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第一話—3 心來人の日々はいま始まる
しおりを挟む「夢から飛び出して殺しに来たか?」
「貴方の夢から飛び出したのではなく、貴方の夢に飛び込んでいました。そして殺すつもりはありません」
睨み付けながら冗談交じりに問いかけると、白空は丁寧な……宥める様な口調で言いながら、僕の座るソファーとの間に、背の低いテーブルを挟む向かい側のソファーに腰掛ける。
「ただ、これから貴方にする通告の内容を拒否するのであれば、話は変わります。平和な会話ではなく、野蛮な殺しを、私はする事になります」
「抵抗するから殺し合いだな」
「……どちらにせよ、貴方は死にます」
白空はもう既に、確実に人を殺している……だからその言葉はハッタリなんかではないのだろう。
「では通告を……いや、夢の事を覚えているんでしたね」
「夢……って事は通告の内容はあの……なんだっけ、みく……なんちゃら人!」
「心來人についてです」
「そうそれ、心來人」
ミクルビト——何故その読み方だけを聞いて、どんな漢字を使うのか理解出来たのか、その理由は分からない。
書き方を聞く手間が省けて楽ではあるし、まぁ、こういう直観的な理解は僕にとってよくある事だから、違和感は覚えない。
「冷呈さんの——」
「白空でいいです」
「……白空さんの言葉の途中で起きちゃったから聞けなかったんだけど、心來人ってなんなんだ?」
読み方と書き方が分かっても、その意味が分からなきゃソレになるなんて事は出来ないし、なる気にもなれない。
心と、來——來ってなんだ?
來……その文字は知っているはずなのに、今まで1度も見た事が無いし、意味を知らない。
木の頭の辺りを、人と人で無理矢理押し上げ、変形させたみたいな形をしているし……環境破壊的なそういう意味だったりするのだろうか、まぁ違うだろうけど。
「自身の心を元にした術——総称は心來式……を扱い、心濫獣を殲滅する者の事です」
その説明には聞いた事のない単語が多く……心來人の意味が理解出来ないだけでなく、新たな疑問が増えてしまう。
「専門用語がいっぱいで何一つ分からん……ま、理解出来ても心來人になるつもりはないけどさ」
「つまり、私と殺し合って死にたいと?」
「君と殺し合って、君を殺したい、死ぬのは嫌だから……生存だけが僕の目的だからな」
と、そう宣戦布告をしてみる。
生存が目的なら、心來人の意味が分からなくとも白空との殺し合いは避けるべき……そう思う人も居るかもしれないが、僕は戦わなければならない。
一体何故、白空と戦わなければならないのかと言えば——
「僕は肴居から、オムニスの皆から、君を殺して仇を取ってくれという依頼を受けている」
からである。
「なるほど、心來人の事とは関係なく、私との殺し合いは決定事項でしたか」
「そういう訳だから、早速——」
「いくらでしたか?」
立ち上がり、さっさと殺し合いを始めて、殺すか死ぬかしようとしていた時だった。
白空は足を組み、膝の上に両手を重ねる様にし置きながら問いかけてくる。
「いくら……」
「依頼料の事です、サケの卵の事ではありません」
「いや言われなくても分かる……ひょっして今のボケだった?」
まぁ思い浮かべはしたけど……イクラの軍艦好きだし。
「いえ、人命の関わる会話の中で、ツッコミを期待する訳がないでしょう?」
「もう何人も殺しといてよく言うよ」
またソファーに腰掛けながら……とりあえずは一度、戦意を抑えながら言う。
「で……依頼料はいくらでしたか?」
「明確な金額は分からない……けどオムニスのリーダーの全財産らしいし、これから一生、着るにも、食うにも、住むにも困らない位の金はあるだろうな」
つまり、今後の衣食住が保証され、もう危険を犯して働いたりしなくとも、生きていく事が出来る。
何の危険も無い普通の仕事をしろ……そう思われるかもしれないが、戸籍も何も無い僕が働く事が出来る所なんてそうそう無いのだ。
「ならその額より高く払うと……そう言ったのならどうします?」
白空は魅力的な、決して悪くはない話を持ち出してくる。
「それで僕が心來人になるって思っているのか?」
「思っています、だって貴方は金さえ貰えればなんだってする組織——名は確かオムニス、その切り札ですから」
確かに僕はこれまで……大体五年間くらいは、金さえ貰えれば何でもしてきた。
本当になんでも……白空の言う通り、切り札として扱われてきたから、そのなんでもは全て面倒な物であったが、それでも金さえ貰えれば何でも良かった。
「……悪いけど、肴居達からの依頼を断る事は出来ない」
一瞬だけ……本当に一瞬だけ悩んで、そして買収を拒否する。
「へぇ、オムニスの切り札……という肩書きに相当な愛着がある様ですね」
「別に肩書きに興味は無い、けど一応、仲間には愛着がある——あった、が正しいか」
「あー……なるほど、盗みだとか……貴方の場合は殺しを悪く思わず、仲間を裏切る事を嫌悪するタイプですか」
そう言う白空の声色は冷たく、その視線は軽蔑している様に思えた。
嫌悪する……とまでは行かないが、仲間を大切に思う事の何がいけないのだろうか?
