2 / 4
職務質問には答えたくない!
しおりを挟む彼らはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。俺は別に悪いことをしているわけではないが、相手が警察官となるとどうしても身構えてしまう。
かつて俺は町を歩いている時に高慢な態度の職務質問を受けたことがあり、それからというもの彼らが苦手――というか嫌いなのだ。だから今も体が強張り、緊張で思わず唾を飲み込む。
…………。
……いや、確かに悪いことはしていないがこの状況はマズイかもしれない。というのも、未成年者が深夜に出歩くのは自治体の条例で禁止されていたかもしれないと思い出したから。
だからといってこの場から逃げ出せば、あらぬ疑いまでかけられてしまうかもしれない。
まぁ、そもそも彼らの威圧的な空気とこれまでのジョギングによる疲労で足が震えて、動くことなんか出来ないけど。
「こんばんは。お話を聞かせてもらってもいいですか?」
若い警察官がニコニコしながら声をかけてくる。でもあの笑顔に騙されてはいけない。瞳の奥には俺に対する疑いの念を潜ませているに違いないのだ。だって疑っていなければ声をかけてくるはずがないから。
だから俺は牽制するように警官をじっと見つめながらポツリと呟く。
「……何か用ですか?」
「こんな夜遅い時間に、キミのような若い子がウロウロしているから気になってさ。家出って可能性もあるし」
「家出じゃありませんよ。体を鍛えるため、ここの遊歩道で走っていただけです。昼間は学校があって時間がないので、この時間に走ってるんです」
「そんな格好で? この季節にトレンチコートを着て走るの?」
あくまでも冷静に訊ねてくる若い警察官。意外にもあまり驚いていない。さすが普段から様々な犯罪者やその予備軍と接しているだけあって、ちょっとやそっとのことでは動じないということか。
ただ、その質問内容は僕に対して失礼というか、気遣いというものを考えてほしいとも思う。上から目線で言われているような印象も受けるし。
だから俺は若い警察官を睨み付け、やや語気を強めて言い放つ。
「どんな格好をしようと俺の勝手じゃないですか。スッポンポンで走ってるんじゃないんだから。これは効率よく汗をかくために着込んでいるんです」
「でもさぁ、やっぱり気になっちゃうよね。まさかそのコートを脱いだら下半身が露出してるってことはないよね。さすがにないかぁ。でも一応、ちゃんと下に服を着てるか調べさせてよ」
「俺のことを変質者と一緒にしないでくださいよ。あなたの趣味や妄想には付き合っていられません。失礼します」
さすがに苛立ちが限界を超え、俺はその場から立ち去ろうとする。でも若い警察官は両手を横に広げながら目にも止まらぬ身のこなしで体を乗り出し、俺の進行方向をガードする。
――何そのサッカーマンガに出てくる天才ディフェンダーみたいな動き。
しかも振り向いてみると年配の警察官がしっかり俺の後方をガードしていて、踵を返すわけにもいかない。警察官たちの連携はバッチリだ。
「ちょっと待って! キミの学校はどこ? 高校生? 身分を証明するもの、何か持ってる?」
「身分証明書なんか持ってジョギングしませんよ。それに学校がどこでも良いじゃないですか。答える必要があるんですか? そもそも人にモノを訊ねる時は自分からでしょう。あなたこそ本物の警察官なんですか? こういう時って警察手帳みたいなものを提示して、何署の誰さんか名乗るもんなんじゃないんですか?」
俺の怒濤の猛反撃に、若い警察官は明らかな不快感を表情に滲ませた。そして渋々といった感じで胸ポケットに手を伸ばし、そこから顔写真付きの身分証を取り出して俺に提示する。
「……川手中央署の古賀剣緑と言います」
「高浦啓治です」
若い警察官の古賀さんに続き、年配の警察官である高浦さんも身分証を提示しながら名乗ってくる。
ただ、高浦さんの方はさすがベテランといった感じで、さっきからずっと笑顔のままこの場の対応をしている。心の余裕も冷静さも古賀さんとは大違い。やっぱり踏んでいる場数が違うんだろうなぁ。
それとさっきから口出しをしないのは、若手に経験を積ませる意味もあるのだろうか。俺にはどうでもいいことだけど。
「職務質問って任意なんですよね? だったら俺は何も答えたくありません」
「なんで答えたくないのかな? あるいは何か危ないモノでも持ってるとか?」
「別に後ろめたいことなんてないし、危険物も持ってません」
「だったらいいじゃない。名前くらいお巡りさんに教えてよ。それと持ち物検査もさせてもらえないかな」
「以前、警察官に嫌なことをされたので警察が嫌いなんです。協力する気はありません。令状を提示されたら話は別ですが」
俺は頑なな態度を崩さない。
するとそんな俺の様子を見た高浦さんがここで動き、少し離れたところへ移動して無線機を使う。全ては聞き取れなかったけど、どうやら応援を呼んでいるようだ。
それにはさすがに俺も焦りを感じつつ、その気持ちを悟られないように平静を装う。
「同業者として昔のことは謝るからさ。ね、教えてくれたらすぐ終わるから。持ち物検査だって服の上から軽く触らせてもらうだけだし。いいじゃん、それなら」
「…………」
「素直に従ってくれたらあっという間に終わるよ。むしろごねたらいつまで経ってもこのままだよ」
「…………」
高圧的になったり馴れ馴れしくなったり、そうしたヒトを舐めたような古賀さんの態度にカチンと来た俺は何も答えなかった。
黙秘権というものとは厳密には違うと思うけど、言いたくないなら言う必要がない。強制されているわけじゃないんだから。
(つづく……)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


