裸がたくさん載っている同人誌を入手するため、内気な男子高生が本屋へ行った件

みすたぁ・ゆー

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同人誌の世界は奥深いッ!!!

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 同人誌を予約してから数週間が経ち、商品が店舗に入荷したとのメッセージがスマホに届いた。もちろん、それとは別に九郎からも通話で連絡が入る。

 そして今日は土曜日で、受け取りに行く日。この日に九郎がバイトに入っているかは本人に何度も確認したし、『碓井うすい奔太』が注文した同人誌がちゃんと店舗に届いているかどうかも調べてもらって、間違いなく入荷しているとの返答をもらっている。

 ついに手に入るという喜びと興奮、それと同時にアウェイに乗り込まなければならないという緊張と不安で心は大きく乱れている。

 でももはや覚悟を決めて本屋へ『ブツ』を受け取りに行かなければならない。いつまでも先延ばしにするのは良くないし、それは本屋にも同人誌の作者さんにも迷惑がかかる。

 なにより受け取りに行かないままだと催促の電話が自宅にかかってくるかもしれない。さらに着払いの宅配便で送られてきてしまったら目も当てられない。

「――よしっ、出発するぞ!」

 俺はボサボサの無造作ヘアーにニット帽、チェックのシャツとクリーム色のズボン、紺色のマフラーとコート、太い黒縁の眼鏡にマスク、白のスニーカーという格好で自宅を出た。同人誌を入れるリュックも背負っている。

 当然、全てのアイテムが普段とはかけ離れたチョイスだ。これなら知り合いと出会ってもすぐには気付かれない。ただ、念には念を押して周囲を警戒しつつ、人通りの少ない道を選んで進んでいく。

 まだ早朝ということで、両親は部屋で未だ眠ったままのはず。しかも今のところ誰にも出会わずに進んでこられている。

「もしかして俺は忍者の才能でもあるんじゃないだろうか?」

 思わずニタリと口元を緩めながら、ブツブツと呟く。

 そして路地を進み、とうとう駅前通りへと到達する。あとはここを真っ直ぐ進めば本屋の入っている雑居ビルへ辿り着く。ただ、ここはどうしても通行人や観光客の姿があって、誰にも見られずに進むことは出来ない。

 もちろんここで引き返すわけにもいかないので、意を決して歩いていく。

 目の前に少しずつ迫る雑居ビル。すでに本屋の開店時間を過ぎているので、ビルの前まで行ったら自然な素振りで階段を降りればいい。


 残り10メートル、5メートル、1メートル――。


「っ!? ……っく……」

 俺はビルの前まで来たが、足の動きを止められなかった。その場所をスルーしてしまった。前方から歩いてきた同年代の女子が、こちらを見ていたような気がしたからだ。

 そんなの別に気にすることでもないし、こっちを見ているなんて自意識過剰にもほどがある。でも性格的にどうしても気になってしまうのだ。

 結局、俺は雑居ビルの前を10往復くらいしてしまった。こんな怪しい動きをしていると駅前交番の警察官に職務質問をされてしまうのではないかと内心ビクビクしていたが、幸いにも何事もなく階段を降りることに成功する。

「ついに着いた……」

 店内では同好の士たちが目を輝かせながら宝物を探していた。趣味や趣向の方向性は違えど、好きなものに対しては俺と同じように熱い気持ちを持つ仲間たちだ。

 …………。

 いやいや、だからといって俺はまだあそこまで高いレベルの域には達していない。こっそり同人誌を受け取り、素速く立ち去るくらいで精一杯だ。

 周囲には所狭しと様々な同人誌が並べられている。中には凝視しているのが照れくさくなるようなものもズラリと……。

 興味がないと言ったらウソになる。本当はじっくりと眺めていきたい。でもこの場にずっといるのは色々な意味で心の平穏が保てない。

 だから俺は雑念を振り払い、カウンターへと急いだ。するとそこに九郎の姿を発見する。

 その瞬間、わずかだが安心感を覚えてホッとした自分がいる。程なく九郎も俺の姿に気付き、ニタッと頬を緩める。

「いらっしゃいませ、お客様。ご予約の商品の受け取りでよろしいですね?」

「な、なぜ一目で俺だと分かった!?」

「今日、ここに来るって知ってたし、どんな格好をしてたって付き合いの長いオレには分かるさ」

「そ、そうか……。いやっ、今はそんなことはどうでもいい! 早く『ブツ』を! 誰にも見られないようにさっさと用意して、中身が見えない袋にでも入れて渡してくれ!」

 俺は首を左右に激しく動かしながら、周囲の様子を窺った。

 今ならカウンターに並んでいるヤツはほかに誰もいないし、みんな本を探すことに集中していてこちらへ注意が向いていない。こんなチャンスは二度とないかもしれない。どうしても焦る。

「はいはい、お客様。少々お待ちを。上半身が丸裸で、下半身も股間の辺りしか隠れていない人物が表紙の同人誌ですよね? ロングの黒髪をひとつにまとめていて――」

「バカッ! 口に出して説明するなよ! 周りにいる人たちに変な誤解をされたらどうするんだよ!」

「まぁまぁ。ここじゃ、誰も気にしないって。どんな内容の作品であってもな」

 九郎はカラカラと笑いながら背後の棚の中を探し始めた。そしてとうとう目的の同人誌が俺の前に姿を現す。

 どうしても欲しかった同人誌。それが手に入る。





 ――サークル『ドス恋部屋』の大相撲同人誌『平成の名勝負とレアな決まり手』。



 データとともに本文オールフルカラーの写真が満載の決定版だ。大相撲ファンの俺としては喉から手が出るほど欲しかった。

 ちなみに九郎は体捌きなどを柔道の参考にするために、この本の入手を決めたらしい。


 どんなものであってもファンがいる。同じ趣味や趣向を持つ者がいる。そしてその『好き』を形にした同人誌がある。だからこそこの世界は奥深い。


(おしまいっ♪)
 
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