「しかし……殺すと何度も言いはしましたが、出来る事なら殺しはせずに……、一度だけでも良ッ——とにかく、貴方には心來人になっていただきたいのですが」
「一度だけでも……?」
「……」
白空が言いかけて、無かった事にしようとしていた言葉について、オウム返しで聞き返すが……白空は沈黙し……やはりその言葉を無かった物にしようとする。
言葉の意味は分からないが、もしかすると失言だったのだろうか?
「では、実力でねじ伏せて、貴方を従えさせます。私は殺さないつもりで戦います」
「けど僕は君を殺すつもりで戦う」
「それで問題ありません」
白空は淡々とした様子で言うが、その言葉はつまり、僕の全力は白空にとって大した脅威ではないと……そう見下している事を意味していた。
「……僕は自分の力には結構な自信がある……それを、そんな簡単に貶されたらッ——」
白空を睨みつけながら、座ったまま床を蹴り、空中で身を何回転もさせながら跳躍し……そしてソファーの上に着地した——その直後。
「腹が立つ」
「……へぇ」
白空の視界の中から僕の姿は消失する。
そして、さっきまで僕が上に立っていたソファーは、木っ端微塵に粉砕されていた。
白空はその光景を見て、少し愉快そうな反応を示す。
「すごいすごい、心來人の素質も持つ人間でも、素のスペックがここまで高いのは中々いないですよ」
幼児を褒める様な態度で白空は語りながら、周りの壁や床……天井で、連続して起こる衝撃音を目で追うが、僕の姿を見つける事は出来ない。
そして衝撃音がした所には全て、大きなクレーターが出来上がっており……部屋はもう既に半壊し、月の表面の様になっていた。
「これで決めッ——」
未だにソファーから立ち上がろうとはしない白空の真後ろに着地し、そして彼女が振り返る前に、その後頭部に右拳を放とうとした……その時。
「拒 絶 社 交」
「ッ!? がぁあ!」
白空は淡々と、決められた台本を読み上げる様に、何か意味深な言葉を呟き……それと同時に僕の身体は吹き飛ばされ——いや、白空の身体から遠ざけられ、壁に背と、後頭部を衝突させる。
「今のがさっき言ってた心來式か……!」
「はい、今のは人との関わりを拒絶する心來式……周囲の人間を、自身から遠ざける事が出来ます」
「人間を拒絶するのならッ……!」
社交拒絶——さっき僕の事を吹き飛ばした心來式、その解説を聞いてすぐに壁を蹴り、一度天井に着地——そして、 天井を足場にして跳躍、さっき破壊したソファーの残骸の上に足をつける。
「人間をッ……僕の拳を使わなければいい!」
足元に落ちていた鋭い木の破片を、やはり動こうとはしない白空の方へ投擲する。
まるで勝ちを確信した様に言ってみせたが……正直な事を言うと、破片を投げたのはもうヤケクソになっていたからだ。
白空は実際に、人智を超えているとしか思えない力を使ってみせた……そんな人間がソファーから全く動こうとしていないのだ、きっとまだ何か、さっきの様な術……心來式があるのだろう。
そして……破片が白空の顔——その中央に的中する寸前、そんな悲観的な予想は、的中する事となる——
「自 己 滅 失」
「消えッ——」
白空がまた心來式の名を唱えると、その姿は一瞬だけ……彼女の居た所を破片が通過する間だけ消失し、すぐに姿を現す。
破片の投擲、それによる攻撃が失敗してすぐに次の手段を探そうとするが——
「異 彩 閃 光」
「ッ……眩し!?」
白空は間髪入れずに新たな心來式を使い、その身から太陽を凌駕する程の、白い眩きを放ち……その光を直視した事で僕の視界は眩んでしまう。
「交 流 欲 求」
「目が駄目でも耳があるッ……!」
視界が赤黒い、波の様に歪む光景に包まれると……白空の居た辺りからは、人が地面を蹴って、跳躍したと思われる衝撃音が聞こえてきた。
目の利かない状態での戦闘は何度も経験している、視力を奪えば簡単にトドメを刺せると思っているのだろうが、こんなに大きな音を鳴らしてしまえば居場所は特定出来る。
そう思って、音のする方向——壁を、天井を、床を……また床を見て、そしてその次は……
「……なんだ?」
違和感を覚える。
今更になって……聴力だけに頼っての戦闘に慣れてきて、ようやく気が付く。
衝撃音は同時に……大体五箇所で鳴っていた。
