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死ぬまできっと忘れない、そんな最高の笑顔!
しおりを挟むその後も俺はひとりで筋肉を鍛え続けた。でも当然の流れというか、しばらくして皆様からお呼ばれされて将棋や麻雀の相手をすることとなる。中学時代は友達が少なくて、自室でネット将棋やネット麻雀などをしていたから、その時の知識や経験があって助かった。
そんな感じで過ごしているとあっという間に5時間ぐらいが経っていて、ひと息ついているところで俺は狩刈さんから手招きでカウンター席へ呼ばれたのだった。
俺はテーブルや雀卓のある場所を離れ、そちらへと移動する。すると座るなり狩刈さんが冷蔵庫からケーキを取り出して、俺の前に置いてくる。
「兄ちゃん、疲れただろ。ここで少し休憩しな。あの連中、こうでもしないといつまでも付き合わせる気だからさ。それとこのケーキ、タダで食わしてやるよ。あの連中が世話になった礼だ。飲み物はコーヒーでいいか?」
「あ、すみません。ありがとうございます。では、ご馳走になります」
こうして狩刈さんはネルドリップ式のコーヒーを淹れてくれた。きちんと豆から手で挽いて、それをフィルターにセットすると手際よく手持ちポットから熱湯を注いでいく。
その場には良い香りが漂って、心も落ち着いてくる。そしてカップに注がれたコーヒーを一口啜ると、わずかな酸味としっかりした苦味が舌の上で花開く。ちなみに豆の品種は『マンデリン』というんだそうだ。
――美味しい。こんなに美味しいコーヒーを俺は飲んだことがない。しかもブラックで苦味が強いはずなのに苦もなく飲める。やっぱり淹れ方がうまいってことなのかなぁ。
そういえば、ネルドリップ式は淹れるのに技術がいるって聞いたことがあるような気がする。狩刈さんはどこで淹れ方を習ったのだろう? 事務機の販売なんてやめて、喫茶店をメインに商売すればいいのに。
さて、次はケーキだ。見た目は普通のチーズケーキ。その端っこをフォークですくって口へと運ぶ。
すると口の中にはチーズの濃厚なうま味と甘味、ほんのりとした塩味が広がる。それとこのフレッシュさはレモンか何かで出しているのだろうか。
それらのバランスが絶妙で、何ホールでもペロリと食べてしまうことが出来そうだ。
「美味しいですね、このケーキ。買いたいので、どこで売ってるのか教えてもらえませんか?」
「はっはっは、それはうちの孫が作ったの。そんなに気に入ったなら、また遊びに来なよ。前日に連絡してくれれば、用意してもらえるように頼んでおいてやっから。ただし、次からは有料だぞ」
「あははっ! はいっ、もちろんです」
――と、俺が満面の笑みを浮かべながら頷いていると、出入口のドアが開いて『ただいまー』と言いながら女の子が中へ入ってくる。
年齢は俺と同じくらい。水色のパーカーと茶色のスカートという格好で、セミロングのストレートの黒髪をふたつ結びにしている。身長は俺の肩くらいだから150センチメートルといったところか。体格は細くて小さくて、可愛らしい印象を受ける。
「おっ、噂をすれば何とやら。ケーキはあの子が作ったんだよ。――おーい、佳奈。ちょっとこっちに来てくれ」
「なぁに、お爺ちゃん」
狩刈さんに呼ばれ、女の子は小走りで駆け寄ってくる。そしてカウンター席に座る俺に気付くと、はにかみながら小さくペコッと頭を下げてくる。
その瞬間、俺は心臓がドキッと大きく跳ねて体全体が熱くなる。
「この兄ちゃん、佳奈の作ったケーキが美味くて気に入ったんだと」
「は、はじめまして。向井真刷です」
俺は緊張して噛みそうになるのをなんとか乗り越え、無事に自己紹介が出来た。さらになんとか笑みを作り、頭を下げる。
すると女の子はクスッとかすかに微笑んでから、俺を見つめてくる。それが俺にはなんだか照れくさくて、慌てて視線を逸らして俯いてしまう。
「福夜佳奈です」
「……えっと、このケーキ、美味しいです。すっかり気に入っちゃいました」
「そ、そうですかっ! そう言っていただけると嬉しいです! ぜひまた食べに来てください!」
その時、わずかに顔を上げてチラリと見た福夜さんの顔は、太陽のように輝いていた。無垢で明るくて晴れやかな最高の笑顔で、心から嬉しそうにしていた。
俺はきっと死ぬまでその記憶を忘れないだろう。
(つづく……)
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