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第6話 三蟲士の害虫達
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——スーパーからの帰り道、歩道
『おい旺夜、ポケットに入れるのが面倒臭いからって財布をレジ袋に入れるんじゃない、スられたらどうするんだ?』
別にいいだろそのくらい……ここは日本、こんな治安の良い所で盗まれたりなんてするわけないだろ?
『それはそうかもしれないが……』
「俺達はヒーローだ、ヒーローが守るべき相手を疑ってどうすっ……靴紐っ……」
靴紐が解けてしまっている事に気が付き、ガードレール上にレジ袋を置いてしゃがみ、靴紐を結ぶ。
『だらしねぇな……』
「中々気付けないんだよなこれ……っし結べ……ん?」
結び終わり、立ち上がった時だった。
「あれ……あ」
『あ……』
ガードレールの上からレジ袋が消え、そして5m程先を走るバイクのハンドルにレジ袋が下げられていた……そう、つまり……
「ひったくられた!?」
『早速盗まれてんじゃねぇよ!』
「ちっ!」
俺の声に、バレた事に気が付いた男はバイクを更に加速させ、車の隙間を通り去っていく
『走れ!』
「うぉぉおお!」
走る……追いかける、走った後の腹痛や疲労を考えずに爆走する。
肉、野菜、財布、それだけの為に歩道を駆ける。
「そのそれだけでしばらくの俺の運命が決まる……!」
取り返さず、そのまま逃がしてしまったら当分は俺が掃除、洗濯等の全てやらされる事になるだろう……料理だけは大牙が絶対にやるけども。
『おい旺夜! もう変身しちまおう!』
「こんな人前で変身出来るわけないだろ!」
こんなしょうもない事で……いや、重要な事ではあるのだが、正体バレするならもっと大事な場面、展開でしたい。
『大牙にバレた時ってそんなに大事な場面だったか?』
あれは……ほら、あの後に重要な展開があったから問題無い。
それに、身内にバレるのと世間……世界にバレるのでは話が違ってくる。
「っ……なぁヘクス! 足だけを変身させるとか出来ないか!?」
『出来るかどうか、それに関してはやってみなきゃ分からないが……』
「本当か!? なら頼む……!」
身体の1部のみを変身させる、それが出来るのならアーマードへクスの姿を目撃される事無く一般人の救助が可能になる……ひったくられた事自体は不幸だったが新しい発見が出来た、そこだけは幸運だったな。
『いや、多分足の重量に耐えれず身動きが取れなくなるぞ』
「ダメじゃねーか!」
不幸中の幸い、そんなものは存在しなかったらしい。
「っまずい……!」
バイクは残り10秒程度で曲がり角、俺のいる歩道とは反対側へと曲がる地点に辿り着いていた。
俺から30m先の横断歩道、その青信号は既に点滅している……つまり曲がられたら追い付く事は不可能と言っていいだろう。
「だから……絶対に曲がる前に追い付かなければならない……!」
そう、自らを鼓舞する様に言った……が、人間の足でバイクに追い付く、又は1秒で30mを走り切る、そんな事は当然不可能だった。
「くそがっ……!」
バイクが……男が……食材、そして財布が曲がり角に到達しようとした、その時だった……
「っ!?」
全てを薙ぎ払う台風の様な、風を切り裂く音が聞こえ、その音に気が付いた瞬間……音が俺に到達する前に、背後から白いバイクが俺の事を追い抜いていた。
「なんだあいつ……っ!?」
疾風の様なバイクは周囲の車、バイクの間をすり抜け、そして黒いバイクの前へと割り込み停車した。
「うぉぉあっ……ぁがあ!」
突然の事に黒いバイクの男は驚き、焦ってバイクを止めようと車体を回し横転……男はバイクと地面に右足を挟まれた。
「っ……何すんだてめっ……」
「お前を、悪をこらしめようとしている、それくらい分かるだ……ろ!」
「がぐぃ……っ……」
足を挟まれた男に睨まれた男は……黒いコートを着用し、黒光りする革手袋を身に付ける黒髪ロン毛の男が白いバイクから降車、容赦なく男の頭を踏み付けた。
男は悲鳴を上げる寸前、白目を剥いた。
脳に強い衝撃を受け気絶したのだろう……しばらくは目覚めないな……可哀想だけど自業自得、悪い事をしたら帰ってくるものだ。
『あれ気絶どころじゃないぞ?』
「え……なっ!?」
ヘクスの言葉通り、気絶をしているだけではなかった……
白い眼球と瞼の隙間、耳、花、口から赤い……鮮血が流れ、溢れ出していた。
分かる、視界からの情報から理解出来る……理性によっとも、本能的にも分かってしまった……
『死んでるな、表皮や頭蓋骨は傷つけずに脳みそだけぐしゃぐしゃにぶっ壊してやがる……確実に命を潰す為だけの攻撃だな』
「っ……おいあんた!」
『おい近寄るんじゃっ……』
俺の仕事のは害虫駆除……だが俺がやりたい事は人助けだ、人が目の前で殺されたなら行く、自分の為に行きたいんだ……
『はぁ……危なくなったら俺の力使えよ』
「使えるわけないだろ馬鹿が……っおいお前!」
ガードレールを飛び越え、車から降り野次馬達の間をすり抜け男の……人殺しの前に立った。
「ん……あぁ、鞄の持ち主の……安心しろ、仲間の肉や野菜に傷は付いていないはずだ」
「そういう事じゃない……!」
僅かに……出来る範囲で柔らかくした表情で地面に落ちた袋を拾い、差し出す男を睨み、声を荒らげる。
善意を拒む様で罪悪感はある、だがこいつは人を殺した……軽蔑をしても何も問題は無い。
「そういう事じゃない……なら、どういう事なんだ?」
「お前は人を……人間を殺した、俺はその事でお前と話をっ……」
「……? こいつは悪だ、悪はいない方がいいだろう?」
男はそう、当然の様に……俺の言葉を理解出来ない、そんな風に言う。
「は……? 悪だからって……っ命をなんだと思って……」
「お前だって悪を殺しているはずだ、それも同族を……半分だけとはいえ自分の同種族の命を破壊している」
同種族……半分、同じ存在の命を……ガイセクトを殺す、半分がガイセクトの……
「っまさか……!?」
『完全にバレてるな』
半分がガイセクト、そしてもう半分が人間……更にガイセクトを殺しているのは一人しかいない……俺だ、アーマードヘクスだ……
「なんでお前がその事を……」
「教えられたんだ、なんだったかあの男……黒い、白衣の……」
俺を知っている黒い白衣の男、そんなものは1人しかいない。
「脚本家か……」
「そう、脚本家、あの人間が教えてくれた……お前がアーマードヘクスの適応者であると」
「適応者……?」
「っと、今は逃げた方が良さそうだな、捕まると揉み消すのに時間がかかる……」
パトカーのサイレンを聞いた男はそう言ってバイクに跨り……
「俺の名は一郷 戦志、悪を憎む戦士だ……」
自分の名を名乗り、ハンドルを回し発進させた。
「……なぁヘクス、適応者って何か分かるか?」
『あいつが……そうか……』
「ヘクス?」
ヘクスは脳内に何か、意味深な言葉を響かせていた。
『いや、なんでもない……俺達もさっさと逃げよう』
「……そうだな」
袋を手に持ち、走り出した……
あの男との、悪を憎む男との出会い、ここから物語は……あいつの願った運命は新章を迎えたのだった。
——ターン1階
「ただいまー……」
「ようやく帰ってきたか……!」
白いバイクの男の件から数十分、俺がターンに戻ると焦った様な大牙の声が聞こえてきた。
「なんかあったか?」
「連絡したんだが見ていなかったのか……とにかく早く上がって来い!」
何か問題でもあったのだろうか……大牙が焦る様な事はガイセクト、また以前の様に自らの記憶に関する煽りを受けた時くらいだ……だが取り乱している様子ではない……となると大牙は何故焦っている、何が起こったんだ……?
『なぁ……旺夜、前から気になってたんだがこのぐるぐる回る階段……登りにくく、急で転びやすそうなのに何故よく使われているんだ?』
1段目に足を進めた時、ヘクスが思い出した様に問いかけてくる。
ぐるぐる回る階段……螺旋階段だな、この種類の階段の名称は螺旋階段、同じ様に回転し……横移動の位置自体はあまり変わらず、だが縦移動の位置は大きく変化させる事が出来る。
『じゃあつまり、移動を早く済ませられるからよく使われている……という事か?』
いや別に、普通の……一直線に、空間を斜めに移動する階段と登る速度は変わらないと思う……むしろ狭い場所……ここの、ターンの螺旋階段の方が登りずらい分時間がかかるな。
『無駄でしかねぇじゃないか、何の為に螺旋階段にしたんだ……?』
まず螺旋階段は本来、広く、高い建物に合うんだ。
見栄えも良く、緩やかな為疲労も少なく、様々な位置からフロアへ移動する事が出来る……それに広ければ段差も急にはならないから螺旋階段の弱点も消える。
『適材適所、っていうやつだな』
最近誕生したばかりなのによく知ってるなそんな言葉。
『別に最近生まれたわけじゃ……いやその事はどうでも良いか……俺の知識量はお前の知識量に依存する、だからお前が知っているから俺が知っている』
なるほど……確かに、思考を共有しているんだから知識量も共有されているのが自然だよな。
『……じゃあ結局、なんでここで螺旋階段を使っているんだ? 狭い所じゃ使いにくいんじゃないか……?』
いや、狭い場所でも螺旋階段は活きるんだよな。
普通の階段って結構スペース取るんだよ、けど螺旋階段は横移動はせずに上がっていくから少ないスペースしか使わない……だから狭い場所にも合うんだ。
更にインテリアとしての役割も果たしてくれるからな。
『なるほど……どんなものもちゃんと意味があってそこに存在しているんだな』
まぁ何の意味も無く存在してる無駄な物も色々あるけどな。
「っと……」
何故ターンは螺旋階段を設置しているのか、その疑問への答えに辿り着くと共に、俺は2階に辿り着いた。
「一体何が……っなんだこれ……!?」
ターン2階、そこに普段の日常の光景は無かった。
日常の光景はそう……目立つゴミだけを掃除し、所々が汚れていて、俺が普段睡眠用に使っているベットが……あった、はず……
「なんでこんな綺麗な状態に成り果てているんだ……」
「人が頑張った物を成り果てたとか言うな」
2階は、部屋の中は隅々まで完璧に掃除され光沢すら放ち、買ったはいいが一切使われてこなかった2つのソファーが机を挟んで向かい合っていた。
「俺のベットは……」
「破壊した、これからはソファーで寝ろ」
「嘘だろ……!?」
「まずお前だけがベットを使っている、その状況の方がおかしかったからな」
「っ……」
ぐうの音も出ず、何も反論出来ない。
『確かにお前だけがベットなのおかしいよな』
思考を共有している相手にも言われてしまった。
「……で? なんでいきなり大掃除をしたんだ?」
ベットが破棄された事は納得出来た、それはもう良いのだが、問題は理由だ、何故急に掃除し始めたのか……その理由が気になる。
「幹部が来る……!」
「え……」
「組織の幹部がいきなり来るって連絡をしてきた……!」
納得の理由だった。
「今まで幹部が来た事なんて1度も……」
「理由は分からないが綺麗にしておかなければならない」
「そうだな……ってか生依は?」
ターンに居るのであれば俺が帰ってきたタイミングで飛び出してくるはずだ。
「あいつがいると面倒な事になりそうだから外に出しておいた、いつもとは違うスーパーにお前が居ると伝えておいたからしばらくは帰ってこないだろうな」
「流石に可哀想だろそれは……」
『ひっでぇな』
10年前からそうなんだが大牙って生依に対して辛辣、というか心を許していない感じが少しするんだよな……本能的に合わないのだろうか。
「仕方ないだろ、もし幹部がお前に対して何か良くない事を言ったら生依は幹部を殺すだろうからな」
「いや流石に……っ!」
「来たか!」
大牙の生依への解釈に反論しようとした、その時だった……ターン1階からドアの開かれる音……幹部の入店する音が聞こえてきた。
「姿勢は良くした方がいいよな……!?」
「当たり前だろ」
一歩……また一歩と、幹部が螺旋階段を登る音が聞こえてくる。
ゆっくりと、階段に足を強く押し付け登って来る。
「しまった……!」
「どうかしたか……!?」
「菓子を買ってこいと連絡したんだがお前、連絡見てなかったから買えてないよな」
「まじかよ……!」
緊張し、焦る俺と大牙へと幹部はどんどんと近づいて来る……螺旋階段の中央の柱に足音が……ブーツのものと思われる音が響き、俺達の元まで伝わってくる。
そして、到達した……螺旋階段を登り切り、同じ回転の繰り返しにより階段を登り切り……幹部は現れた……
初対面、そう思っていたのだが違っていた……幹部は、現れた男は……
「なっ……」
『……』
悪を憎む男、一郷 戦志だった。
——遠くのスーパー
「いない、おかしい……どこにもいない……」
私は……這寄 生依はスーパー天井の照明を掴み、店内を見渡していた。
手のひらが熱く、紙やすりで擦り付けられる様な痛みが走る……だが旺夜を見つける為なら、旺夜と一緒になる為なら……何という事は無い。
「……」
この位置からの死角はほとんど存在しない、トイレからもさっき、1人の少年が出てきた所を確認した……つまり確認漏れは無い。
今、このスーパーに居る客は65人……その中に
「おう……旺夜さんならここには居ませんよ?」
「っ!?」
存在した……さっきまでは存在していなかったはずの、私が認識出来ていなかった1人が存在していた……
「どうもどうも、はじめまして……這寄 生依さん?」
スーパーにいたのは66人だった……その、66人目は、白いミニスカート、その下に白タイツを着用し……鮮やかとは言えないような、でも美しい……春が去れば散り、消えてしまう様な儚い桜色のショートヘアーと萌え袖の上着……そして瞳を持った少女だった。
桜色の瞳、といえば可愛らしい聞こえるが……だがそんな弱々しい……人間的なものではなく、感情の感じられない……無機質な……何も映さない、一色に塗り潰された紙の様に見えた。
桜色の彼女が何者かは分からない……だが、彼女が旺夜がここにいない、その理由を作った原因可能性があるのだとしたら……私のやるべきはただ1つ、それだけしか存在しない……!
「お前をぶっ飛ばして旺夜の居場所を聞き出す! うるぁぁぁあ!」
私はそう叫び、照明から手を離して少女に向かい落下……その勢いと合わせて蹴りを上から下方向へと放った……普通の人間ならこれでしばらくはダウンする、最低でも、どんな人間でも1時間は目覚める事が出来ない……はずだった……
「なっ……!?」
「おやおや、いきなり……確認もせずに攻撃をしてくるとは……話には聞いていましたが想像していた以上に凶暴みたいですねぇ……いや凶暴、というより猪突猛進……恋に盲目、旺夜さんの事しか考えられないといった感じのようですね」
少女は袖に覆われた腕で軽く防ぎ、表情を一切歪めず……それどころか余裕に溢れた様な、微かに煽っている様な声を出した。
「っ……旺夜はどこなの……!」
少女の腕を蹴って跳躍し、空中で身体を回転させ着地し問いかける。
「既に帰っています、入れ違いにでもなったのではないでしょうか?」
「……分かった」
少女の言葉は、聞いた雰囲気……感じた雰囲気からして半分が真実であり半分が偽りの様だった。
だが既に帰っている、この部分は確実に、真実だと感じられた。
「嘘の部分は見逃すよ……旺夜がどこにいるのか分かるなら何でもいいからね」
そう一言、警戒した様に……警告した様に言って少女の横を通り去った。
「いってらっしゃいです……」
少女は振り返り、片腕を上げ……そして……
「女王様」
微かに口角を上げ不気味な笑みを作り、生依には聞こえない程度の声でその言葉を放った……
——ターン2階
「はじめまして、俺……私は二双 大牙、殲滅隊NO.2……アーマードシュランテの装着者です」
大牙はそう、丁寧な口調で、机を挟んだ向かい側のソファーに座る幹部……一郷 戦志に自らの情報を伝える……自己紹介をした。
「……」
「っお前も自己紹介しろ相手は幹部だぞ……!?」
「おぁぁそうだった」
幹部が一郷だった事への……というより人を殺していた一郷が人の命を守るはずの組織、その幹部だった事への衝撃で自己紹介を忘れていた。
「俺は兜……」
「言わなくても大丈夫だ、お前の情報は全て知っている、完全に……見落とし無く記憶している。」
「流石幹部……隊員の情報は把握しているというわけか……」
大牙は一郷に対し、感心した様な言葉を漏らすが多分違う……一郷が俺の事を全て覚えているのは幹部だからではない、俺がアーマードヘクスである……その事を知っているからだ。
「さて……早速だが本題に移ろう」
一郷はそう言って2つの、銀のツールケースを机の上に、菓子を挟む様にして置いた。
左側……俺の目の前に置かれたケースからは親近感……と言えば良いのだろうか、何か近しい物を感じる。
『俺の力に似たものを感じるな……』
どうやら俺の感覚は正しかったらしい。
また脚本家が、マッハビートラーと同じ様にアーマードヘクス用の装備でも作ったのだろうか。
「……そういえば這寄 生依の姿が無いな……左の方は彼女に渡さなければならなかったんだが……」
「っ……!」
一郷のその言葉に、大牙は頬に汗を流す。
生依をハブった罪への代償がやってきたらしい。
『お前も別に安全圏に居るわけじゃないからな』
そうなんだよな、何か言い訳を考えないとマズイ……
「……這寄 生依は現在……」
大牙が何か、言い訳をしようと口を開く……その瞳は震えず、真っ直ぐと、まるでこれから真実を語ろうとしているかの様に一郷の瞳を見つめていた。
「買い出しに行っています」
「っ……」
『あ』
「ほう……買い出し、か……」
俺は買い出し途中に一郷と会っている……いくらポーカーフェイスが上手くても、大牙は確実にバレる嘘をついてしまった。
「……まぁいい、左のは這寄 生依が帰ってきたら渡してくれ」
「分かりました」
大牙は一郷に嘘をついたとバレた、そんな事には気が付かず……山場を一つ越えた様な声で返事をする。
「……それじゃあ右側の方だな」
一郷はそう言い、右側のケースを膝の上に置き、開いて中身が見える様に俺達に向けた……その、中に入っていた物は……
「これは……」
「コオロギやムカデ、ダンゴムシなどの強力なガイセクトにもダメージを与える事の出来る新たな装備……名をヘクスラッシャー……ヘクスの意味は分からないが、まぁ脚本家の趣味に関係しているのだろう」
赤い、血に濡れているのではなく血そのものを凝固させて作り出した様な、そんな刃を持つナイフ……ヘクスラッシャーだった。
『アーマードヘクスが俺達だと知っている事は大牙には明かしたくないらしいな』
まぁ、明かさない方が会話がスムーズに進むからな。
「ヘクス……旺夜用の装備という事か」
「脚本家によればそうらしい、君はアーマードシュランテになれる……バランス調整には良いんじゃないか?」
いや、武器一つで人間とアーマードのバランスを跳躍出来るはずがない……この言葉の意味は、双剣を使えるアーマードシュランテと拳のみで戦闘していたアーマードヘクスのバランスが取れる、という事なのだろう。
「さて……これで目的は果たした、俺は別の任務に向かわせてもらう」
「この度は殲滅隊の為に時間を割いていただきありが……」
「1つ言っておく、俺は買い出し中の兜輝 旺夜と会っている」
「なっ!?」
「じゃあな……」
大牙の丁寧な口調は、階段を下る一郷の言葉によって簡単に崩された……その顔は青くなり、絶望感に包まれていく。
『おい旺夜! 普段冷静な奴が焦りまくってる姿ってクソ面白えなぁ!』
大牙には悪いがヘクスの言葉に共感出来てしまう……10年前からの殲滅隊の生活の中……いや、俺の人生の中でもトップレベルで面白いから今日、1日はそのまま焦っていてほしい。
——廃工場
「……そろそろだな」
人の居ない、寂れた、空虚な廃工場の中に男の声が、小さい声が反響し、響き渡り、段々と大きくなっていき……やがて消え去った。
——ターン2階
「はぁぁぁぁあ……」
大牙は俯き、両腕で頭を掴んで唸っていた。
「はぁ……別に大丈夫だろ、装備だって貰えたし」
「それはそうだけど……はぁ……まぁ、こんな程度の事で悩んでいたらヒーロー失格だよな」
女の子1人をハブって、それをバレて悩まないのもヒーロー失格な気はするが言わないでおこう。
「というか生依の迎えに行かないと……」
『ガイセクトの目撃情報を確認、シュランテバングに位置情報を送ったから、殲滅隊出動せよ』
サイレンが鳴り響くと共に、棒読み気味の脚本家の言葉が流れる……
シュランテバングを利用して命令が雑になった気がするが……まぁ、別にいいか。
「っし行くぞ大牙! 新兵器の力見せてやろうぜ!」
「あぁ行こうか……!」
俺と大牙は共に立ち上がり、そして新兵器……ヘクスラッシャーをこの手に掴んだ。
——廃工場
「っと、着いたけど……居ないな」
「どこかに身を隠しているのかもしれない、慎重に探すぞ」
廃工場の入り口、2つのマッハビートラーに搭乗した俺と大牙はそこに辿り着いた。
廃工場の中には、ぱっと見ガイセクトの姿は見当たらない……が、大牙の言う通り姿を隠している可能性が高い、身の安全を考えながら……
「先に変身しておいた方がいいかもな」
人間の状態で身を守るよりアーマードの状態で身を守る方が圧倒的に楽だ。
「そうだな……分かった、アーマっ……」
「変っ……」
俺と大牙がアーマードへと姿を変えようとした時だった……
「俺は隠れてなどいない……!」
「っ!?」
「どこだ……?」
どこか、廃工場の……白い光の射す寂れ、錆びれた灰色の空間の中、そのどこからか声が聞こえてきた。
人間の様であるが、害虫のはずの……聞き覚えのある、力強い声だった。
「俺は隠れてなどいない、たまたま光に呑まれただけだ……」
虫が光に飛び込み呑まれるのとは逆に、逆に、光が虫に飛び込み呑む様に……
「だがな……光は動く、自然現象は生物とは違い確実に動いてくれる……すぐに……いや、今見える様になる……!」
危機出現……突風と共に
「バッタか!」
「虫のくせして随分と豪華な衣装を着ているな……!」
「ただの虫、ガイセクトじゃあないからな……俺達は」
差し込み光は動き、そしてさっきまで照らされていた場所……廃工場の中央には立っていた。
バッタの様な頭部を持ち、黒いクロークの下半身部分を引きちぎった物を纏い……バッタの物と思われる両足を持った害虫が、そこには立っていた。
何故だろうか……バッタの頭部からは感情が感じられない、声からは感情が感じられるはずなのに、表情が読み取れない……人間でなくてもどんな生物でも表情は、感情はある……だがバッタの頭部は、そう……仮面の様だった。
「ただの虫じゃない……」
王以外の、ただの虫ではないガイセクト……
おいヘクス、何か知らないか?
