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第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)
第1-4節:苦渋の選択
しおりを挟む確かに王都で悠々自適な生活を送っている貴族の娘なら、好き好んでそんな辺境へ行きたがるわけがない。娯楽も食べ物も乏しく、いざとなったら戦場になる。そんな場所へ嫁ごうものなら一生苦労するのは目に見えている。
だからこそ王様にとって何の義理も面識もない、王族と血縁があるだけの『実質的には平民』である私が都合良いのだ。もちろん、これでは単なる政治の道具。人間として扱われていないに等しい。
それを思うと、悔しさとともに怒りがこみ上げてくる。奥歯を噛み締め、拳を強く握り締める。唇がワナワナと震える。
私は敵意を含んだ目でベインさんを睨み付ける。
「何もかも勝手に決められて貴族に嫁ぐなんて……。私の意思は完全に無視。このまま素直に受け入れられるわけありません!」
「もちろん、シャロン様には拒否権がございます。この話を破談にすることも可能です。ですがその場合、ツヴァイ殿――あなたの育てのお父上は、我らによって王都へ連行されて死罪となります」
「なっ!?」
私の心臓は大きく脈動し、一瞬だけど止まりそうになった。全身から冷や汗が吹き出て、頭の中が真っ白になっていく。
目を見開きながら呆然とベインさんに視線を向けると、彼はニタニタと怪しい笑みを浮かべている。まるで悪魔のような雰囲気――ううん、私にとってはまさに悪魔そのものだ。
「シャロン様を王様の意に反するような思想を持つ者に育てたのですから、ツヴァイ殿がその罪を負うのは当然でしょう。なお、抵抗する場合はどちらもその場で殺して構わないという命令も、王様から仰せつかっております」
「ひ、卑怯者っ! そんなのっ、拒否権がないのと同じじゃないですかっ!」
「いいえ、きちんと選択肢はシャロン様に示されております。王様の命令に従うか、それを拒否してツヴァイ殿が命をもって罪を償うか。決めるのはシャロン様自身です」
怒りに満ちた私の抗議もどこ吹く風で、ベインさんは淡々と言い放つ。
ここまで落ち着いているということは、もしかしたら私や父から何らかの反論をされることを最初から想定していたのかもしれない。受け答えがこんなにもすんなりと出来るという点からも、きっと色々と準備や対策をしてあるんだろう。
――何もかもこちら側が不利だ。まさに相手の手のひらで踊らされているような気分。思わず私は唇を噛む。
そうか、王様にとっては私が『血縁だけの実質的な平民』というほかに、父を人質にしておけば私の裏切りや反抗の心配が少ないというメリットもあるのか……。
もちろん、おそらく父と私が剣を手にして全力で戦えば、実力的にベインさんや外にいる兵士たちを一掃できると思う。どんな奥の手を隠しているか分からないから、確実じゃないけど。ただ、少なくともこの場から逃げ出すことは可能――。
…………。
……いや、それは短絡的な行動だ。
もしそんなことをすれば私たちは死ぬまで王国から追われる身となり、お尋ね者として賞金だってかけられるかもしれない。その末路は悲惨。精神を磨り減らしながらの毎日を過ごすことになって、安眠できる日は二度と来ない。
となると、最も多くの人が平穏に済む選択はひとつ。悔しいけど、やはりそれを選ばざるを得ない。
私は苦虫を噛みつぶすような想いを胸に秘めつつ、項垂れながら声を漏らす。
「……分かりました。王様の命令に従います。私は辺境伯家へ嫁入りします。だから父に危害を加えないでください。絶対に」
「承知しました。さすがシャロン様ですね。強い心と賢さを兼ね備えた女性に成長なさっておいでだ」
「くっ……」
「では、シャロン様。ツヴァイ殿との別れが済んだら馬車へおいでください。フィルザードへ向けて出発いたします。私は外でお待ちしています」
「えっ? そんなに急なことなんですかっ?」
「最低限の必要物資は我々の方で用意してあります。ただ、どうしても持っていきたいものがあれば、カバンひとつに収まる程度なら構いません。手短かにおまとめください」
そう言い残すとベインさんは立ち上がり、家から出ていった。いくら無慈悲な彼でも、さすがに親子の最後の別れに水を差すようなことはしないらしい。
…………。
……うん、最後の別れ。再会の時が来る可能性もゼロじゃないだろうけど、なんとなくこれっきりなってしまいそうな予感がする。
私の勘は変なところで良く当たるから……。
いつかは私も誰かのところへ嫁入りをするんだろうなとは思っていたけど、こんなに突然にその時がやってくるなんて想像もしなかった。だから心の準備なんか出来ているはずもないし、話しておきたいことだってたくさんある。
でも私にはもう許されている時間がわずかしかない。だとすれば、感謝の気持ちを伝えることと別れの挨拶をすることだけはしておきたい。
色々と意識したら、急に胸が締め付けられるような感じがしてくる。自然と涙が溢れて、肩の震えが止まらない。最後は父に最高の笑顔を見せておきたいのに……。
だから私は必死に笑みを作って言葉をひねり出す。
「さようなら、お父さん……。今まで本当に……ぐすっ……本当にありが……っ……とう……っ!」
「シャロンは私の自慢の娘だ。きっとうまくやっていける。そう信じている」
父は私を優しく抱きしめてくれた。温かくて包み込むような強さがあって、でも幼い頃の記憶と比べるとちょっぴり小さくて儚さもあるような――。
この思い出を決して忘れないよう、私は強く脳内に刻み込んだ。
(つづく……)
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