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第一章 愛多ければ憎しみ至る
確信犯
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「確信犯ね、それ」
場所は再びアンティークなカフェ。この前と同じ席で俺と逢坂が対面していた。
話の議題は変わらず件の片蔵。特に、この前昼飯に行った時のことについてだ。
あの時感じた明らかな悪寒。普段の片蔵からは想定できないような氷属性の空気。それについて二人で見解を出し合っていたのだ。
「確信犯というと……意図的にあざとくしてるってことか?」
「バカ言いなさい。そもそもあざといっていうのは明確な意思が存在して初めてできるものよ。あざといってこと自体が意図」
「ほうほう。じゃあ別のところに確信的な何かがある、と」
俺の言葉に逢坂はアイスコーヒーを一口飲んでから返した。
「私たちはある程度の戦略を練ってから今回の件に臨んでるわよね。こうすればこうなるだろうから、その時にはこう返そう、ああなった場合はああしよう、みたいな」
「そうだな」
俺が経験から身につけていた承認欲求の塊ちゃんの手懐け方みたいなのを指してるんだろう、と思った。
「片蔵さんも、それを明らかに意思をもって行っているということよ」
「ん? 戦略的に動いてるってことか?」
「半分正解。もう半分はそこに悪意があることね」
「ほう、悪意とな」
「例えば私は言い寄られることを良しとしていない。自然と男たちから避けるようになったわ」
「俺は男じゃないんですかね」
「新倉くんは同盟だもの。それ以上でもそれ以下でもないわ」
で、と逢坂は続ける。
「彼女は逆。言い寄られることを良しとしている。だから男の集団の中に物怖じせず突っ込むわ。そこで隙を見せ、肌を見せ、それで相手の心に隙を作ってそれを突く」
「まあそれはわかる。心を読んだらな」
実際、あざとく可愛く見せようっていう気持ちは一瞬で俺の脳内に響いていたからな。
「その先よ。彼女はそれでふるいをかけてる」
「ふるい?」
「ええ。要はそれに引っかかる人だけを周りに置こうとしている、ってことよ」
誰とでも仲良くしたい、という気持ちから隙だらけな人間というのはよくいるが、そもそもその隙を作らなくても仲良くできる人間もいる。逢坂的に片蔵は、その何もしなくても仲良くできる人たちをふるいにかけてあえて仲良くしないようにしている、ということらしい。
「実際聞いていた感じ、新倉くんの演技は完璧だった。ただ、完璧すぎたわ」
「完璧すぎた?」
「ええ。彼女が隙を見せなくても仲良くなれそうだったもの。それだと彼女の意図とは合わない」
「え、そんなことってある?」
そもそも自分の演技が完璧だったとも思わないのだが、と俺が言うと逢坂は首を横に振った。
「例えば、彼女が自分自身のやっていることを本当はどこかで悪いことだと思っていたら?」
「片蔵の性格上、見たくないと思うだろうな。悪いことをしてるとは思いたくない、って」
「うん、私も話を聞いている限りそう思うわ。嫌なところは見たくない。そこを突っ込まれる可能性があるならいらない」
「つまり俺がそこを突っ込んできそうだ、と感じたと」
「おそらくね。彼女の掌の上で転がった結果存在してる囲いは、彼女に強く何か言えない。彼女からの愛情や場合によってはそういう行為の供給が途絶えるからね。お互いがお互いの弱みを握っている、とでも言えばいいかしらね」
文句を言わない限り擬似的に恋愛ごっこができる環境を提供する代わりに自分が永遠に肯定され続ける世界。それが片蔵の求める世界。
「新倉くんは何も提供されないまま囲いになろうとした。加えて私たちが話してるのを見かけてしまった。私たちがどんなことを企んでいるかはさておき、彼女の理想郷には必要のないものだと判断されたんでしょうね」
「そりゃまた横暴だな……」
片蔵は自分の欲しいものだけを求める赤ん坊のような振る舞いをしている。徹底的に自分の理想の生活を拒むものを排除して、自分自身でも自覚している自分の欠点や汚点を永遠に見ないようにしたいと願いながら。
「なんか、違うよなぁ」
欠点や汚点が存在しているのは仕方ないと思う。だけどそれを欠点だと気付いていながら、特に何もせず知らないフリをして生活していくのなんて勿体ない。
「けど、ダメではないわ」
言いつつ逢坂は窓の外を向く。
「あの鳥がビルの間を縫って飛ぶのも、そこに壁があるからよ」
野生の動物は自分に降りかかる危機を本能的に察知して避けながら生活している。きっと動物というものの中にある本能的なものなんだろう。
「本能的には正しい、か。それは認めるしかないな」
