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第2幕:心を繋ぐ清流の協奏曲(コンチェルト)
第3-1節:エンシル地区への視察
しおりを挟む数日後の朝、食事が終わると私は領内の視察へ出発した。傍らにはポプラとナイルさんの姿がある。
当然、移動手段は自らの足だ。領内では馬や牛など乗用になる動物もわずかながら飼育されているらしいけど、みんな農作業や物資の運搬などに従事していて他者に貸し出せる余裕などないとのこと。
もっとも、私は最初から徒歩で巡るつもりでいたし、なにより足腰を鍛えるためにもその方が好ましいと考えている。
「ナイルさん、今日から午前中は少しずつ領内を視察することになります。見落とす地域がなるべくないように、案内をお願いします」
屋敷を出てすぐの辺りで私はナイルさんに話しかけた。
彼はいつものように清廉な顔つきをしていて、常に周囲に注意を向けている。何かあればいつでも戦闘態勢に入れるといった感じで、その所作には隙がない。さすが普段からリカルド様の護衛を担当しているだけはある。
「承知しました、シャロン様。お任せください」
「見渡せればそれでその範囲は把握したということにして構いません。その条件で領内を網羅する場合、どれくらいの日数が掛かりそうですか?」
「移動速度にもよりますが、数日から数週間といったところでしょう。ただ、ご覧の通り見通しのいい場所ばかりですから、もしかしたら想像よりも早く視察が終わるかもしれません」
ナイルさんは視線や顔をわずかに動かし、周囲を見渡した。それに合わせて私やポプラも自然と景色に目が向く。
見通しのいい場所ばかり……か……。
皮肉ったわけではないと思うけど、まさにそれは的を射ている。辺りに高い建物はなく、木々や草などが茂っている様子も感じられない。辛うじてところどころにアブラズナが生えているだけだ。
そして多少の起伏はあれど比較的平坦で、岩や砂埃が支配する赤茶けた大地が遠くにそびえる山まで続いている。もちろん、その間には領民の皆さんが耕している畑もあるんだろうけど、この位置からは視認できない。
――見上げれば相変わらず雲ひとつない青空。今日も雨は期待できなさそうだ。
「領内には集落というか、人々が集まって住んでいる場所もありますよね? まずはそうした場所を中心に巡っていきたいと私は考えています。領民の皆さんにご挨拶もしたいですし」
「あぁ、なるほどですね。シャロン様、それは良いご判断だと思います。では、各集落の地区長殿たちに顔合わせをしていきましょう。となれば、まずは領内で最大の集落のエンシル地区をご案内いたします」
「それはどこにあるのです?」
「はい、ここから徒歩で数分の場所です。つまりフィルザード家の屋敷に最も近い集落となります。――というか、屋敷もそのエンシル地区の外れに位置しますので、広義ではそこに含まれる形となっているのですが」
「そうなんですか!」
「エンシル地区には冒険者ギルドや商店、宿など領地の外部と関わりのある施設のほとんどが集まっています。当然、そうした事業を行う際には領主であるリカルド様の許可が必要になることが多いので、そうなるのは自然な流れですね」
ナイルさんの話を聞いて私も納得がいった。
確かにギルドや商店などを運営するなら領主の許可なしでは不可能だろうし、それを得るためにわざわざ遠い場所との行き来をするのは時間的にも金銭的にもコストが掛かりすぎる。
それに移動中に怪我をしたり品物が壊れたり、あるいは盗賊やモンスターに襲われたりするなど、様々なトラブルに巻き込まれるリスクだってある。もちろん、道の状況が良くて流通が活発だったらその限りではないと思うけど。
そうなれば人口密度の低いフィルザードでは、様々な施設がお屋敷の近くに一点集中するのも当然かもしれない。
――と、そんなことを考えているとポプラが私に声をかけてくる。
「私もスピーナさんに頼まれて、エンシル地区へ買い出しに行くことがあるのです。私だけでなくフィルザードの領民の多くはそこで品物の売買や交換をするので、結構活気があるのですよ」
「へぇ、ポプラもよく行く場所なんだ?」
「はいです! エンシル地区なら私でもご案内できるかもですね」
「それは見てみるのが楽しみだなぁ」
閑散とした領内にもそんなに賑わいのある場所があるなんて意外な事実だ。ますます興味が沸いてきた。どんなお店が集まっているのかとか、どんな人たちがいてどんな暮らしをしているのかとか、何もかもが気になる。
――そうだよね、生活物資や畑で収穫できない食べ物などはどこかで調達しないといけないもんね。取引をする場がないと、むしろおかしい。
ちなみに屋敷には定期的に交易商人が顔を出すという話を雑談の中でポプラから聞いたことがあったけど、それだけで全てが事足りるということはあり得ない。
なぜなら彼らは高頻度でやってくるわけではないだろうし、急に必要な物が出てくることだってあり得るから。消費の多い生活必需品なんかは、やはり商店や市場で購入することになる。
(つづく……)
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