ゆめこさん、みえてる。
兎塚クニアキ
キャラ文芸
根暗な高校生の空見尚理(そらみたかみち)は、野球部の練習中に幽霊の少女・芙葉夢子(はすばゆめこ)に出逢う。その日をキッカケに尚理は幽霊が見えるようになってしまった。
そのことを同級生であり寺の一人娘である十方院清花(じっぽういんさやか)に相談すると、幽霊が見えることが尚理の身の危険に繋がると指摘される。
尚理が元の日常生活を送るためには、夢子の記憶を取り戻し、彼女の願いを叶えて成仏させる他ないらしい。
こうして「記憶探し」を始めた尚理と夢子の、甘くて苦い青春の一ページが幕を開ける。

ダイシャライダー!
鳬原稀佳(けりはらまれか)
キャラ文芸
【馬鹿、ときどき青春、ところにより一時ラブコメ】
来道(らいどう)駿(しゅん)は入学した高校で、虹色の高校生活に憧れていた。
しかし、彼の毎日は無色透明、なんのドラマティックな展開もないまま過ぎ去っていく。
そんなある日の下校途中、シュンはオレンジ色のツナギを着た謎の男たちに出会う。
その出会いから、彼らとともに世界の頂点とやらを目指すという、嘘か本当かわからないトンデモ高校生活が始まった。

AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
雨降る朔日
ゆきか
キャラ文芸
母が云いました。祭礼の後に降る雨は、子供たちを憐れむ蛇神様の涙だと。
せめて一夜の話し相手となりましょう。
御物語り候へ。
---------
珠白は、たおやかなる峰々の慈愛に恵まれ豊かな雨の降りそそぐ、農業と医学の国。
薬師の少年、霜辻朔夜は、ひと雨ごとに冬が近付く季節の薬草園の六畳間で、蛇神の悲しい物語に耳を傾けます。
白の霊峰、氷室の祭礼、身代わりの少年たち。
心優しい少年が人ならざるものたちの抱えた思いに寄り添い慰撫する中で成長してゆく物語です。
創作「Galleria60.08」のシリーズ作品となります。
2024.11.25〜12.8 この物語の世界を体験する展示を、箱の中のお店(名古屋)で開催します。
絵:ゆきか
題字:渡邊野乃香

気になるあの娘こわい
赤茄子橄
恋愛
「俺、冥詩珠火(めいしずか)が怖い」
怖いものはなにか?と問われたから、今俺が猛烈に惚れているクラスメイトの彼女の名前を言った。
俺が彼女のことを好きだというのは、周りにはバレていないと思う。
すぐにでも付き合いたいけど、俺から告白してフラれでもした日には立ち直れない。
なんとかして彼女ともっと親密になって、彼女の方から告白するように誘導できたりしないか。
そんな情けない考えが天才的な閃きを俺に与えた。
まんじゅうこわいメソッド。
怖いって言っておけば、周りがそれを引き寄せてくれる。
今回、ダメ元でそれに賭けたんだけど、どうやら逆効果だった......!?
※痛い表現があるのでご注意ください。
※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様で同時に投稿させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる