異世界八険伝

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激動のロンダルシア大陸

57.白の召喚【挿絵】

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『白様!どうか我らを御導きください!力を御貸しください!』

 拝光教の最高司祭を名乗るその男シラヌイは、クルンちゃんを教皇の地位に迎えたいようだ。クルンちゃんとボクを離れさせ、さらに説得を重ねようと策を畳み掛けてきた。

 クルンちゃんはそれらを頑(かたく)なに拒み続け、挙げ句の果てには涙を流しながらボクと2人きりにさせてほしいと訴えた。その結果として、ボク達は2人きりで話せる部屋に案内された。


「クルンちゃん、落ち着いた?」

「はいです。でも、こんな豪華な部屋は初めてです。クルンはそわそわしてます」


 確かに……ボクも正直緊張している。王宮やギルドのマスタールームのきらびやかな豪華さとは趣を異にする美しさが、ここにはある。
 一言でここを表現するなら、それは“真っ白”。ただし、無彩色ではない。カーテンやベッド、テーブルだけではなく、床や天井も含めて全てが白だが、蛍光灯のように透き通るような白もあれば、銀色や金色を帯びた真珠の持つ荘厳な白もある。大理石の重厚さやミルクのような柔らかさまでが表現されている。ここは、“色とりどりの”白に飾られた部屋である。

 その白さの中でも一際輝きを放つのはクルンちゃんの髪だ。クルンちゃんは思い詰めたように俯いたまま考え込んでいる。やがて、決意して語り始める。



「クルンはリンネ様に内緒にしてましたです」

 ボクはクルンちゃんの目をじっと見つめながら、優しく頷く。

「クルン達は違う世界から来たです」

 やっぱりそうなんだね。アイちゃんが言っていた通りだ。でも、誰がどうやって召喚したんだろう。

「うん、そんな感じがしてたよ。ボクも、メルちゃんも、レンちゃんも、アイちゃんも同じ。アユナちゃんだけ違うけど、皆、大切な仲間だよ!!」

「前の世界での記憶がないです。名前だって思い出せなくて……自分で付けたです」

「大丈夫!皆がそうだったから、安心して!」

「そうなんです?でも、1つだけ覚えてるです。絶対に忘れられないです。クルンがどうやって召喚されたのかです。辛い記憶です」

「召喚時の記憶?」

 ボクがエリ婆さんに魔法陣で召喚されたときみたいなやつか。確かにあれは辛かった。

「はいです。辛いけどリンネ様には伝えるです。クルンは多くの生け贄の代わりに召喚されたです」

 そう言うと、クルンちゃんは記憶を辿り、泣きながら全てを語ってくれた。



 ★☆★



 彼女の目には地面に書かれた巨大な魔法陣と、たくさんの子ども達が映っている。白い髪の子ども達は全員が白衣を着ている。その数……100人。たくさんの神官達に囲まれて魔法陣の中に座っている。

 神官が呪文の詠唱を始めると、子ども達も口々に『世界の平和のために!』と笑顔で叫び始めた。彼女も強張る喉を酷使して同じように叫ぶ。でも、心の中では“助けて!お父さん!お母さん!助けて!!”と叫んでいた。とめどなく流れる涙を堪えきれず、嗚咽を抑えきれず、泣き叫んでいた。

 やがて、魔法陣は白い光を放ち始める。一人、また一人と子ども達の命が弾けるように消えていく。彼女の番がきた。心の叫びはいつの間にか外に漏れていた。神官達が近づいてくる。痛みと共に、胸から突き出た槍先を目にする。そして、そこで彼女の視界が真っ白に点滅する。視線の先には、輝くような白い髪をした2人の子どもが抱き合って座っていた。彼女は必死に手を伸ばし、必死に心の中で叫んだ。“助けて!!”と。しかし、その手を掴む者は居なかった。やがて、彼女の意識は途切れた……。


 気付いたら、クルンちゃんとクルスくんは森の中にいた。故郷の森ではなく見慣れない森だった。双子の狐人は、不安を抱えながらも、お互いを励まし合いながら生きた。

 数日後、幸運にも人間に助けられて建物に連れてこられた。安全で、しかも食べ物は1日2回も貰えた。しかし、部屋は狭く窓もない。鉄の棒で入口は封鎖され、遊び盛りの彼女達にとっては決して良い環境ではなかった。ただ、あの辛い記憶に比べれば、この程度は小さな小さな不幸せだった。

 10日が過ぎたとき、銀色の髪の綺麗な女の子がやってきた。

『今までよく頑張ったね、君達には今日から幸せになってもらうから!ボクと一緒に行こう!』

 素敵な笑顔で優しく声を掛けてもらった。温かく抱き締めてくれた。その子はなぜか泣いていた。私達ですら泣いていないのに。

 優しく温かい手に引かれて小さな部屋を出た。たくさん美味しいものを食べさせてくれた。一緒に他の町に行くかと訊かれたとき、連れて行ってくださいと泣きながらお願いした。この人と一緒に居たいと心から願った。彼女は私の英雄、眩しすぎる光。ずっとずっと一緒に居たいと願った。



 ★☆★



 それがクルンちゃん達とボクとの出会いだったそうだ。召喚対象が2人になってしまった為の誤作動で、最南端の国から最北端の島ノースリンクにまで飛ばされたのだろうか。それとも、流された赤い血が白い世界に起こした些細な悪戯か。

 それにしても、生け贄召喚なんて残酷な方法を!世界を救う為とはいえ、100人もの子ども達を犠牲にするのは決して許されることではない!!ボクは泣きじゃくるクルンちゃんを強く抱き締めながら、ぶつけどころのない怒りに身を震わせた。


「聞いてくれてありがとうです。クルンは、あの子の最後の願いを叶えてあげたいです」


↑クルン(清水翔三様作)

 生け贄として死んでしまった子を助けることはできない。だから、クルンちゃんがしようとしていることは最初から不可能だ。でも、クルンちゃんは諦めていない!ボクも諦めない!
 ご両親を探して守ってあげることも彼女の願いを叶えることにはなるかもしれないが、ご両親は悲しむだろう。それどころか、クルンちゃんに対して怒りを覚えるかもしれない。でも、何か、何かあるはずだ……。

 そのとき、白い部屋の中で、白く輝く光を見た。

「召喚石だ……」

 ボクの声に、クルンちゃんも反応する。光源はすぐに見つかった。部屋に置かれた白亜の女神像が高々と掲げる杖の先に、それはあった。

 溢れ出る光の中をボクは歩き出す。杖の先にある白く輝く召喚石にそっと触れてみる。召喚石はボクの手の中に吸い込まれるように浮かび上がった。

 これはクルンちゃんの召喚石だ……そうだ、形だけでもいい、今からクルンちゃんの召喚儀式をやり直してあげよう。生け贄召喚なんて辛すぎるから。クルンちゃんの心が少しでも軽くなるように願おう。

 白の召喚石を胸に抱く。溢れ出る光はボクを優しく包み込む。まるで指示を待つかのように。ボクは光に応える。召喚石を持つ両の手を、クルンちゃんに向けて突き出す!びっくりしているクルンちゃんのつぶらな瞳をじっと見据えて、朗々と唱える。


「その者は優しき星、
 その者は世界の光。
 その者の心は、きっと誰よりも強く輝く!

 リンネの名に於いて命ずる!
 白の勇者、いざ、召喚!!」


 召喚石はボクの手を離れてクルンちゃんに向かって飛んでいく。クルンちゃんは、両手でしっかりと受け止め、ボクがしたように優しく胸に抱きしめる。

 一瞬の煌めき。部屋を、神殿を、聖都を、世界中を照らし出すほどの光。全く何も見えない。
 やがて、光は収束していき、点滅する白の召喚石を胸に抱くクルンちゃんが現れた。



「リンネ様……今のは……」

「銀の勇者リンネが、クルンちゃんを召喚しました。クルンちゃんは生け贄の代わりに召喚されたのではありません。今日からあなたは白の召喚者です。ボク達と一緒に行こうね!!」

 かっこよくガッツポーズしてみた。クルンちゃんが抱き付いてきた。嗚咽を洩らし号泣するクルンちゃんを、精一杯の力で抱き締め返す。もふもふで、日向ぼっこのいい匂いがする。本当に可愛いキツネさんだね。

 でも、まだ何も解決していない。あの子達を助ける方法、せめて報われる方法があるとしたらなんだろう……。



『今の光は何でしょうか?あのような神々しい光は初めて見ました』

 あっ、シラヌイさんだ……。

「あの光はクルンちゃんの光です」

 召喚石をパクったことは伏せておこう。代わりに小さな魔結晶でも填めておけばバレないさ。

「さすがは白様、素晴らしい御力にございます。ところで勇者リンネ様、是非に2人きりでお話をしたいのですが」

 ボクはクルンちゃんを見る。クルンちゃんは不安そうだ。でも、ボクも拝光教には聴きたいことがある。良い機会だ、話をしよう。

「分かりました。お話をしましょう。
 クルンちゃん、アイちゃんに今後のことを相談してもらえる?お願い」

「リンネ様、分かりましたです!!」



 ★☆★



 ボクは司祭のシラヌイさんに連れられて執務室らしき部屋に来ている。大丈夫、床に落とし穴はないし、魔法も問題なく使える。
 失礼ながらシラヌイのことも鑑定させてもらった。ステータスは見事に、ザ・凡人だ。スキルは気になるけど、見れないものは仕方がない。油断しないようにしよう。