『……知らないな』
「なら……さっさとぶっ飛ばしてやった方が安全だな……!」
正体不明な物は調べるより、すぐに破壊してしまった方が手っ取り早い。
「行くぜ大牙、ヘクス!」
「あぁ!」
「さぁ来い! アーマードヘクス……!」
戦闘態勢を取る俺の様子に、バッタはどこか高揚した様に叫んだ。
「変身!」
「アーマード!」
赤、青……そして緑、3つの仮面は解放された窓から差すプラチナの様に輝く光に照らされ、反射していた。
戦闘開始
「ハァァア!」
「セァァア!」
俺……アーマードヘクスとアーマードシュランテは二手に分かれ駆け出す。
俺の右手にはヘクスラッシャーが、
シュランテの左右の手にはツインサイザーが握られていた。
コオロギ以前の虫達なら、二手に分かれれば片方にだけ意識を向けもう片方が攻撃をする事が出来る……
「だがその方法は今のガイセクトには通用しない……!」
「「っ!?」」
俺とシュランテがバッタの真横方向に到達し、刃を構えた瞬間だった。
バッタは両腕を広げ、そしてクロークの袖の中からバッタの大群を、蝗害を……ガイセクトが存在する以前から人々を襲っていた虫害を解き放った。
「がぐっ……ぁぁあ!」
「うぐぁぁあ!」
白銀の光の中で蝗害は飛び回り、その羽根が、足が、胴体が……俺とシュランテの鎧と衝突する。
致命的な打撃、斬撃を与えてくる訳ではない……だが、一体一体が弱くても……全身に何度も何度も……そう、無限に小石をぶつけられている様に感じる。
このまま蝗害を受け続ければ変身を解除され、そして命を奪い取られる……だからバッタを、本体の害虫を殺さなければならない、が……
「どうやって殺せばいい……!」
蝗害により進行を邪魔され、バッタを殺す事はおろかバッタの元にまで到達する事さえ出来ない。
攻撃は最大の防御、
防御は最大の攻撃、
そのどちらでもない……攻撃により防御している訳でも防御により攻撃している訳でもなく、攻撃と防御が完全に、同時に存在している。
完璧の……無敵の攻撃……とはいかない、生身ならば絶対に勝てない、だが今、俺には武器がある。
「こいつを最高に活かせる場面だよなぁ!」
『フロガクフォス!』
『武器が喋りやがった!?』
「ただの機械音声だ気にするな!」
ヘクスラッシャーの柄頭に配置された赤のスイッチを押し、力強い機械音声が廃工場内に鳴り響いた瞬間、刃が赤く、熱く……草原を染め上げる炎のように輝いた瞬間……
「そんな機能があったのか……!」
ヘクスラッシャーの刃は白い業火を噴き出し、バッタを、一体一体焼き尽くして塵に変え、コンクリートを歪める。
バッタはその炎を見て驚く……驚いてはいたが動揺している様には見えなかった。
例えるのなら……そう、中身が分かっていないだけでビックリ箱だと、理解した上で開けている様な……そんな様子だった。
「さっきの能力は強かった……俺達人類にそんな力はない、けどな……人間には知恵がある! その知恵が作り出した兵器があればお前らガイセクトの能力を封じ込める事が……勝利する事が出来る!」
わざとらしく、能力を完封されたバッタを煽る様に勝利宣言を叫ぶ。
「決めるぞ旺夜!」
「あぁ……!」
バッタを真ん中に挟んだ俺とシュランテ、2人のヒーローは共に腰を低く落とす。
俺の、ヘクスの右足は赤く輝き……
シュランテの両足は青く輝く。
『「ヘクスターミネート!」』
『スタッグライティング』
「セァァア!」
必殺撃
ヘクスは跳躍しバッタに蹴りを放ち、
シュランテは跳躍、両足を開いた……
2人のヒーロー、その必殺撃がバッタに向かい放たれる……その時、バッタは反撃の素振りを見せずにただ俯いていた。
「お前の言う通りだ……人間の知恵は俺達ガイセクトの力に勝利する事が出来る……だがな……どんな事にだって、限界はある」
そして、人間の限界では勝てない……俺達には……
三蟲士の害虫達には
「ライァア!」
「っ!?」
「そんな馬鹿な……!」
俺達2人の必殺撃はバッタに放たれた、確かに喰らわせたはずだった……が……
「これがお前達の限界だ……!」
バッタには一切のダメージが通っていなかった。
俺の必殺撃も、シュランテの必殺撃も、バッタに……クロークに傷1つ付ける事が出来ていなかった。
「さぁ……見せてやろう、お前らの目指すべき、越えるべき第1の壁を!」
「っぎ……がらぁぁあ!」
「はっ……!? ばぃ……が……」
バッタはそう叫んで俺達の右足首を掴み、振り回して地面に叩きつけた。
バッタは明らかに手加減をしている……が、それでもその衝撃は俺達の持つ力と比べれば圧倒的だった。
地面にはヒビが走り、廃工場の窓が割れ、吹き飛ばされた……俺の背中は押し潰れ、シュランテの鎧は粉々に……木っ端微塵に砕け散り二双 大牙に姿を戻した。
「ばっ……ぅ……」
大牙は口、目、鼻、耳……毛穴、全身の全ての、体内へと繋がる隙間から血を流していた。
以前のひったくり男と同じ様子だった……そう、それはつまり……大牙は……俺の、仲間は……
死
『安心しろ旺夜! 大牙は死んでいない……凄まじい生命力だな……』
ヘクスが言うのならそうなのだろう……いや、納得出来るというより信じたい……
大牙は生きていると思いたい。
「はがぁっ……ハァァァ!」
無理やり身体を、闘志を立ち上がらせ、それと同時に背中の肉を……背骨を、1部の内臓を再生させる。
「流石は王の力……その様子だと変身していれば、肉塊1つからでも再生出来そうだな」
「肉塊になるのは……嫌だな」
嫌だ、けれど肉塊に成り果ててもそこから再生し再び人を守る為に戦える……その事実は嬉しい。
「それじゃあ第2ラウンド……行くぞ!」
アーマードヘクスは右腕のヘクスラッシャーを強く握り締め、自らの勝利を信じて走り出した……
「っ……?」
突然、バッタは右手を上げた。
クロークの袖に隠れて見えないが人差し指で指されている様に感じる。
何か、俺に対する警戒行為……何らかの技の準備をしているのだろうか。
そう、走りながら考えていた……自分の身に何が起こっているのか気がついていなかった。
「あ」
俺の右腕は、ヘクスラッシャーは……宙を舞っていた。
赤い鮮血を噴き出し……空気が抜け飛び回る風船の様に、空中を回転し……最後には大牙の横の地面に落ち、廃工場の床に血の水溜まりを作り出した。
一瞬で、理解出来ない内に攻撃されていた……そう、ムカデ、そしてコオロギと戦った時の様に……アーマードヘクスでなかった頃の……
「あ……ぁぁ……」
無力感、俺はその恐怖を思い出してしまった。
「ぁぁっ……ぁぁあ!」
『ここまでとはな……想定以上の力だ……』
痛い、熱い……何より怖い……
俺は今、勝てないと考えてしまった。
「今のお前では俺に一切の攻撃を出来ない」
「っ……」
バッタの言う通りなのだろう。
俺は僅かなダメージも与えれず、ただ一方的に敗北する事となる、そう考える事しか出来なかった。
「だからお前は強くならなければならない、力が無ければ何も守れない……!」
バッタはゆっくりと後方へ、俺の事を見つめたまま後退りをする……戦いをやめるつもりなのだろう。
「それでも……」
今の俺では攻撃さえ出来ない、それは完全に理解した……でも、それでも……
「やっぱり一撃は与えないと気が済まない……!」
ヒーローとしてではなく、人間として……1人の男とし、てこのまま戦いを終わらせるのは、完全な敗北で終わらせるのだけは耐えらなかった。
「……ふっ……はははははは!」
俺の言葉を聞いたバッタは突然、吹っ切れた様に、愉快そうに高笑いをした。
俺の事を嘲笑う、というより心の底から今の状況を楽しみ……喜びを感じている様な、そんな笑い声だった。
「そうだ……それでいい……! それでこそアーマードヘクスだ!」
「ハァァァア!」
「ラィア!」
「っ……この程度!」
右腕を再生させて走り出した。
その直後に両腕を切り飛ばされるがそんな痛みは解さず、即座に両腕を再生させてバッタに向かい特攻する。
「ハァァッ!」
「命を失う事への恐れを忘れたらしいな!」
「ぁあが……!」
バッタの目の前……衝突する寸前に跳躍、そして右拳を構えた瞬間、バッタは回し蹴りを放ち、俺の腹は消し飛んだ。
バッタは命を失う事、つまり死ぬ事を恐れなくなったと言っているが違う。
今の俺なら、アーマードヘクスなら死ぬ事はほぼ無い……つまり不死だ。
だから防御をせずに攻撃を出来る、死ぬ事が怖いままでも特攻出来る。
「ハガァィァア!」
宙に舞った俺の上半身は怯まず、そのまま右拳をバッタの頭部に放ち、着地した下半身は即座にバッタの腹に蹴りを入れた……が……
「弱い……!」
「っ!? がぁぁあ!」
当然の様に攻撃は通じず、上半身は軽く、手の甲に弾かれただけで飛ばされ、壁と衝突し……下半身はつま先で蹴られ吹き飛ばされた。
「がっぁぁぁ……ルァァァア!」
「まるで獣だな! 確かに不死性を持っているなら合理的と言える……」
瞬時に下半身を生やし、壁を蹴り飛ばして唸り叫びながら襲いかかる俺を見て、バッタは陽気な声で言う。
「だが……! たとえ何度でも戦えようと圧倒的な力を持つ相手には知恵を扱わなくては勝てない! 犬ではライオンに勝利出来ない様にな!」
「かっ……はぎ!」
バッタは跳躍、空中で高速回転しその最中に俺の背中を蹴り落とした。
そして追撃と言わんばかりに、俺の背中に着地し落下の衝撃による右足の打撃を与えてくる。
「っ……ハァァッ!」
「抜け出せないよなぁ……! まだ弱いのに獣になろうとしたお前に、強い……力を持つ俺から逃れる事なんて出来るわけない……!」
両腕で地面を掻き、バッタの右足から抜け出そうとするが、足の裏と背は1ミリたりともズレなかった。
「だからお前は強くならなければならない! 俺を……全てを圧倒出来る、そんな最強の力を持つ、アーマードヘクスにならなければならない!」
「アーマードヘクスには……!」
『もうなっている』
「……っまさか!?」
バッタの言葉を聞いて……腹が立った、何か、1発ダメージを与える前に驚かせでもしなきゃ我慢が出来ない……!
俺は両腕で、赤い仮面を……ヘクスの頭部を鷲掴みにし、そして……
「はァらぁヴァァァ!」
頭部を引きちぎり、今のヘクスの身体に残された余力全てを注いで投げ飛ばした。
頭は空中で高速回転し、床、壁、天井その全てに向けて赤い血を噴き出す。
「ヴィィッ……ばぁぁぁ!」
「思考は大分人間をやめてきているらしいな……」
頭部が地面と衝突する寸前、ヘクスは身体を生やし着地する。
新たな身体を生み出した事で力は蘇り、再び全力で戦える様になっていた……そうするのが戦いにおいては最善のはずだった。
だがヘクスは、俺は右腕だけは切り落とされた後の状態で肉体を再生させていた。
「肉体より先に思考回路がガイセクトに……」
「違う……俺はガイセクトじゃない!」
バッタが言い切る前、その言葉を邪魔し、そして否定する。
「俺はヒーローだ! ヒーローだから、悪を倒す為ならなんだってしてみせる……!」
そう、自分自身の誇りを見せつけるように言葉を放った。
「悪を倒す為に……なんだって……悪を、倒す為になんだってしてみせる……悪を……」
「どうした……怖気づきでもしたか!?」
『それはないだろうな』
「こういうのは煽っておけばいいんだよ……!」
俺の言葉を聞いたバッタは思考回路に異常をきたしたの様に、呆然とし、俺の言葉を繰り返して口ずさむ。
その様子は傍から見ればバグを起こした、壊れてしまった様に見えた……だが、何故だろうか……バッタは、目の前に立つその命から果てしない程に、大きな、底知れない感情……喜びを感じた。
「それが聞きたかった……その言葉が! お前が、兜輝 旺夜! お前こそがアーマードヘクスだったんだな!」
「何を今更……!」
『こいつの言うアーマードヘクスは多分お前の考えるアーマードヘクスとは違うぞ』
バッタと俺にとってのアーマードヘクスの差……いわゆる認識の違い、という事なのだろうか。
「もう満足だ……不安も無くなった……今日はこれで、本当に終わりにしようか」
「待て……」
俺に背を向けようとするバッタを引き止める。
「そういえば1度だけでもダメージを与えると言っていたな……悪いがそれはまた今度に……」
「いいや今回だ……!」
切断面をバッタに見せつける様に右腕を前に出す。
既に切断面の出血は収まり、徐々に塞がり始め……このまま放置すれば右腕を持たないまま一生を過ごす事になりかけていた。
「諦めろ、今のお前には……」
「再生……!」
「何を……」
バッタが一瞬、不安感を……俺の様子から僅かな違和感を感じたらしい……
「っまさか!?」
バッタは俺の……俺達の狙いに、知恵に気が付き振り返った……が、もう遅かった、完全に手遅れ……知恵比べにおいて、バッタは完全に敗北したのだった。
「お前……俺に無理でも俺達なら出来る……!」
その言葉を放ったのはアーマードヘクスでも、バッタでもなく……
二双 大牙の声だった
その左手はアーマードヘクスの……再生し本体へ帰ろうとする右腕を掴み、右手は人類の知恵が作り出したヘクスラッシャーを握りしめていた。
ヘクスラッシャーの刃は振り返ったバッタの、クローク越しの腹部と衝突し……再生の勢いと、クロークの耐久力が弾き合っている。
「それだけじゃ俺はっ……」
「「これだけじゃぁない!」」
『フロガクフォス』
「はがぁっ……!?」
大牙は柄頭のスイッチ、そして柄のトリガーを引いた事により、ヘクスラッシャーの刃は赤く、白く……そして紺碧の青へと到達し、深海の様な暗い、青い炎を放った。
炎は大牙の肌を、バッタのクロークを焼き焦がす。
そしてその炎の輝きは廃工場内を包み、外部までも照らした。
「生身でっ……!? 馬鹿かお前っ……」
「馬鹿じゃなきゃっ……こんな仕事なんっ……てやってねぇよ……」
馬鹿じゃなきゃ、自分の命を守れる様な賢い人間だったなら、こんな危険な仕事なんてしているはずがない。
「旺夜も俺も馬鹿だ! けど……それでも……!」
それでも考えて、馬鹿なりに精一杯生きている。
「お前達を、ガイセクトを殲滅する為に!」
「がっ……!」
そう、叫んだ瞬間……クロークのヘクスラッシャーの刃との接地面は赤く、白くなり……そして溶解、僅かな隙間を作り出し、ヘクスラッシャーに腹を斬り裂けさせた。
「っ……一撃……喰らわしてやったな……」
右腕と共に俺の前に辿り着いた大牙はそれだけ言って倒れ、その手からヘクスラッシャーを離した。
「……っどうだバッタ野郎! 宣言通り一回だけでもダメージを与えた……これが人間の知恵の力だ!」
バッタに向かい指を指し、煽る様に、わざとらしく言ってみせる。
「はっ……はははは……! やはりお前が……アーマードヘクス……」
バッタはゆっくりと後退りをしながら、腹から緑の血を噴き出しながら……
「俺達の王、そして俺の……」
そう言い放ち、溶解した窓から差し込む光に身を包んだその一瞬の内に姿を消した。
「……ヘクス、あいつの言っていた……三蟲士ってのはなんだ?」
『知らないな』
「あいつはお前が王だと知っていたみたいだけど」
『自分達の王を知っているのは当然だろ?』
ヘクスは言葉を詰まらせる事無く、自然に答える。
「ならどうしてガイセクトは俺達に襲いかかる、バッタ以外は知らないんじゃないか? つまりバッタはお前にとって何か重要な……」
「それより、早く大牙を何とかした方がいいんじゃないか?」
「っ……」
今、ヘクスは完全に話題を逸らした。
それはつまり今俺が問いかけている内容はヘクスにとって不都合な事という事になる……もっと追求するべき……だがヘクスの言う通り大牙を早く本部の医務室に連れて行くべきだった。
「いつか聞き出すからな」
それだけ言ってアーマードヘクスを、赤い鎧を粒子に戻してから、大牙を担ぎ歩き出した。
——
「兜輝 旺夜と二双 大牙か……」
月光に照らされたビルの屋上、そこに腰掛けるバッタはクロークの穴、そして腹の傷を撫でながら2人の名を呟く。
その声に敵意は無く、嬉しさや期待感が含まれていた。
「大牙が貴方に傷を付けたと聞いたけど、本当?」
突然、月光にとっての死角……暗闇が輝き、その中から現れたそれは……青い頭部に両腕両足のみを隠すクロークを纏った蝶の怪人が現れ、バッタに問いかける。
「あぁ本当だ、大牙に関してはあまり意識していなかったから意外だったな」
「私は大牙の方が危険だと……言い方が悪かったわね……強力だと思っていたから意外でも何でもなかったからしね」
「まぁお前にとっては大牙が1番だろうな……けど……」
バッタは蝶から視線を逸らし、10年前の暗闇とは同形状であり真反対の色と輝きを持つ月を見上げ……そして、仮面を、バッタの仮面を外した……現れたのは、バッタの正体は……
「やはり俺にとって重要なのはアーマードヘクス、兜輝 旺夜だ……」
悪を憎む男、一郷 戦志だった。
『おい旺夜、ポケットに入れるのが面倒臭いからって財布をレジ袋に入れるんじゃない、スられたらどうするんだ?』
別にいいだろそのくらい……ここは日本、こんな治安の良い所で盗まれたりなんてするわけないだろ?
『それはそうかもしれないが……』
「俺達はヒーローだ、ヒーローが守るべき相手を疑ってどうすっ……靴紐っ……」
靴紐が解けてしまっている事に気が付き、ガードレール上にレジ袋を置いてしゃがみ、靴紐を結ぶ。
『だらしねぇな……』
「中々気付けないんだよなこれ……っし結べ……ん?」
結び終わり、立ち上がった時だった。
「あれ……あ」
『あ……』
ガードレールの上からレジ袋が消え、そして5m程先を走るバイクのハンドルにレジ袋が下げられていた……そう、つまり……
「ひったくられた!?」
『早速盗まれてんじゃねぇよ!』
「ちっ!」
俺の声に、バレた事に気が付いた男はバイクを更に加速させ、車の隙間を通り去っていく
『走れ!』
「うぉぉおお!」
走る……追いかける、走った後の腹痛や疲労を考えずに爆走する。
肉、野菜、財布、それだけの為に歩道を駆ける。
「そのそれだけでしばらくの俺の運命が決まる……!」
取り返さず、そのまま逃がしてしまったら当分は俺が掃除、洗濯等の全てやらされる事になるだろう……料理だけは大牙が絶対にやるけども。
『おい旺夜! もう変身しちまおう!』
「こんな人前で変身出来るわけないだろ!」
こんなしょうもない事で……いや、重要な事ではあるのだが、正体バレするならもっと大事な場面、展開でしたい。
『大牙にバレた時ってそんなに大事な場面だったか?』
あれは……ほら、あの後に重要な展開があったから問題無い。
それに、身内にバレるのと世間……世界にバレるのでは話が違ってくる。
「っ……なぁヘクス! 足だけを変身させるとか出来ないか!?」
『出来るかどうか、それに関してはやってみなきゃ分からないが……』
「本当か!? なら頼む……!」
身体の1部のみを変身させる、それが出来るのならアーマードへクスの姿を目撃される事無く一般人の救助が可能になる……ひったくられた事自体は不幸だったが新しい発見が出来た、そこだけは幸運だったな。
『いや、多分足の重量に耐えれず身動きが取れなくなるぞ』
「ダメじゃねーか!」
不幸中の幸い、そんなものは存在しなかったらしい。
「っまずい……!」
バイクは残り10秒程度で曲がり角、俺のいる歩道とは反対側へと曲がる地点に辿り着いていた。
俺から30m先の横断歩道、その青信号は既に点滅している……つまり曲がられたら追い付く事は不可能と言っていいだろう。
「だから……絶対に曲がる前に追い付かなければならない……!」
そう、自らを鼓舞する様に言った……が、人間の足でバイクに追い付く、又は1秒で30mを走り切る、そんな事は当然不可能だった。
「くそがっ……!」
バイクが……男が……食材、そして財布が曲がり角に到達しようとした、その時だった……
「っ!?」
全てを薙ぎ払う台風の様な、風を切り裂く音が聞こえ、その音に気が付いた瞬間……音が俺に到達する前に、背後から白いバイクが俺の事を追い抜いていた。
「なんだあいつ……っ!?」
疾風の様なバイクは周囲の車、バイクの間をすり抜け、そして黒いバイクの前へと割り込み停車した。
「うぉぉあっ……ぁがあ!」
突然の事に黒いバイクの男は驚き、焦ってバイクを止めようと車体を回し横転……男はバイクと地面に右足を挟まれた。
「っ……何すんだてめっ……」
「お前を、悪をこらしめようとしている、それくらい分かるだ……ろ!」
「がぐぃ……っ……」
足を挟まれた男に睨まれた男は……黒いコートを着用し、黒光りする革手袋を身に付ける黒髪ロン毛の男が白いバイクから降車、容赦なく男の頭を踏み付けた。
男は悲鳴を上げる寸前、白目を剥いた。
脳に強い衝撃を受け気絶したのだろう……しばらくは目覚めないな……可哀想だけど自業自得、悪い事をしたら帰ってくるものだ。
『あれ気絶どころじゃないぞ?』
「え……なっ!?」
ヘクスの言葉通り、気絶をしているだけではなかった……
白い眼球と瞼の隙間、耳、花、口から赤い……鮮血が流れ、溢れ出していた。
分かる、視界からの情報から理解出来る……理性によっとも、本能的にも分かってしまった……
『死んでるな、表皮や頭蓋骨は傷つけずに脳みそだけぐしゃぐしゃにぶっ壊してやがる……確実に命を潰す為だけの攻撃だな』
「っ……おいあんた!」
『おい近寄るんじゃっ……』
俺の仕事のは害虫駆除……だが俺がやりたい事は人助けだ、人が目の前で殺されたなら行く、自分の為に行きたいんだ……
『はぁ……危なくなったら俺の力使えよ』
「使えるわけないだろ馬鹿が……っおいお前!」
ガードレールを飛び越え、車から降り野次馬達の間をすり抜け男の……人殺しの前に立った。
「ん……あぁ、鞄の持ち主の……安心しろ、仲間の肉や野菜に傷は付いていないはずだ」
「そういう事じゃない……!」
僅かに……出来る範囲で柔らかくした表情で地面に落ちた袋を拾い、差し出す男を睨み、声を荒らげる。
善意を拒む様で罪悪感はある、だがこいつは人を殺した……軽蔑をしても何も問題は無い。
「そういう事じゃない……なら、どういう事なんだ?」
「お前は人を……人間を殺した、俺はその事でお前と話をっ……」
「……? こいつは悪だ、悪はいない方がいいだろう?」
男はそう、当然の様に……俺の言葉を理解出来ない、そんな風に言う。
「は……? 悪だからって……っ命をなんだと思って……」
「お前だって悪を殺しているはずだ、それも同族を……半分だけとはいえ自分の同種族の命を破壊している」
同種族……半分、同じ存在の命を……ガイセクトを殺す、半分がガイセクトの……
「っまさか……!?」
『完全にバレてるな』
半分がガイセクト、そしてもう半分が人間……更にガイセクトを殺しているのは一人しかいない……俺だ、アーマードヘクスだ……
「なんでお前がその事を……」
「教えられたんだ、なんだったかあの男……黒い、白衣の……」
俺を知っている黒い白衣の男、そんなものは1人しかいない。
「脚本家か……」
「そう、脚本家、あの人間が教えてくれた……お前がアーマードヘクスの適応者であると」
「適応者……?」
「っと、今は逃げた方が良さそうだな、捕まると揉み消すのに時間がかかる……」
パトカーのサイレンを聞いた男はそう言ってバイクに跨り……
「俺の名は一郷 戦志、悪を憎む戦士だ……」
自分の名を名乗り、ハンドルを回し発進させた。
「……なぁヘクス、適応者って何か分かるか?」
『あいつが……そうか……』
「ヘクス?」
ヘクスは脳内に何か、意味深な言葉を響かせていた。
『いや、なんでもない……俺達もさっさと逃げよう』
「……そうだな」
袋を手に持ち、走り出した……
あの男との、悪を憎む男との出会い、ここから物語は……あいつの願った運命は新章を迎えたのだった。
——ターン1階
「ただいまー……」
「ようやく帰ってきたか……!」
白いバイクの男の件から数十分、俺がターンに戻ると焦った様な大牙の声が聞こえてきた。
「なんかあったか?」
「連絡したんだが見ていなかったのか……とにかく早く上がって来い!」
何か問題でもあったのだろうか……大牙が焦る様な事はガイセクト、また以前の様に自らの記憶に関する煽りを受けた時くらいだ……だが取り乱している様子ではない……となると大牙は何故焦っている、何が起こったんだ……?
『なぁ……旺夜、前から気になってたんだがこのぐるぐる回る階段……登りにくく、急で転びやすそうなのに何故よく使われているんだ?』
1段目に足を進めた時、ヘクスが思い出した様に問いかけてくる。
ぐるぐる回る階段……螺旋階段だな、この種類の階段の名称は螺旋階段、同じ様に回転し……横移動の位置自体はあまり変わらず、だが縦移動の位置は大きく変化させる事が出来る。
『じゃあつまり、移動を早く済ませられるからよく使われている……という事か?』
いや別に、普通の……一直線に、空間を斜めに移動する階段と登る速度は変わらないと思う……むしろ狭い場所……ここの、ターンの螺旋階段の方が登りずらい分時間がかかるな。
『無駄でしかねぇじゃないか、何の為に螺旋階段にしたんだ……?』
まず螺旋階段は本来、広く、高い建物に合うんだ。
見栄えも良く、緩やかな為疲労も少なく、様々な位置からフロアへ移動する事が出来る……それに広ければ段差も急にはならないから螺旋階段の弱点も消える。
『適材適所、っていうやつだな』
最近誕生したばかりなのによく知ってるなそんな言葉。
『別に最近生まれたわけじゃ……いやその事はどうでも良いか……俺の知識量はお前の知識量に依存する、だからお前が知っているから俺が知っている』
なるほど……確かに、思考を共有しているんだから知識量も共有されているのが自然だよな。
『……じゃあ結局、なんでここで螺旋階段を使っているんだ? 狭い所じゃ使いにくいんじゃないか……?』
いや、狭い場所でも螺旋階段は活きるんだよな。
普通の階段って結構スペース取るんだよ、けど螺旋階段は横移動はせずに上がっていくから少ないスペースしか使わない……だから狭い場所にも合うんだ。
更にインテリアとしての役割も果たしてくれるからな。
『なるほど……どんなものもちゃんと意味があってそこに存在しているんだな』
まぁ何の意味も無く存在してる無駄な物も色々あるけどな。
「っと……」
何故ターンは螺旋階段を設置しているのか、その疑問への答えに辿り着くと共に、俺は2階に辿り着いた。
「一体何が……っなんだこれ……!?」
ターン2階、そこに普段の日常の光景は無かった。
日常の光景はそう……目立つゴミだけを掃除し、所々が汚れていて、俺が普段睡眠用に使っているベットが……あった、はず……
「なんでこんな綺麗な状態に成り果てているんだ……」
「人が頑張った物を成り果てたとか言うな」
2階は、部屋の中は隅々まで完璧に掃除され光沢すら放ち、買ったはいいが一切使われてこなかった2つのソファーが机を挟んで向かい合っていた。
「俺のベットは……」
「破壊した、これからはソファーで寝ろ」
「嘘だろ……!?」
「まずお前だけがベットを使っている、その状況の方がおかしかったからな」
「っ……」
ぐうの音も出ず、何も反論出来ない。
『確かにお前だけがベットなのおかしいよな』
思考を共有している相手にも言われてしまった。
「……で? なんでいきなり大掃除をしたんだ?」
ベットが破棄された事は納得出来た、それはもう良いのだが、問題は理由だ、何故急に掃除し始めたのか……その理由が気になる。
「幹部が来る……!」
「え……」
「組織の幹部がいきなり来るって連絡をしてきた……!」
納得の理由だった。
「今まで幹部が来た事なんて1度も……」
「理由は分からないが綺麗にしておかなければならない」
「そうだな……ってか生依は?」
ターンに居るのであれば俺が帰ってきたタイミングで飛び出してくるはずだ。
「あいつがいると面倒な事になりそうだから外に出しておいた、いつもとは違うスーパーにお前が居ると伝えておいたからしばらくは帰ってこないだろうな」
「流石に可哀想だろそれは……」
『ひっでぇな』
10年前からそうなんだが大牙って生依に対して辛辣、というか心を許していない感じが少しするんだよな……本能的に合わないのだろうか。
「仕方ないだろ、もし幹部がお前に対して何か良くない事を言ったら生依は幹部を殺すだろうからな」
「いや流石に……っ!」
「来たか!」
大牙の生依への解釈に反論しようとした、その時だった……ターン1階からドアの開かれる音……幹部の入店する音が聞こえてきた。
「姿勢は良くした方がいいよな……!?」
「当たり前だろ」
一歩……また一歩と、幹部が螺旋階段を登る音が聞こえてくる。
ゆっくりと、階段に足を強く押し付け登って来る。
「しまった……!」
「どうかしたか……!?」
「菓子を買ってこいと連絡したんだがお前、連絡見てなかったから買えてないよな」
「まじかよ……!」
緊張し、焦る俺と大牙へと幹部はどんどんと近づいて来る……螺旋階段の中央の柱に足音が……ブーツのものと思われる音が響き、俺達の元まで伝わってくる。
そして、到達した……螺旋階段を登り切り、同じ回転の繰り返しにより階段を登り切り……幹部は現れた……
初対面、そう思っていたのだが違っていた……幹部は、現れた男は……
「なっ……」
『……』
悪を憎む男、一郷 戦志だった。
——遠くのスーパー
「いない、おかしい……どこにもいない……」
私は……這寄 生依はスーパー天井の照明を掴み、店内を見渡していた。
手のひらが熱く、紙やすりで擦り付けられる様な痛みが走る……だが旺夜を見つける為なら、旺夜と一緒になる為なら……何という事は無い。
「……」
この位置からの死角はほとんど存在しない、トイレからもさっき、1人の少年が出てきた所を確認した……つまり確認漏れは無い。
今、このスーパーに居る客は65人……その中に
「おう……旺夜さんならここには居ませんよ?」
「っ!?」
存在した……さっきまでは存在していなかったはずの、私が認識出来ていなかった1人が存在していた……
「どうもどうも、はじめまして……這寄 生依さん?」
スーパーにいたのは66人だった……その、66人目は、白いミニスカート、その下に白タイツを着用し……鮮やかとは言えないような、でも美しい……春が去れば散り、消えてしまう様な儚い桜色のショートヘアーと萌え袖の上着……そして瞳を持った少女だった。
桜色の瞳、といえば可愛らしい聞こえるが……だがそんな弱々しい……人間的なものではなく、感情の感じられない……無機質な……何も映さない、一色に塗り潰された紙の様に見えた。
桜色の彼女が何者かは分からない……だが、彼女が旺夜がここにいない、その理由を作った原因可能性があるのだとしたら……私のやるべきはただ1つ、それだけしか存在しない……!
「お前をぶっ飛ばして旺夜の居場所を聞き出す! うるぁぁぁあ!」
私はそう叫び、照明から手を離して少女に向かい落下……その勢いと合わせて蹴りを上から下方向へと放った……普通の人間ならこれでしばらくはダウンする、最低でも、どんな人間でも1時間は目覚める事が出来ない……はずだった……
「なっ……!?」
「おやおや、いきなり……確認もせずに攻撃をしてくるとは……話には聞いていましたが想像していた以上に凶暴みたいですねぇ……いや凶暴、というより猪突猛進……恋に盲目、旺夜さんの事しか考えられないといった感じのようですね」
少女は袖に覆われた腕で軽く防ぎ、表情を一切歪めず……それどころか余裕に溢れた様な、微かに煽っている様な声を出した。
「っ……旺夜はどこなの……!」
少女の腕を蹴って跳躍し、空中で身体を回転させ着地し問いかける。
「既に帰っています、入れ違いにでもなったのではないでしょうか?」
「……分かった」
少女の言葉は、聞いた雰囲気……感じた雰囲気からして半分が真実であり半分が偽りの様だった。
だが既に帰っている、この部分は確実に、真実だと感じられた。
「嘘の部分は見逃すよ……旺夜がどこにいるのか分かるなら何でもいいからね」
そう一言、警戒した様に……警告した様に言って少女の横を通り去った。
「いってらっしゃいです……」
少女は振り返り、片腕を上げ……そして……
「女王様」
微かに口角を上げ不気味な笑みを作り、生依には聞こえない程度の声でその言葉を放った……
——ターン2階
「はじめまして、俺……私は二双 大牙、殲滅隊NO.2……アーマードシュランテの装着者です」
大牙はそう、丁寧な口調で、机を挟んだ向かい側のソファーに座る幹部……一郷 戦志に自らの情報を伝える……自己紹介をした。
「……」
「っお前も自己紹介しろ相手は幹部だぞ……!?」
「おぁぁそうだった」
幹部が一郷だった事への……というより人を殺していた一郷が人の命を守るはずの組織、その幹部だった事への衝撃で自己紹介を忘れていた。
「俺は兜……」
「言わなくても大丈夫だ、お前の情報は全て知っている、完全に……見落とし無く記憶している。」
「流石幹部……隊員の情報は把握しているというわけか……」
大牙は一郷に対し、感心した様な言葉を漏らすが多分違う……一郷が俺の事を全て覚えているのは幹部だからではない、俺がアーマードヘクスである……その事を知っているからだ。
「さて……早速だが本題に移ろう」
一郷はそう言って2つの、銀のツールケースを机の上に、菓子を挟む様にして置いた。
左側……俺の目の前に置かれたケースからは親近感……と言えば良いのだろうか、何か近しい物を感じる。
『俺の力に似たものを感じるな……』
どうやら俺の感覚は正しかったらしい。
また脚本家が、マッハビートラーと同じ様にアーマードヘクス用の装備でも作ったのだろうか。
「……そういえば這寄 生依の姿が無いな……左の方は彼女に渡さなければならなかったんだが……」
「っ……!」
一郷のその言葉に、大牙は頬に汗を流す。
生依をハブった罪への代償がやってきたらしい。
『お前も別に安全圏に居るわけじゃないからな』
そうなんだよな、何か言い訳を考えないとマズイ……
「……這寄 生依は現在……」
大牙が何か、言い訳をしようと口を開く……その瞳は震えず、真っ直ぐと、まるでこれから真実を語ろうとしているかの様に一郷の瞳を見つめていた。
「買い出しに行っています」
「っ……」
『あ』
「ほう……買い出し、か……」
俺は買い出し途中に一郷と会っている……いくらポーカーフェイスが上手くても、大牙は確実にバレる嘘をついてしまった。
「……まぁいい、左のは這寄 生依が帰ってきたら渡してくれ」
「分かりました」
大牙は一郷に嘘をついたとバレた、そんな事には気が付かず……山場を一つ越えた様な声で返事をする。
「……それじゃあ右側の方だな」
一郷はそう言い、右側のケースを膝の上に置き、開いて中身が見える様に俺達に向けた……その、中に入っていた物は……
「これは……」
「コオロギやムカデ、ダンゴムシなどの強力なガイセクトにもダメージを与える事の出来る新たな装備……名をヘクスラッシャー……ヘクスの意味は分からないが、まぁ脚本家の趣味に関係しているのだろう」
赤い、血に濡れているのではなく血そのものを凝固させて作り出した様な、そんな刃を持つナイフ……ヘクスラッシャーだった。
『アーマードヘクスが俺達だと知っている事は大牙には明かしたくないらしいな』
まぁ、明かさない方が会話がスムーズに進むからな。
「ヘクス……旺夜用の装備という事か」
「脚本家によればそうらしい、君はアーマードシュランテになれる……バランス調整には良いんじゃないか?」
いや、武器一つで人間とアーマードのバランスを跳躍出来るはずがない……この言葉の意味は、双剣を使えるアーマードシュランテと拳のみで戦闘していたアーマードヘクスのバランスが取れる、という事なのだろう。
「さて……これで目的は果たした、俺は別の任務に向かわせてもらう」
「この度は殲滅隊の為に時間を割いていただきありが……」
「1つ言っておく、俺は買い出し中の兜輝 旺夜と会っている」
「なっ!?」
「じゃあな……」
大牙の丁寧な口調は、階段を下る一郷の言葉によって簡単に崩された……その顔は青くなり、絶望感に包まれていく。
『おい旺夜! 普段冷静な奴が焦りまくってる姿ってクソ面白えなぁ!』
大牙には悪いがヘクスの言葉に共感出来てしまう……10年前からの殲滅隊の生活の中……いや、俺の人生の中でもトップレベルで面白いから今日、1日はそのまま焦っていてほしい。
——廃工場
「……そろそろだな」
人の居ない、寂れた、空虚な廃工場の中に男の声が、小さい声が反響し、響き渡り、段々と大きくなっていき……やがて消え去った。
——ターン2階
「はぁぁぁぁあ……」
大牙は俯き、両腕で頭を掴んで唸っていた。
「はぁ……別に大丈夫だろ、装備だって貰えたし」
「それはそうだけど……はぁ……まぁ、こんな程度の事で悩んでいたらヒーロー失格だよな」
女の子1人をハブって、それをバレて悩まないのもヒーロー失格な気はするが言わないでおこう。
「というか生依の迎えに行かないと……」
『ガイセクトの目撃情報を確認、シュランテバングに位置情報を送ったから、殲滅隊出動せよ』
サイレンが鳴り響くと共に、棒読み気味の脚本家の言葉が流れる……
シュランテバングを利用して命令が雑になった気がするが……まぁ、別にいいか。
「っし行くぞ大牙! 新兵器の力見せてやろうぜ!」
「あぁ行こうか……!」
俺と大牙は共に立ち上がり、そして新兵器……ヘクスラッシャーをこの手に掴んだ。
——廃工場
「っと、着いたけど……居ないな」
「どこかに身を隠しているのかもしれない、慎重に探すぞ」
廃工場の入り口、2つのマッハビートラーに搭乗した俺と大牙はそこに辿り着いた。
廃工場の中には、ぱっと見ガイセクトの姿は見当たらない……が、大牙の言う通り姿を隠している可能性が高い、身の安全を考えながら……
「先に変身しておいた方がいいかもな」
人間の状態で身を守るよりアーマードの状態で身を守る方が圧倒的に楽だ。
「そうだな……分かった、アーマっ……」
「変っ……」
俺と大牙がアーマードへと姿を変えようとした時だった……
「俺は隠れてなどいない……!」
「っ!?」
「どこだ……?」
どこか、廃工場の……白い光の射す寂れ、錆びれた灰色の空間の中、そのどこからか声が聞こえてきた。
人間の様であるが、害虫のはずの……聞き覚えのある、力強い声だった。
「俺は隠れてなどいない、たまたま光に呑まれただけだ……」
虫が光に飛び込み呑まれるのとは逆に、逆に、光が虫に飛び込み呑む様に……
「だがな……光は動く、自然現象は生物とは違い確実に動いてくれる……すぐに……いや、今見える様になる……!」
危機出現……突風と共に
「バッタか!」
「虫のくせして随分と豪華な衣装を着ているな……!」
「ただの虫、ガイセクトじゃあないからな……俺達は」
差し込み光は動き、そしてさっきまで照らされていた場所……廃工場の中央には立っていた。
バッタの様な頭部を持ち、黒いクロークの下半身部分を引きちぎった物を纏い……バッタの物と思われる両足を持った害虫が、そこには立っていた。
何故だろうか……バッタの頭部からは感情が感じられない、声からは感情が感じられるはずなのに、表情が読み取れない……人間でなくてもどんな生物でも表情は、感情はある……だがバッタの頭部は、そう……仮面の様だった。
「ただの虫じゃない……」
王以外の、ただの虫ではないガイセクト……
おいヘクス、何か知らないか?
