分の1ですかっ!? で、ですがそれでは実質的にフィルザード家にとってはほとんど税収が望めないことになりますが、それでよろしいのですか?」
「クレストさんがおっしゃったように、水路が完成してほかの作物からの税収が上がれば問題はないでしょう。ただ、ゼロでは万が一の時に困りますから、わずかでも岩塩の税収を確保したいというわけです」
正直、安定的な収入である岩塩の税が減ってしまうのはフィルザード家にとって痛手だ。ただ、お互いに歩み寄らないとまとまる話もまとまらない。一方だけが主張ばかりしていてもダメなのだ。
当然、商人として無数の交渉を経験してきているであろうクレストさんはそのことを分かっているはず。事実、彼は大きく息を吐くと、苦笑しながら顔を上げてこちらに視線を向けてくる。
「……シャロン様には負けました。そこまでお考えだったとは。それにその不退転の覚悟に感じ入りました。――商人クレスト、責任を持ってこのお話を受けさせていただきます。風車も水路掘削も全て私にお任せください」
「ありがとうございます、クレストさん!」
「いやぁ、シャロン様には商人の素質がある。我々のギルドに欲しい人材ですな」
「残念ですが、私にはフィルザード家での仕事がありますので。ただ、何かあれば私もクレストさんのご相談には乗らせていただきます」
「えぇ、その時はぜひ! では、今後はともにフィルザードの発展のために力を尽くしていきましょうぞ!」
「はいっ!」
私とクレストさんはその場で立ち上がり、固い握手を交わした。その後、私が用意してきた仮の契約書へサインをするなど、必要な手続きを進めていく。
こうしてフィルザード家と商人ギルドは協力関係を構築し、風車と水路事業がまた前へと進んだのだった。
◆
商人ギルドからの帰り道、私は繁華街にあるメインストリートで雑貨を販売している露店に目が留まった。普段なら特に気にもせず通り過ぎてしまうところだけど、この時はなぜかそこに並べられている品物が気になったのだ。
私が立ち止まると、隣を歩いていたナイルさんとポプラもそれに合わせて足を止める。
「いらっしゃい、お嬢さん! 冷やかし大歓迎! 気軽に見ていってくれよ!」
そう笑顔で明るく声をかけてきたのは、その露店のおじさん。年齢は40歳くらいで、日焼けした肌と口髭、頭にはターバンのようなものを巻いている。
私はお言葉に甘え、陳列されているアクセサリーや小物を眺めていく。するとその中でひとつの髪留めに意識が向く。
それは銀色の金属に繊細なデザインが施されたもので、末端には豆粒大の魔法石が付けられている。もしかしたら何かの魔法効果が付加されているのかもしれない。
そんな感じでじっくりと観察していると、露店のおじさんが声をかけてくる。
「お嬢さん、なかなかお目が高いね。そいつは名工ムラサの作った髪留めだ。そこに付いてる石には持ち主に幸運をもたらす力が込められてるらしい」
「へぇ、そうなんですか!」
思わず私は感嘆の声を上げた。なぜなら名工ムラサという名前は私も知っているから。生まれ育った家にあった何冊もの本で何度も見かけている。
ムラサは謎の多い伝説の人物で、本職は武器職人だったらしい。ただ、武器だけでなく防具や魔法道具、そのほかあらゆる道具をこの世に生み出している。その多くが美術的にも実用的にも優れていて、一部は一流の騎士や冒険者が代々受け継いで使っているとのこと。
当然、そうしたものは城が買えてしまうほどの値段がする。ただ、本物であっても中には大量生産されたものもあって、その類のものなら一般人にも手が出る範囲となっている。
もちろん、世の中には贋作も多く出回っているけど……。
「ま、売ってる俺が言うのもなんだが、単なる噂に過ぎないとは思うがな。もし本当にそんな力があるなら、俺が幸運になってないとおかしいからな。はっはっは!」
「ふふっ、どうなんでしょうね。それでこの髪留め、お値段はいかほどですか?」
「売れ残りだし、100ルバーに負けとくよ。本来なら500ルバーはする品物だぜ」
「分かりました、買います」
「まいどっ!」
私は懐から巾着袋を取り出し、中に入っている硬貨を露店のおじさんに手渡した。そしてその代わりに髪留めを受け取ると、隣に立っているポプラの前髪にすかさず付けてあげる。
それに対し、キョトンとしている彼女。ただ、しばらくして目を丸くしながら狼狽え始める。
「えっ、えぇっ!? シャ、シャロン様っ? これはどういうことなのですっ?」
「私からのプレゼント。ポプラに似合うと思ったから。こうして見てみると、思った通り可愛いよ」
「そんなっ、私のような使用人がお仕えする方から直々にお品物をいただくなんて、恐れ多いことなのですっ!」
「いつもお世話になっている御礼だよ。受け取っておいて」
「……っ……。あ、ありがとう……ございますです……」
ポプラは頬を真っ赤に染めて照れていた。そんな私たちの様子をナイルさんは穏やかな表情で見守ってくれている。
こんな温かな時間がこれからも続いていくといいな……。
(つづく……)
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
夫の心がわからない
キムラましゅろう
恋愛
マリー・ルゥにはわからない。
夫の心がわからない。
初夜で意識を失い、当日の記憶も失っている自分を、体調がまだ万全ではないからと別邸に押しとどめる夫の心がわからない。
本邸には昔から側に置く女性と住んでいるらしいのに、マリー・ルゥに愛を告げる夫の心がサッパリわからない。
というかまず、昼夜逆転してしまっている自分の自堕落な(翻訳業のせいだけど)生活リズムを改善したいマリー・ルゥ18歳の春。
※性描写はありませんが、ヒロインが職業柄とポンコツさ故にエチィワードを口にします。
下品が苦手な方はそっ閉じを推奨いたします。
いつもながらのご都合主義、誤字脱字パラダイスでございます。
(許してチョンマゲ←)
小説家になろうさんにも時差投稿します。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ヤンデレお兄様から、逃げられません!
夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。
エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。
それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?
ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる