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第七界—7 『鎧ノ開界』
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「ッあぁ!」
無人化し、本来の煌びやかさを失ったショッピングモール。屋敷にて一瞬の内に数千の蹴りを受け、吹き飛ばされたアーマードバトラーはその全面ガラス張りの壁を突き破る。粉砕され、銀に輝く粒子となったガラスの破片と共に金に煌めくその身は灰色の床に打ち付けられた。その際の衝撃により、鎧と衝突していない箇所のガラスも割れ、スコールの如く降り注ぐ。
「ッ……やっぱ脆いね……」
微かにヒビ割れ、ガラスの破片により無数の傷を付けられた自身の鎧を見て少しの焦りを覚える。アーマードバトラーの長所はそのスピード。私は動いてる本人だから分からないけれど、朝日とナイト曰く、素早いというより最早瞬間移動、一切の動作が視認出来ないらしい。それに対して短所は本来身を守る為の物である鎧に有るまじき脆さ。だが、その短所は長所で賄えるから何も問題は無い……これまでは無かった。一撃でも攻撃を受ければ鎧が半壊するとしても、長所である異次元の速度を活かして回避すればいい。
「ッ……!」
「リベラァァ……!」
アーマードバトラー……その模造品、バイザーに傷を付けた鎧が破壊跡からショッピングモールに飛び込み、そして私に向かい拳を放つ。その拳をなんとか掴み、受け止める。今戦っている相手はアーマードバトラーの模造品……というより殆どそのままのコピー品。つまりアーマードバトラーの長所であるスピードを出す事が出来る。だから脆さという短所をカバーする事は出来ない。
「見えないわけじゃないらしいッ……けど!」
もちろん同じ速度、同じ脆さだから不利ではない。実際今、私は模造品の鎧の拳を受け止める事が出来た。だが……それでも無防備に一撃を、先に受ければ鎧が破壊され、殺される——そんな状況で焦らない方がおかしい。
「リベラァッ……ルラァァア!」
「ッ……しまった!?」
模造品の鎧は床を蹴り飛ばし、跳躍と共に私の頭部目掛けて右足を放つ。上半身を仰け反らさせ、なんとか蹴りだけは回避する。だが、その際に右手を掴み返されてしまう。
「飛ん……デケ!」
「またッ……ィァアア!」
模造品の鎧はそのまま、流れる様に身を軸とし、回転して私の身を砲丸投げの如く投擲する。軽い装甲のアーマードバトラーは簡単に、衝撃波により宙を舞うちり紙の様に2階に向かい吹き飛んで行った。
「ッィ……!」
私の身はアパレルショップの中へと飛び込まさせられる。アーマードバトラーが脆いと言っても鎧である。その為、流石に棚よりは硬い。衝突した瞬間に棚を木っ端微塵に破壊し……色彩豊かであったであろう、色を失ったワンピースを中に舞させた。
「……」
いつ攻撃が来てもおかしくない状況で、散乱するワンピースを呆然と見つめる。目の前に散らばるワンピースを見て、これまでに覚えのない感覚を覚えた。不明でありながら決して不快では無い、だけれど得体の知れない何かが心の中で渦巻く。
「かわ……」
その感覚——衝動に突き動かされ灰色のワンピースに手を伸ばそうとする……だが。
「お嬢様……?」
「ッ!? 何やってんの……やってる……私は!」
バトラーの困惑の声によって、いつ敵が追撃に来るか分からないこの状況下において、あまりに異常な自身の行動に気が付く。私は一体何を思い、何をしようとしていたのだろうか——と、そんな風に思考し、自らを客観的に見て彼女は動揺して取り乱した。
「今は模造品のアーマードバトラーの次の攻撃に警戒しましょう」
「……そうだね」
落ち着きを取り戻し、周囲を無色の衣服をずらりと並べた店内を見渡す。
「なんというか哀れだね……このお店も、このショッピングモールも」
服も看板も、本来であれば様々な色を持ち、店の中を彩らせていたのだろう。だけれど今では全てが色を失っている。私の足元に散らばっているワンピースも誰かがデザインして、また誰かが作った物。このショッピングモールだって誰かが設計図を作り、誰か……沢山の人が作ったのである。だというのに制作に関わった人達も全員消失し、彼ら、彼女らがこの地球に残した——遺した物もこの有り様。自分はそこまで感受性の高い人間ではない——むしろ冷たい性格の私でも同情出来た。
「鏡は普通なんだ……確かに私の家の鏡も……いや私の家自体が他と違って普段通りだし関係無いか」
窓から射し込む太陽光を反射し、濁った灰色の中に唯一の美しい輝きを放つ物、鏡が目に留まる。それに反射するアーマードバトラーの鎧は既に半壊しており、破損箇所によっては中身、つまり私の姿が覗き見えていた。
そして……鏡から目を離そうとしたその瞬間——
「見つけたヨ」
「ッ……リベラァァァ!」
鏡の中、私の背後に模造品の鎧が姿を現す。蜃気楼に歪まされた様に、ほぼ同一の者が2つ、僅かにズレ……重なっていた。鏡の中の光景を認識してすぐに……脊髄反射的に振り返り、回し蹴りを放つ。
「バトライル!」
「ッぎ!?」
