LOVE NEVER FAILS

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ごめん

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「そういうことか」

 思わずぽつりと呟きが漏れてしまった。

 それもそのはず、僕の服装は制服で、彼女はあのキラキラワンピース。そしてここは寒い寒い廃病院ときたもんだ。
 三猿にやられた直後に味わった感覚――時間遡行だ。ということは、今は12月15日(金)の0時か。独り納得していると、リーシャと目が合った。何か残念そうな表情に見えなくもない。
 もし、僕と同じようにさっきまでの温もりを感じていたいと思ってくれていたら嬉しいけど。


「リーシャ、家に帰ろう」

 今度は僕がリーシャの手を取って歩き出す。この白く柔らかい手。誰にも触らせたくない手。もう僕は気付いていた。彼女に恋をしていることを。思いっきり勘違いかもしれないけど、彼女も僕のことを愛してくれているように思える。時間遡行の同志として以上に――。


 こういう“やり直し”系の話は結構たくさん小説で読んだことがある。その多くが、試行錯誤を重ねた結果、理想の未来を手に入れていた。主人公はみんな聡明で、勇気があって、決して挫けない強い意志の持ち主だった。

 僕自身はどうだ? 平々凡々の中学生。賢いわけでも、強いわけでもない。何かを求めて本気で努力した経験もなければ、これからも努力する予定もない、はずだった。今はなけなしの力を全て振り絞って、全力で手に入れたいものができた。

 鞄の中で丸くなる兎リーシャを抱きながら、家に向かって走り出す。

 僕的には机に向かっているときより、走っているときの方が頭が回るという自覚がある。陸上部の奴らが何を考えながら走っているのか知らんが。

 あぁ、今はとにかく考えなきゃならない。また深夜、あの部屋から始まるとして、リーシャを外に行かせてはダメだ。かと言って、いきなり決闘の場に出て行っても、前回同様に地下牢行きだろう。あのゴブリンと正々堂々一騎打ちができるシチュエーションに持っていくにはどうすればいい?

 大きく分けて2つ――。

 A.一騎打ちのメンツに選んでもらう。
 B.村を出てゴブリンと一騎打ちする。

 どっちも簡単そうで難しい気がする。

 まず、説得するのに言葉が通じない。通じたとしてもリーシャにできなかったことが、僕にできるか。偉い人を脅迫したり、拉致監禁するのもダメ。ゴブリンに勝ったとしても、信用を得ることができそうにないから、地下牢行きを免れるとは限らない。

 なら、思い切って村を出るべき?

 ゴブリンとの一騎打ちに勝ちさえすれば、奴らが村に襲ってくることはないはず。ただ、いきなり行っても、一騎打ちしてくれるかが問題だね。こればっかりはやってみないと分からない。彼女の望み通り、村が平和であれば良いんだ。不要な軋轢を避け、こっそり敵をやっつけるのが理想。僕はそれで満足。

 あっ、そうだ。そう言えば、あっちの世界に行ったときは彼女はコスプレ服のままだったけど、こっちに来たときにはキラキラ服に戻っていた。どういうことだ? 同じように0時まで遡るにしても、何かルールがありそう。何はともあれ、何回も戻れるとは限らないし、最善を尽くさないとね――。

 
 前回同様、交差点付近で捕まえた軽トラックに乗せてもらう。今はこれが最も効率が良い。

 帰宅は5時過ぎ。薄暗い自宅には人の気配がなく、ひんやりとしている。昨日の僕も、一昨日の僕もそこには居ない。予想だけど、こっちの世界の因果関係はあっちには持ち越さない。もし持ち越すとしたら、“何を持っていくのか”くらいだと思う。

 リーシャをお風呂に入れ、朝ご飯を食べる。遡ったことで空腹感がリセットされているみたいだけど、脳にこびりついた記憶は如何ともし難い。貪るように2人分を完食しながら、母ちゃんへの置き手紙を書く。