『……知らないな』
「なら……さっさとぶっ飛ばしてやった方が安全だな……!」
正体不明な物は調べるより、すぐに破壊してしまった方が手っ取り早い。
「行くぜ大牙、ヘクス!」
「あぁ!」
「さぁ来い! アーマードヘクス……!」
戦闘態勢を取る俺の様子に、バッタはどこか高揚した様に叫んだ。
「変身!」
「アーマード!」
赤、青……そして緑、3つの仮面は解放された窓から差すプラチナの様に輝く光に照らされ、反射していた。
戦闘開始
「ハァァア!」
「セァァア!」
俺……アーマードヘクスとアーマードシュランテは二手に分かれ駆け出す。
俺の右手にはヘクスラッシャーが、
シュランテの左右の手にはツインサイザーが握られていた。
コオロギ以前の虫達なら、二手に分かれれば片方にだけ意識を向けもう片方が攻撃をする事が出来る……
「だがその方法は今のガイセクトには通用しない……!」
「「っ!?」」
俺とシュランテがバッタの真横方向に到達し、刃を構えた瞬間だった。
バッタは両腕を広げ、そしてクロークの袖の中からバッタの大群を、蝗害を……ガイセクトが存在する以前から人々を襲っていた虫害を解き放った。
「がぐっ……ぁぁあ!」
「うぐぁぁあ!」
白銀の光の中で蝗害は飛び回り、その羽根が、足が、胴体が……俺とシュランテの鎧と衝突する。
致命的な打撃、斬撃を与えてくる訳ではない……だが、一体一体が弱くても……全身に何度も何度も……そう、無限に小石をぶつけられている様に感じる。
このまま蝗害を受け続ければ変身を解除され、そして命を奪い取られる……だからバッタを、本体の害虫を殺さなければならない、が……
「どうやって殺せばいい……!」
蝗害により進行を邪魔され、バッタを殺す事はおろかバッタの元にまで到達する事さえ出来ない。
攻撃は最大の防御、
防御は最大の攻撃、
そのどちらでもない……攻撃により防御している訳でも防御により攻撃している訳でもなく、攻撃と防御が完全に、同時に存在している。
完璧の……無敵の攻撃……とはいかない、生身ならば絶対に勝てない、だが今、俺には武器がある。
「こいつを最高に活かせる場面だよなぁ!」
『フロガクフォス!』
『武器が喋りやがった!?』
「ただの機械音声だ気にするな!」
ヘクスラッシャーの柄頭に配置された赤のスイッチを押し、力強い機械音声が廃工場内に鳴り響いた瞬間、刃が赤く、熱く……草原を染め上げる炎のように輝いた瞬間……
「そんな機能があったのか……!」
ヘクスラッシャーの刃は白い業火を噴き出し、バッタを、一体一体焼き尽くして塵に変え、コンクリートを歪める。
バッタはその炎を見て驚く……驚いてはいたが動揺している様には見えなかった。
例えるのなら……そう、中身が分かっていないだけでビックリ箱だと、理解した上で開けている様な……そんな様子だった。
「さっきの能力は強かった……俺達人類にそんな力はない、けどな……人間には知恵がある! その知恵が作り出した兵器があればお前らガイセクトの能力を封じ込める事が……勝利する事が出来る!」
わざとらしく、能力を完封されたバッタを煽る様に勝利宣言を叫ぶ。
「決めるぞ旺夜!」
「あぁ……!」
バッタを真ん中に挟んだ俺とシュランテ、2人のヒーローは共に腰を低く落とす。
俺の、ヘクスの右足は赤く輝き……
シュランテの両足は青く輝く。
『「ヘクスターミネート!」』
『スタッグライティング』
「セァァア!」
必殺撃
ヘクスは跳躍しバッタに蹴りを放ち、
シュランテは跳躍、両足を開いた……
2人のヒーロー、その必殺撃がバッタに向かい放たれる……その時、バッタは反撃の素振りを見せずにただ俯いていた。
「お前の言う通りだ……人間の知恵は俺達ガイセクトの力に勝利する事が出来る……だがな……どんな事にだって、限界はある」
そして、人間の限界では勝てない……俺達には……
三蟲士の害虫達には
「ライァア!」
「っ!?」
「そんな馬鹿な……!」
俺達2人の必殺撃はバッタに放たれた、確かに喰らわせたはずだった……が……
「これがお前達の限界だ……!」
バッタには一切のダメージが通っていなかった。
俺の必殺撃も、シュランテの必殺撃も、バッタに……クロークに傷1つ付ける事が出来ていなかった。
「さぁ……見せてやろう、お前らの目指すべき、越えるべき第1の壁を!」
「っぎ……がらぁぁあ!」
「はっ……!? ばぃ……が……」
バッタはそう叫んで俺達の右足首を掴み、振り回して地面に叩きつけた。
バッタは明らかに手加減をしている……が、それでもその衝撃は俺達の持つ力と比べれば圧倒的だった。
地面にはヒビが走り、廃工場の窓が割れ、吹き飛ばされた……俺の背中は押し潰れ、シュランテの鎧は粉々に……木っ端微塵に砕け散り二双 大牙に姿を戻した。
「ばっ……ぅ……」
大牙は口、目、鼻、耳……毛穴、全身の全ての、体内へと繋がる隙間から血を流していた。
以前のひったくり男と同じ様子だった……そう、それはつまり……大牙は……俺の、仲間は……
死
『安心しろ旺夜! 大牙は死んでいない……凄まじい生命力だな……』
ヘクスが言うのならそうなのだろう……いや、納得出来るというより信じたい……
大牙は生きていると思いたい。
「はがぁっ……ハァァァ!」
無理やり身体を、闘志を立ち上がらせ、それと同時に背中の肉を……背骨を、1部の内臓を再生させる。
「流石は王の力……その様子だと変身していれば、肉塊1つからでも再生出来そうだな」
「肉塊になるのは……嫌だな」
嫌だ、けれど肉塊に成り果ててもそこから再生し再び人を守る為に戦える……その事実は嬉しい。
「それじゃあ第2ラウンド……行くぞ!」
アーマードヘクスは右腕のヘクスラッシャーを強く握り締め、自らの勝利を信じて走り出した……
「っ……?」
突然、バッタは右手を上げた。
クロークの袖に隠れて見えないが人差し指で指されている様に感じる。
何か、俺に対する警戒行為……何らかの技の準備をしているのだろうか。
そう、走りながら考えていた……自分の身に何が起こっているのか気がついていなかった。
「あ」
俺の右腕は、ヘクスラッシャーは……宙を舞っていた。
赤い鮮血を噴き出し……空気が抜け飛び回る風船の様に、空中を回転し……最後には大牙の横の地面に落ち、廃工場の床に血の水溜まりを作り出した。
一瞬で、理解出来ない内に攻撃されていた……そう、ムカデ、そしてコオロギと戦った時の様に……アーマードヘクスでなかった頃の……
「あ……ぁぁ……」
無力感、俺はその恐怖を思い出してしまった。
「ぁぁっ……ぁぁあ!」
『ここまでとはな……想定以上の力だ……』
痛い、熱い……何より怖い……
俺は今、勝てないと考えてしまった。
「今のお前では俺に一切の攻撃を出来ない」
「っ……」
バッタの言う通りなのだろう。
俺は僅かなダメージも与えれず、ただ一方的に敗北する事となる、そう考える事しか出来なかった。
「だからお前は強くならなければならない、力が無ければ何も守れない……!」
バッタはゆっくりと後方へ、俺の事を見つめたまま後退りをする……戦いをやめるつもりなのだろう。
「それでも……」
今の俺では攻撃さえ出来ない、それは完全に理解した……でも、それでも……
「やっぱり一撃は与えないと気が済まない……!」
ヒーローとしてではなく、人間として……1人の男とし、てこのまま戦いを終わらせるのは、完全な敗北で終わらせるのだけは耐えらなかった。
「……ふっ……はははははは!」
俺の言葉を聞いたバッタは突然、吹っ切れた様に、愉快そうに高笑いをした。
俺の事を嘲笑う、というより心の底から今の状況を楽しみ……喜びを感じている様な、そんな笑い声だった。
「そうだ……それでいい……! それでこそアーマードヘクスだ!」
「ハァァァア!」
「ラィア!」
「っ……この程度!」
右腕を再生させて走り出した。
その直後に両腕を切り飛ばされるがそんな痛みは解さず、即座に両腕を再生させてバッタに向かい特攻する。
「ハァァッ!」
「命を失う事への恐れを忘れたらしいな!」
「ぁあが……!」
バッタの目の前……衝突する寸前に跳躍、そして右拳を構えた瞬間、バッタは回し蹴りを放ち、俺の腹は消し飛んだ。
バッタは命を失う事、つまり死ぬ事を恐れなくなったと言っているが違う。
今の俺なら、アーマードヘクスなら死ぬ事はほぼ無い……つまり不死だ。
だから防御をせずに攻撃を出来る、死ぬ事が怖いままでも特攻出来る。
「ハガァィァア!」
