夏場にトレンチコートを着て深夜の公園をウロウロしていたら、職務質問をされて警察官十人以上に囲まれた件

みすたぁ・ゆー

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職務質問には答えたくない!

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 彼らはゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。俺は別に悪いことをしているわけではないが、相手が警察官となるとどうしても身構えてしまう。

 かつて俺は町を歩いている時に高慢な態度の職務質問を受けたことがあり、それからというもの彼らが苦手――というか嫌いなのだ。だから今も体が強張り、緊張で思わず唾を飲み込む。



 …………。

 ……いや、確かに悪いことはしていないがこの状況はマズイかもしれない。というのも、未成年者が深夜に出歩くのは自治体の条例で禁止されていたかもしれないと思い出したから。

 だからといってこの場から逃げ出せば、あらぬ疑いまでかけられてしまうかもしれない。

 まぁ、そもそも彼らの威圧的な空気とこれまでのジョギングによる疲労で足が震えて、動くことなんか出来ないけど。

「こんばんは。お話を聞かせてもらってもいいですか?」

 若い警察官がニコニコしながら声をかけてくる。でもあの笑顔に騙されてはいけない。瞳の奥には俺に対する疑いの念を潜ませているに違いないのだ。だって疑っていなければ声をかけてくるはずがないから。

 だから俺は牽制するように警官をじっと見つめながらポツリと呟く。

「……何か用ですか?」

「こんな夜遅い時間に、キミのような若い子がウロウロしているから気になってさ。家出って可能性もあるし」

「家出じゃありませんよ。体を鍛えるため、ここの遊歩道で走っていただけです。昼間は学校があって時間がないので、この時間に走ってるんです」

「そんな格好で? この季節にトレンチコートを着て走るの?」

 あくまでも冷静に訊ねてくる若い警察官。意外にもあまり驚いていない。さすが普段から様々な犯罪者やその予備軍と接しているだけあって、ちょっとやそっとのことでは動じないということか。

 ただ、その質問内容は僕に対して失礼というか、気遣いというものを考えてほしいとも思う。上から目線で言われているような印象も受けるし。

 だから俺は若い警察官を睨み付け、やや語気を強めて言い放つ。

「どんな格好をしようと俺の勝手じゃないですか。スッポンポンで走ってるんじゃないんだから。これは効率よく汗をかくために着込んでいるんです」

「でもさぁ、やっぱり気になっちゃうよね。まさかそのコートを脱いだら下半身が露出してるってことはないよね。さすがにないかぁ。でも一応、ちゃんと下に服を着てるか調べさせてよ」

「俺のことを変質者と一緒にしないでくださいよ。あなたの趣味や妄想には付き合っていられません。失礼します」

 さすがに苛立ちが限界を超え、俺はその場から立ち去ろうとする。でも若い警察官は両手を横に広げながら目にも止まらぬ身のこなしで体を乗り出し、俺の進行方向をガードする。


 ――何そのサッカーマンガに出てくる天才ディフェンダーみたいな動き。

 しかも振り向いてみると年配の警察官がしっかり俺の後方をガードしていて、踵を返すわけにもいかない。警察官たちの連携はバッチリだ。

「ちょっと待って! キミの学校はどこ? 高校生? 身分を証明するもの、何か持ってる?」

「身分証明書なんか持ってジョギングしませんよ。それに学校がどこでも良いじゃないですか。答える必要があるんですか? そもそも人にモノを訊ねる時は自分からでしょう。あなたこそ本物の警察官なんですか? こういう時って警察手帳みたいなものを提示して、何署の誰さんか名乗るもんなんじゃないんですか?」

 俺の怒濤の猛反撃に、若い警察官は明らかな不快感を表情に滲ませた。そして渋々といった感じで胸ポケットに手を伸ばし、そこから顔写真付きの身分証を取り出して俺に提示する。

「……川手かわのて中央署の古賀こか剣緑けんりょくと言います」

高浦たかうら啓治けいじです」

 若い警察官の古賀さんに続き、年配の警察官である高浦さんも身分証を提示しながら名乗ってくる。

 ただ、高浦さんの方はさすがベテランといった感じで、さっきからずっと笑顔のままこの場の対応をしている。心の余裕も冷静さも古賀さんとは大違い。やっぱり踏んでいる場数が違うんだろうなぁ。

 それとさっきから口出しをしないのは、若手に経験を積ませる意味もあるのだろうか。俺にはどうでもいいことだけど。

「職務質問って任意なんですよね? だったら俺は何も答えたくありません」

「なんで答えたくないのかな? あるいは何か危ないモノでも持ってるとか?」

「別に後ろめたいことなんてないし、危険物も持ってません」

「だったらいいじゃない。名前くらいお巡りさんに教えてよ。それと持ち物検査もさせてもらえないかな」

「以前、警察官に嫌なことをされたので警察が嫌いなんです。協力する気はありません。令状を提示されたら話は別ですが」

 俺は頑なな態度を崩さない。

 するとそんな俺の様子を見た高浦さんがここで動き、少し離れたところへ移動して無線機を使う。全ては聞き取れなかったけど、どうやら応援を呼んでいるようだ。

 それにはさすがに俺も焦りを感じつつ、その気持ちを悟られないように平静を装う。

「同業者として昔のことは謝るからさ。ね、教えてくれたらすぐ終わるから。持ち物検査だって服の上から軽く触らせてもらうだけだし。いいじゃん、それなら」

「…………」

「素直に従ってくれたらあっという間に終わるよ。むしろごねたらいつまで経ってもこのままだよ」

「…………」

 高圧的になったり馴れ馴れしくなったり、そうしたヒトを舐めたような古賀さんの態度にカチンと来た俺は何も答えなかった。

 黙秘権というものとは厳密には違うと思うけど、言いたくないなら言う必要がない。強制されているわけじゃないんだから。


(つづく……)
 
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