 洗濯されなかったキラキラ服を着たリーシャが台所に来た。無言の笑顔だった。自分の服を着れて安心なのか、僕が居て安心なのか分からないけど。

 軽くシャワーを浴びて着替えた後、B案について2人で検討する。作戦自体には納得してもらえた。後は、時間と場所、そして細かい方法の擦り合わせ。

 そして、昼前、再び苔むした扉を潜り抜けた。



 暗い部屋に明かりが灯る。

 部屋は荒らされる前の状態、つまり時間はしっかりと巻き戻っている。

 腕時計を0時に合わせる。心身共に疲労は溜まっているけど、猶予は6時間しかない。

 僕たちは計画通りに部屋を出た。風のように走る彼女を追い、村の外に出る。林立する大木の幹からは所々光が漏れ出していたけど、僕たちに気付いた気配はない。

 深い樹海を月光を頼りに南へと駆け抜ける。

 途中で休憩を挟みつつ、動物の咆哮を避けながら3時間ほど進む。

 やがて木々は疎らになり、朝日が足元まで照らし始めた。

 半刻もしないうちに森を抜けると、岩石砂漠に出た。ちょうど高台になっているようで、見下ろす先には、岩肌をくり抜いたような無数の穴と、忙しなく動き回るゴブリンが見える。

 彼女と目を合わせ、頷き合う。

 ここからが本当の勝負、本当の戦いだ。


 リーシャを丘の岩の陰に残し、斜面を駆け下りる。

 僕の姿を視認した1匹が奇声を発すると、穴から次々と深緑色の小鬼が飛び出して来た。

 木で組まれた柵を挟んで睨み合いになる。

 いくら相手が小学生程度でも、1対数百の乱戦に付き合う気は毛頭ない。リーシャに描いてもらった手紙を丸めて投げ込むと、落下地点を中心に綺麗な円が広がる。

 押し出されるようにして中心に転がり込んだ1匹が、手紙を両手に広げ、高く翳した瞬間、ざわめきが一段と増した。

 その中から、奴が、リーシャを襲おうとした筋骨隆々の雄が堂々と進み出て来た。
 その右手には、長さ2mほどもある厳つい槍が握られていた――。

 手紙の内容はリーシャに一任していた。
 あの動く絵を見て一騎打ちを受けてくれるのか心配だったけど、ゴブリンはそれなりの知恵を有するらしく、うまくいった様子だ。

 それにしても、あの武器はヤバい。こっちの金属バット(勇者の剣モドキ)とは次元が違うぞ。


「キィキィィ!」

「ノブナガだ! って、おい!」

 僕が名乗ると同時に、奴が踏み込んできた!

 得物のリーチを生かした突きが僕の喉元に迫る!

 でも、遅い。

 バットの先端を合わせて槍先の軌道を変えると、そのまま伸びきった太い腕を狙って振り下ろす!

 ガツンという手応えがあった。

 悲鳴は上がらないけど、相手は明らかに怯んでいた。


 今度はこっちから仕掛ける!

「うぉおおお!!」

 恐怖心を振り払い、気合を入れる!

 防御に徹する相手の手首や指を狙って左右から振り下ろす!

 籠手打ちは僕が最も得意とする戦法だ。
 槍で頭部を守ろうとすると、左右どちらかに隙ができる。サーベルみたいな鍔があればともかく、竹刀程度の鍔なら打ち抜ける!


 10合と打ち合うことなく、相手の両手を潰せた。
 これでもう戦意喪失だろうと思って手を止めた瞬間、奴が何かを口走った。

「動けな、うわっ!」

 足が沈む!

 まるで底なし沼に嵌まったかのように、膝近くまで地面にめり込んでしまう!

 ヤバい!

 バランスを崩して尻から転んだとき、奴の槍が目の前に迫ってきて――。




「うわぁっ!!」

 激痛を、死を覚悟し、思わず両眼を閉じる。

 あれ?