一騎打ちであったはずなのに、気付かぬ内に……目を眩ましている内に、僕は集団を相手取っていたらしい。
聴力だけでの戦闘に経験があるとはいえ、流石に複数人……それも、天井まで跳躍出来る様な……自身と同等かそれ以上の実力をもった相手達と戦って勝てるはずがない——
「ッ……うおぁあ!」
ちょうど、勝利を諦めたタイミングで、複数の何者か達は僕の方に飛びかかり……山積みになられて、僕は地面に押し倒されてしまう。
よく映画やアニメで、こんな風に何体もの敵に覆いかぶさられて、それを内側から吹き飛ばすなんてシーンがあるけれど、実際なってみて、やろうとしてみてもビクともしない。
まぁ、ああいうのはやられた側がとびっきり強いか、やった側がザコ敵かに限るから仕方ないが——ちなみにやられた側、というのは吹き飛ばされた側ではなく、覆いかぶさられた側の事である。
「実力でねじ伏せましたので、従ってもらいます。私の言葉に、心來人になるという通告に」
「本人は動いてない……本当に化け物みたいなやつ——いや、本当に化け物なんだろうな」
「貴方も十分化け物ですよ、一般人と比べれば、私と比べなければ」
視界が正常になってきて、周囲を見渡してみると——僕の動きを拘束していた人達は、ミステリーによく出る黒ずくめの男——よく出るかは分からないが、とにかく真っ黒の……特に意思は持っていなそうな人型であった。
そして、その黒い輩を差し向けてきた白い髪の女は今もソファーに腰掛けており……正直な所、ここまで力差があるとは思いもしなかった——井の中の蛙、というやつなのだろう、まさか自分が体験する事になるとは思ってもみなかったが。
「ま……これ以上抵抗しても殺し合いにすらならなそうだし、心來人……とかいうのになるしかないな」
「良い心掛けですね」
「あ、立った」
「更に歩きます」
白空はようやく、勝利してから立ち上がり、そして地面に身体を押し付けられる僕の前まで歩いてくる。
「で……どうやったら心來人になれるんだ?」
「そうですね、心來人になるにはまずこの腕輪を——」
「まさか購入させる気か? ほぼ一文無しと言っても過言ではないこの僕に」
白空を殺す事が出来なかったので、僕は肴居からの依頼……その報酬を貰う事は出来ない。
そしてこれまでの給料も、その日内にほとんど食に変えてしまうので、一円たりとも払う事は出来ないのだが。
「こちらの腕輪、なんと貴方だけ無料なんですよ」
「ちょっと声を高くして言うんじゃない」
言い方も相まって本当に怪しく聞こえる。
「まぁとにかく、腕輪を付けていただかないと何も始まらなッ——すみません、ちょっと……場合によっては結構お待ちください」
「結構待つなら消してほしいんだけど……こいつら」
「逃げられたら困るので……猛獣には檻が必須でしょう?」
言葉の途中、彼女の纏うローブ……その内ポケットでスマホが振動し、白空は僕を人型の檻に閉じ込めたまま電話に出ようとする。
逃げられたら困るって……あれだけの実力差を見せ付けられて逃げる気になんてなれないし、多分逃げる事も出来ないだろう……場合によっては本当に殺されてしまいかねない。
「はい……心濫獣が? いえ問題ありません、むしろ最高のタイミングです、では——」
「結構お待ちになる事はなかったな」
その通話は一分も掛からず……たったの二行で終了した。
「向こうの声は聞こえなかったけど、心來式で殲滅するとか言ってた奴が現れたんだな?」
「話が早いですね、それではさっさと行きましょうか……弑抒 忍、新たな心來人」
白空は僕の前で膝を付き、そして額に人差し指を当て……そして——
「逃 亡 彼 方」
また新たな……白空からすれば使い飽きているかもしれない心來式の名を口にした。
その瞬間、荒れ果てた部屋の中から僕と白空の姿は消失し……残された黒い人型達も、景色の中に溶け込む様にして、何の痕跡も残さずに消える。
立つ鳥跡を濁さず——というにはあまりにも破壊痕が残されているが、とにかく、その部屋の中からは何者も居なくなった……そしてこれから先、その中に何者かが居る事はないだろう。
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