『勇者様。光が無ければこの世界は存在致しません。光はそれほどに尊いのでございます』

 言っていることは現代科学的にも正しい。リンゴが赤く見えるのは、太陽光のうち青緑の光が吸収され、それ以外の反射光が目に入るからだし、青の光だけを吸収するバナナが黄色く見えるのも同様の原理だ。つまり、光が無ければ物は見えない、世界は成り立たないんだ。

『そして、光は白から始まり白で完結する、我らが教義の真髄はここにあるのでございます。全てを白で満たすとき、闇は消え去るのでございます』

 光の三原色?確かに全ての光を合わせると白くなる。加法混色というやつだ。絵の具なんかの色材は黒になるけどね。拝光教が白色に入れ込む理由は分かったよ。でも……。

「あなた方は、どのように魔物と戦おうとしているのですか?まさか、世界中を白く塗り潰すわけではないですよね?」

『その、まさかでございます。聖都を御覧になられたかと存じます。我らが白き都は1度も魔物の侵攻を許しておりません』

 まさかでしょ。確かに神殿を結界か加護が包んでいたけど、たまたま魔族のターゲットから外れていただけじゃない?

「魔物が侵入しないようにするということは、魔物を討伐せずに共存を目指すということですか?」

『それは違います、勇者様』

「では、どのように戦うんですか?」

『ですから、全てを白く……』

「無理ですよね?」

『……』

「森の木や花は?海や川や空は?人や動物たちは?それに、夜になれば光の力は及ばなくなります。矛盾しています」


『……我らも早々に限界を感じました。ですから、力あるものを召喚する必要がございました』

「それで、あのような残酷な召喚術を!?」

『勇者様は残酷と仰られましたが、贄に選ばれた者達は真に平和を望み、喜んでその身を捧げました。然るに、残酷などではございません』

「嘘だ!本心は平和の為に身を捧げるのではなく、平和の中に生きたかったはずだ!大切な家族や恋人や友達と一緒に!あなたも、愛する家族が生け贄に選ばれたら、喜んで差し出せるんですか?ボクには理解できません」

『……しかし、世界は滅亡の危機に瀕しておりますれば、誰かが犠牲になるのは致し方のないことではございませんか?』

「愛する者がいない世界で生きても幸せですか?いいえ、ボクはそうは思わない。それなら、全部救えばいい!皆で生き残ればいい!!」

『それは……力ある者の論理でございます。我ら弱きは、身を寄せ合い、必要な犠牲を甘受し、悲しみを隠しながら生きるしかありません』



 そのとき、執務室の扉が開き、数人の神官達に伴われて、クルンちゃんが入ってきた。

「リンネ様、クルンは教皇になるです。アイ様も賛成してくれましたです」

「クルンちゃん!?それがどういうことか分かってて言ってるの!?」

「はいです。クルンは、何度も何度も占いましたです。決めましたです」

 ボク達は一緒に居られなくなるんだよ!とは口が裂けても言うことが出来なかった。きっとアイちゃんにも考えがあってのことだし、1番辛いのはクルンちゃん自身だろうから。

『白様、いえ、クルン様!素晴らしい御決断であります。本日より、南の新興国は“クルン光国《こうこく》”となりましたぞ!我らが悲願、教皇を頂く平和国家の樹立でございます!!』

 あら、シラヌイさんが号泣を始めた。



 ★☆★



 その日のうちに、教皇の戴冠式が厳かに執り行われるらしい。クルンちゃんの白い法衣姿は神秘的だった。本当は喜ぶべきところなのだろうが、ボクの心の中には寂しさしか見当たらない。そう、とてつもなく寂しいんだ!ずっと一緒に戦う仲間だと思っていたのに。


「リンネ様、似合いますか?」

「うん……」

 何でクルンちゃんはこんなにテンションが高いんだろう。寂しいのはボクだけなんだね。リハーサルがあるからと追い出されちゃったよ、泣きたい。


 神殿の3階部分に、外に突き出したバルコニーみたいな所がある。クルンちゃんと、シラヌイさん始め数人の高位司祭がそこに立っている。多分、クルンちゃんは土台の上に乗っているはず。シラヌイさんと同じ身長の訳がない。

 ボクは一般市民と同様、神殿前の広場からバルコニーを見上げている。銀髪に白を基調とした賢者のローブは、この国にあっても違和感を感じさせない。大丈夫、浮いていないはずだ。


 夕陽を受けて神々しく輝く神殿。
 いよいよ戴冠式が始まる。



『我らは、偉大なる光の聖女クルン様を教皇に迎えるに至った!我らが悲願はきっと成就されるだろう!我らは、クルン光国の建国を、本日ここに宣言する!』

「えっと、教皇のクルンです。狐さんです。苦いのと熱いのは嫌いです。好きなのはリンネ様です。よろしくです。さっそくですが、明日から大陸統一に向けて戦います」
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