 痛みがこない。

 それどころか、さっきまでの怒号や悲鳴が聞こえない。

 恐る恐る右目を開けると、ここはあそこだった――。


「リーシャ、また」

 廃病院の1階でリーシャに膝枕されている僕。

 まるで夢だったかのように、半日分の記憶が駆け巡る。
 自宅に帰り、作戦を考え、あっちの世界に行った。部屋を出、村を抜け、ひたすら走ってゴブリンの集落に着いた。そこでゴブリンとの一騎打ちになり、確か、その最中に脚が縺れて倒れて――殺された、はず。

 記憶はそこで途切れている。

 まさか、全部夢だった?

 槍が貫いたはずの眉間を擦ってみる。痛みもなければ、手には血すら付いていない。三猿にコテンパンにされたときと同じだ。
 制服を着たまま、彼女の温かい膝に身を委ねている。そして、未だにその柔らかく温かい感触が残る僕の唇を人差し指の先でそっと撫でる。

 そんな僕を見つめる彼女の目には、うっすらと涙が見える。

 期待に応えられなくてごめん。

 あぁ、そうか。こうやって彼女と一緒に居る限り、僕は何度も今日を繰り返すんだ。それは彼女にとって辛いことなのかもしれない。


「ノブナガ、********」

 彼女が僕の鞄からノートを取り出し、いつものように説明してくれる。

 それによると、ゴブリンたちによる一頻りの冒涜が終わると、僕は無残な状態で野山に打ち捨てられたらしい。

 なるほど、これが死に戻りってか。そこから今にどう繋がるかは訊いていないけど、恐らくは彼女の魔法――死者の魂を取り出せるとかだろう。

 兎にも角にも、あの世界には魔法がある。一騎打ちのときのあの底なし沼、あれもゴブリンの魔法かもしれない。

 もう少しというところで逆転された。

 奴が最後に口走ったのが呪文だとしたら、それを唱える猶予を与えてしまったのは僕自信だ。最後の最後に油断した。正直、“降伏宣言”をするのかと思ったんだ。奴には絶対に負けられない理由があるんだろう。死の縁でも諦めなかった。僕にだって負けられない理由はある。臨むところだ。


 そして、再び迎えた12月15日。

 軽トラックと別れを告げ、いつも通りの朝帰りを果たすと、真っ先にシャワーを浴びた。
 1回目は糞尿塗れ、2回目は泥塗れ――さすがに嫌だ。

 リーシャが身支度を整える間、僕は食事とリベンジに向けての準備を済ませる。やるべきことは変わらない。村を抜け出し、ゴブリンとの一騎打ちに勝利するだけ。
 魔法を使えないように猿轡を嵌めるか、泥沼に嵌まらないようにスキーを履くか、沈まないように手頃な板でも敷くか――無理だろ。他の魔法も使えるかもしれないしね。
 下手な対策をするより、前回の油断をなくして攻め切るのが早い。相手を殺すつもりでやる。もう僕は1度殺されてるんだ、お返しだと思えば気も紛れる。
 そう決意し、リーシャと共に緑色の扉を潜り抜けた。


 闇夜に紛れて森を走る。

 リーシャは嫌がったけど、僕が敢えて前回と同じ状況を繰り返させた。道順も、休憩時間と場所もあえて変えない。

 腕時計が3時を回る頃、僕たちは例の丘の上に到着した。

 再びリーシャを丘の岩の陰に残し、斜面を駆け下りる。見張りの奇声を合図に深緑色の小鬼が群がってくる。そして、柵を挟んでの睨み合い。些細な変化をスルーすれば、ここまでほぼ同じ流れで安心した。手紙を丸めて投げ込むと、落下地点を中心に円が綺麗に広がる。押し出されるようにして中心に転がり込んだ1匹が手紙を広げ、高く翳した瞬間、ざわめきが一段と増した。その中から、仲間を掻き分け、奴が出て来た。右手に持つ槍も同じ。

 いざ、尋常に勝負!

「キィキィィ!」

「ノブナガだ! 甘い!!」

 僕の喉を狙った奴の奇襲攻撃を、余裕をもって受け流す。そして、そのまま伸びきった太い腕を狙ってカウンターを振り下ろす!