宙に舞った俺の上半身は怯まず、そのまま右拳をバッタの頭部に放ち、着地した下半身は即座にバッタの腹に蹴りを入れた……が……
「弱い……!」
「っ!? がぁぁあ!」
当然の様に攻撃は通じず、上半身は軽く、手の甲に弾かれただけで飛ばされ、壁と衝突し……下半身はつま先で蹴られ吹き飛ばされた。
「がっぁぁぁ……ルァァァア!」
「まるで獣だな! 確かに不死性を持っているなら合理的と言える……」
瞬時に下半身を生やし、壁を蹴り飛ばして唸り叫びながら襲いかかる俺を見て、バッタは陽気な声で言う。
「だが……! たとえ何度でも戦えようと圧倒的な力を持つ相手には知恵を扱わなくては勝てない! 犬ではライオンに勝利出来ない様にな!」
「かっ……はぎ!」
バッタは跳躍、空中で高速回転しその最中に俺の背中を蹴り落とした。
そして追撃と言わんばかりに、俺の背中に着地し落下の衝撃による右足の打撃を与えてくる。
「っ……ハァァッ!」
「抜け出せないよなぁ……! まだ弱いのに獣になろうとしたお前に、強い……力を持つ俺から逃れる事なんて出来るわけない……!」
両腕で地面を掻き、バッタの右足から抜け出そうとするが、足の裏と背は1ミリたりともズレなかった。
「だからお前は強くならなければならない! 俺を……全てを圧倒出来る、そんな最強の力を持つ、アーマードヘクスにならなければならない!」
「アーマードヘクスには……!」
『もうなっている』
「……っまさか!?」
バッタの言葉を聞いて……腹が立った、何か、1発ダメージを与える前に驚かせでもしなきゃ我慢が出来ない……!
俺は両腕で、赤い仮面を……ヘクスの頭部を鷲掴みにし、そして……
「はァらぁヴァァァ!」
頭部を引きちぎり、今のヘクスの身体に残された余力全てを注いで投げ飛ばした。
頭は空中で高速回転し、床、壁、天井その全てに向けて赤い血を噴き出す。
「ヴィィッ……ばぁぁぁ!」
「思考は大分人間をやめてきているらしいな……」
頭部が地面と衝突する寸前、ヘクスは身体を生やし着地する。
新たな身体を生み出した事で力は蘇り、再び全力で戦える様になっていた……そうするのが戦いにおいては最善のはずだった。
だがヘクスは、俺は右腕だけは切り落とされた後の状態で肉体を再生させていた。
「肉体より先に思考回路がガイセクトに……」
「違う……俺はガイセクトじゃない!」
バッタが言い切る前、その言葉を邪魔し、そして否定する。
「俺はヒーローだ! ヒーローだから、悪を倒す為ならなんだってしてみせる……!」
そう、自分自身の誇りを見せつけるように言葉を放った。
「悪を倒す為に……なんだって……悪を、倒す為になんだってしてみせる……悪を……」
「どうした……怖気づきでもしたか!?」
『それはないだろうな』
「こういうのは煽っておけばいいんだよ……!」
俺の言葉を聞いたバッタは思考回路に異常をきたしたの様に、呆然とし、俺の言葉を繰り返して口ずさむ。
その様子は傍から見ればバグを起こした、壊れてしまった様に見えた……だが、何故だろうか……バッタは、目の前に立つその命から果てしない程に、大きな、底知れない感情……喜びを感じた。
「それが聞きたかった……その言葉が! お前が、兜輝 旺夜! お前こそがアーマードヘクスだったんだな!」
「何を今更……!」
『こいつの言うアーマードヘクスは多分お前の考えるアーマードヘクスとは違うぞ』
バッタと俺にとってのアーマードヘクスの差……いわゆる認識の違い、という事なのだろうか。
「もう満足だ……不安も無くなった……今日はこれで、本当に終わりにしようか」
「待て……」
俺に背を向けようとするバッタを引き止める。
「そういえば1度だけでもダメージを与えると言っていたな……悪いがそれはまた今度に……」
「いいや今回だ……!」
切断面をバッタに見せつける様に右腕を前に出す。
既に切断面の出血は収まり、徐々に塞がり始め……このまま放置すれば右腕を持たないまま一生を過ごす事になりかけていた。
「諦めろ、今のお前には……」
「再生……!」
「何を……」
バッタが一瞬、不安感を……俺の様子から僅かな違和感を感じたらしい……
「っまさか!?」
バッタは俺の……俺達の狙いに、知恵に気が付き振り返った……が、もう遅かった、完全に手遅れ……知恵比べにおいて、バッタは完全に敗北したのだった。
「お前……俺に無理でも俺達なら出来る……!」
その言葉を放ったのはアーマードヘクスでも、バッタでもなく……
二双 大牙の声だった
その左手はアーマードヘクスの……再生し本体へ帰ろうとする右腕を掴み、右手は人類の知恵が作り出したヘクスラッシャーを握りしめていた。
ヘクスラッシャーの刃は振り返ったバッタの、クローク越しの腹部と衝突し……再生の勢いと、クロークの耐久力が弾き合っている。
「それだけじゃ俺はっ……」
「「これだけじゃぁない!」」
『フロガクフォス』
「はがぁっ……!?」
大牙は柄頭のスイッチ、そして柄のトリガーを引いた事により、ヘクスラッシャーの刃は赤く、白く……そして紺碧の青へと到達し、深海の様な暗い、青い炎を放った。
炎は大牙の肌を、バッタのクロークを焼き焦がす。
そしてその炎の輝きは廃工場内を包み、外部までも照らした。
「生身でっ……!? 馬鹿かお前っ……」
「馬鹿じゃなきゃっ……こんな仕事なんっ……てやってねぇよ……」
馬鹿じゃなきゃ、自分の命を守れる様な賢い人間だったなら、こんな危険な仕事なんてしているはずがない。
「旺夜も俺も馬鹿だ! けど……それでも……!」
それでも考えて、馬鹿なりに精一杯生きている。
「お前達を、ガイセクトを殲滅する為に!」
「がっ……!」
そう、叫んだ瞬間……クロークのヘクスラッシャーの刃との接地面は赤く、白くなり……そして溶解、僅かな隙間を作り出し、ヘクスラッシャーに腹を斬り裂けさせた。
「っ……一撃……喰らわしてやったな……」
右腕と共に俺の前に辿り着いた大牙はそれだけ言って倒れ、その手からヘクスラッシャーを離した。
「……っどうだバッタ野郎! 宣言通り一回だけでもダメージを与えた……これが人間の知恵の力だ!」
バッタに向かい指を指し、煽る様に、わざとらしく言ってみせる。
「はっ……はははは……! やはりお前が……アーマードヘクス……」
バッタはゆっくりと後退りをしながら、腹から緑の血を噴き出しながら……
「俺達の王、そして俺の……」
そう言い放ち、溶解した窓から差し込む光に身を包んだその一瞬の内に姿を消した。
「……ヘクス、あいつの言っていた……三蟲士ってのはなんだ?」
『知らないな』
「あいつはお前が王だと知っていたみたいだけど」
『自分達の王を知っているのは当然だろ?』
ヘクスは言葉を詰まらせる事無く、自然に答える。
「ならどうしてガイセクトは俺達に襲いかかる、バッタ以外は知らないんじゃないか? つまりバッタはお前にとって何か重要な……」
「それより、早く大牙を何とかした方がいいんじゃないか?」
「っ……」
今、ヘクスは完全に話題を逸らした。
それはつまり今俺が問いかけている内容はヘクスにとって不都合な事という事になる……もっと追求するべき……だがヘクスの言う通り大牙を早く本部の医務室に連れて行くべきだった。
「いつか聞き出すからな」
それだけ言ってアーマードヘクスを、赤い鎧を粒子に戻してから、大牙を担ぎ歩き出した。
——
「兜輝 旺夜と二双 大牙か……」
月光に照らされたビルの屋上、そこに腰掛けるバッタはクロークの穴、そして腹の傷を撫でながら2人の名を呟く。
その声に敵意は無く、嬉しさや期待感が含まれていた。
「大牙が貴方に傷を付けたと聞いたけど、本当?」
突然、月光にとっての死角……暗闇が輝き、その中から現れたそれは……青い頭部に両腕両足のみを隠すクロークを纏った蝶の怪人が現れ、バッタに問いかける。
「あぁ本当だ、大牙に関してはあまり意識していなかったから意外だったな」
「私は大牙の方が危険だと……言い方が悪かったわね……強力だと思っていたから意外でも何でもなかったからしね」
「まぁお前にとっては大牙が1番だろうな……けど……」
バッタは蝶から視線を逸らし、10年前の暗闇とは同形状であり真反対の色と輝きを持つ月を見上げ……そして、仮面を、バッタの仮面を外した……現れたのは、バッタの正体は……
「やはり俺にとって重要なのはアーマードヘクス、兜輝 旺夜だ……」
悪を憎む男、一郷 戦志だった。
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