だが、その蹴りが模造品の鎧に到達する事は無く、模造品の鎧が瞬時に作り出したバトライルブラスター。それから放たれた光線に私の右足は貫かれ、体勢を崩す。
「リベラァッ……イル!」
「しまッ……!」
前方に向かい転倒する最中、模造品の鎧は一切の躊躇、情けも無く私を下から上へと蹴り上げる。そして、今度は舞い上がった私の左の太ももを狙撃した。これによっては私の両足はしばらくはその機能の大半を失う事に……つまり、歩行……疾走が不可能となったという事である。
「はぐっぁぁ……! いない……」
私の肉体と、アーマードバトラーの鎧を支えていたモノ——両足から力が消えた事により私は床に尻もちを着く。意識が遠のく程の痛みを堪え、顔を上げるがもう既に模造品の鎧は姿を消していた。
「まずい……このままじゃ気が付いた時には死んでる——なんて事になりかねないね」
「いえ、あちらの速度を認識する事は出来るので気が付いた時には、という事は無いはずです。 しかし……まぁ、この足で即座に攻撃の方向を向き、対応出来るかと言えば……」
「無理だろうね」
模造品の鎧はアーマードバトラーの長所、スピードを活かしていつでも、どこからでも攻撃する事が出来る。そして今の私はその移動を認識、視認する事は出来ても反応する事が出来ない。だから訪れる死を理解しながら、恐怖の中で死ぬ事になるのである。
「とにかく……今は模造品の鎧の動きを……!」
目を閉ざし、そして周囲の音だけを感じようとする。本来なら大勢の人で賑わうショッピングモールも今は静寂そのもの、音を鳴らすのは私と、私の模造品しかいない。
「……ッバトライルブラスター!」
瞼で視界を覆い、ただ暗闇を見つめ続けていたその時。何かが物体を貫き、蹴散らした様な衝撃音が耳に入る。反射的にその方向を向き、そしてバトライルブラスターの閃光を放つ。確かに放たれ、何かを貫き、蹴散らした様な音が聞こえた——だが。
「躱《かわ》された……?」
瞼を上げ、光線の進んだその先を見るもそこに模造品の鎧の姿は無く、棚の残骸と何枚かの衣服が散乱するだけであった。私は決して逃がさぬよう、最大速度で振り返りバトライルブラスターの引き金を引いた。たとえ私と同じ速度が出せたとしても私より速く動く事は出来ない、最大速度を超す事は出来ない。だからさっきの光線は模造品の鎧を貫通していなければおかしいのである。
そして、目の前の光景に困惑しながらも私はあるモノを視認し、ある事を理解する。
光景の中には壁があり……その壁には——
「ブラフかッ……!」
2つの穴、バトライルブラスターの破壊跡が残されていた。それが意味するのは先程の衝撃音はただのはったり——囮であった、という事である。
「リベァッ……からブラスターッ……追撃ィァァア!」
「つぐッ……がヅぃ!?」
気が付いた時にはもう遅く、模造品の鎧は既に跳躍、そして蹴りの動作の最中であり、振り返った瞬間私の側頭部は模造品の鎧の右足と衝突、吹き飛ばされ壁に全身を打ち付ける。そして模造品の鎧は即座に、追撃の銃撃により腹を貫き……更に跳躍、一瞬にして私の目の前に現れ、首を掴み、店の中央に向けて投げ飛ばした。
「ひぅッ……んぐぁッ……!」
床と衝突した際、鋭く尖った棚の破片が先程光線に貫かれた腹の傷にそのまま、穴を塞ぐ様にして突き刺さる。
「ぎッ……攻撃しない……?」
「……」
傷を抑えながら、痛みに悶えていると目の前に模造品の鎧が現れた。だけれど更なる追撃をしてくる事は無く、ただゆっくりと歩み寄り、私の耳元に口を寄せ、そして——
「次、殺すヨ」
「ッ……!」
と、そう冷たく、吐き捨てる様に囁き、そして姿を消失させた。
「来る……どこから……ぁあ……!?」
いつ、どこから来るか分からない……そんな死が確実に訪れる。両足と腹の痛みに耐えながらその恐怖に心をだんだんと侵食されていく。執行の日を待つ死刑囚はこんな気持ちなのだろうか。
「あッ……ぁぁ……!」
声が震える。この逃げる事の出来ず、死が確定しているこの状況に、私の精神は蝕まれ、血の気が引いていく。頭部が重量に強く引かれる様な、床に引き寄せられる様な感覚に襲われ、涙が溢れ出す。その涙は悲しみや恐怖、そんな直接的な要因によるモノではない。錯乱の果てに感情の処理が追い付かず、零れたモノ全てが涙という涙に私の中から溢れ出したのであった。
「リラッ……!」
俯いたまま、ただ呻き声を上げるのやめ、顔を上げ震える手でバトライルブラスターを構え、そして……
「リベラァ! りべァ! ッァァァァアア!」
やけくそになった様に声を張り上げ発狂し、何度も何度も、その引き金を引き、そして周囲の全ての鏡を破壊……光り輝く破片を舞わせる。破片は光を、他の破片が反射した光をまた反射し……そして店内を絢爛の煌めきに包む。
「まだァッ……まだ!」
「リベラッ……!」
狂乱に陥ったアーマードバトラーが銃撃をやめた時……その背後に模造品の鎧が現れ、アーマードバトラーの無防備な背に向け疾走を開始するであった——
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