 ガツンという確かな手応え。

 こいつ、アホみたいに同じ動きをする。これじゃまるでゲームじゃん。渾身の一撃をカウンターで返されて怯むボスに、ラッシュを浴びせる。さぁ、ここからが勝負!

「うぉおおお!!」

 左右のフェイントを交えながら的確にダメージを重ねていく。両手首を粉砕されたゴブリンボスは、悲鳴を上げながら槍を地面に落とした。でも、油断できない!

 がら空きの頭部に向けて面を打ち込む!

「うわっ!」

 まただ!

 踏み込んだ右足が地面にめり込み、バランスを崩してしまった。尻餅をついた僕に、ゴブリンの蹴りが飛んでくる!

 ヤバい!
 起き上がれない!

 足を封じられた僕は、激痛とともに意識を失った――。




 暗闇に沈む廃病院で、僕は再び目覚めた。

「リーシャ、ごめん」

 そっと目を閉じ、じっくりと彼女の膝の温もりを味わう。

 彼女に僕の汚い死体を見せたのは何度目だろう、泣かせてしまったのは何度目だろう。

 脳裏に浮かぶのはどうしても、あの最期の記憶。魔法を使う隙は与えなかったはず。確かにあいつの口は動いていなかった。

 なのに、なぜ?
 もしかして、最初からあそこに罠が仕掛けられていた?
 それとも、あの魔法は他のゴブリンが?
 どっちにしろ、工夫しなきゃ勝ち目はないな――。


 目を開け上体を起こすと、リーシャの顔が間近にあった。泣き続けていたんだろう。目が真っ赤に腫れ上がっている。僕は鞄からノートを取り出し、もう一度チャンスが欲しいと訴えた。思いつく限りの作戦を伝え、自信たっぷりの笑顔で説得を続けた。ずっと首を振り続けていたリーシャだけど、最後の最後には僕に根負けし、渋々頷いてくれた。

 軽トラックのオジサンに、駅の近くで降ろしてもらう。

 24時間営業の百均で“必要な物”を買い揃えるためだ。

 相手が魔法を使うなら、こっちは科学の力で対抗してやる。5点購入し、残金は90円。あとは自宅に帰って楽しい工作だ――。


 緑の扉を潜り、夜闇に包まれる森を駆ける。さすがに3回目ともなると、全てが単純作業のように思えてくる。いつも通りの時間に森を抜け、高台の丘に出る。今回、リーシャの機嫌がとても悪い。ぷくっと頬を膨らませたままで、目を合わせてもくれない。でもまぁ、さくっと勝ってしまえば機嫌は直るだろうと思い、岩陰で待機してもらう。

 手紙を投げ込むと、あの厳ついゴブリンが出て来た。正直、今の僕は、恐怖よりも怒りが勝っている。

「キィキィィ!」

「ノブナガだ! 食らえ!」
 
 喉元に迫る槍を、後方に下がって回避する。同時に、ビニール袋一杯に詰め込んだ薬剤を投げつけた!

「ギェ!?」

 いわゆる“混ぜるな危険”――塩素系と酸性系洗剤の混合液だ。

 速攻で目がやられてもがき苦しんでる!

「トドメだ!」

 紙袋を盛大に放り投げると、空から粉が舞い降りてくる。

 そして、ライター+殺虫剤の火炎放射!

 バフッ!!

 瞬時に起こった粉塵爆発で、ゴブリンは火に包まれる。
 僕の前髪も焦げてしまったけど、100均コンボは見事に成功した!

 その時、ふと僕は自分の足が光を帯びているのを目にした。

「マジか!」

 あいつ、名乗りを上げたんじゃなくて、最初から僕の足に向かって魔法を放っていたんだ!
 効果が出るまでに時間が掛かるタイプか。それで気づかなかったのか!

 気づいた瞬間、僕は水の上を走るような感じで距離をとろうとした。

 でも、時既に遅し。

 もう手遅れだった。

 踝まで地面にめり込んだ状態では前のめりに転ぶしかなかった。


 焼け爛れた醜い顔のゴブリンが、怒りの形相で一歩一歩と僕に迫る。

 そして、手に持つ長槍で――。
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