「ただ、私たちは理性をもつ人間というものよ。野生的で利己的なホモ・サピエンスではないわ。場合によっては自分自身と闘っていかなきゃならない」
逃げ続けて生活するのは楽だ。考えなくていい。
だが、人が形成する一つの社会というものにおいて、苦しいからと、つらいからと逃げてばかりいたら立場はどんどん悪くなるばかりだ。
「どうする?」
唐突に、逢坂が質問を投げかけた。
「正直言って見込みは薄いと思うわ。敵対視されてるし、そもそもそういう問題点を見たくないと喚き散らしているタイプの子は取り付く島がない場合もある。穴熊くんの言う通り、無駄なことになるとは思うわ」
「それはそうだが……」
ここで俺が諦めるということは片蔵は除名処分となるということだ。未だによく理由はわからないが、それだけはするべきではないと思う。
「まあそういう反応だと思ってたけどね、お人好し」
「うるせぇな。別にいいだろ」
少しだけ棘のついた言葉を吐く。
「まだ短いとは言え一緒に研究している仲間だ。もし変われる可能性が一パーセントでもあるのなら、仲間はそれにかけるべきだと思う」
場所は再びアンティークなカフェ。この前と同じ席で俺と逢坂が対面していた。
話の議題は変わらず件の片蔵。特に、この前昼飯に行った時のことについてだ。
あの時感じた明らかな悪寒。普段の片蔵からは想定できないような氷属性の空気。それについて二人で見解を出し合っていたのだ。
「確信犯というと……意図的にあざとくしてるってことか?」
「バカ言いなさい。そもそもあざといっていうのは明確な意思が存在して初めてできるものよ。あざといってこと自体が意図」
「ほうほう。じゃあ別のところに確信的な何かがある、と」
俺の言葉に逢坂はアイスコーヒーを一口飲んでから返した。
「私たちはある程度の戦略を練ってから今回の件に臨んでるわよね。こうすればこうなるだろうから、その時にはこう返そう、ああなった場合はああしよう、みたいな」
「そうだな」
俺が経験から身につけていた承認欲求の塊ちゃんの手懐け方みたいなのを指してるんだろう、と思った。
「片蔵さんも、それを明らかに意思をもって行っているということよ」
「ん? 戦略的に動いてるってことか?」
「半分正解。もう半分はそこに悪意があることね」
「ほう、悪意とな」
「例えば私は言い寄られることを良しとしていない。自然と男たちから避けるようになったわ」
「俺は男じゃないんですかね」
「新倉くんは同盟だもの。それ以上でもそれ以下でもないわ」
で、と逢坂は続ける。
「彼女は逆。言い寄られることを良しとしている。だから男の集団の中に物怖じせず突っ込むわ。そこで隙を見せ、肌を見せ、それで相手の心に隙を作ってそれを突く」
「まあそれはわかる。心を読んだらな」
実際、あざとく可愛く見せようっていう気持ちは一瞬で俺の脳内に響いていたからな。
「その先よ。彼女はそれでふるいをかけてる」
「ふるい?」
「ええ。要はそれに引っかかる人だけを周りに置こうとしている、ってことよ」
誰とでも仲良くしたい、という気持ちから隙だらけな人間というのはよくいるが、そもそもその隙を作らなくても仲良くできる人間もいる。逢坂的に片蔵は、その何もしなくても仲良くできる人たちをふるいにかけてあえて仲良くしないようにしている、ということらしい。
「実際聞いていた感じ、新倉くんの演技は完璧だった。ただ、完璧すぎたわ」
「完璧すぎた?」
「ええ。彼女が隙を見せなくても仲良くなれそうだったもの。それだと彼女の意図とは合わない」
「え、そんなことってある?」
そもそも自分の演技が完璧だったとも思わないのだが、と俺が言うと逢坂は首を横に振った。
「例えば、彼女が自分自身のやっていることを本当はどこかで悪いことだと思っていたら?」
「片蔵の性格上、見たくないと思うだろうな。悪いことをしてるとは思いたくない、って」
「うん、私も話を聞いている限りそう思うわ。嫌なところは見たくない。そこを突っ込まれる可能性があるならいらない」
「つまり俺がそこを突っ込んできそうだ、と感じたと」
「おそらくね。彼女の掌の上で転がった結果存在してる囲いは、彼女に強く何か言えない。彼女からの愛情や場合によってはそういう行為の供給が途絶えるからね。お互いがお互いの弱みを握っている、とでも言えばいいかしらね」
文句を言わない限り擬似的に恋愛ごっこができる環境を提供する代わりに自分が永遠に肯定され続ける世界。それが片蔵の求める世界。
「新倉くんは何も提供されないまま囲いになろうとした。加えて私たちが話してるのを見かけてしまった。私たちがどんなことを企んでいるかはさておき、彼女の理想郷には必要のないものだと判断されたんでしょうね」
「そりゃまた横暴だな……」
片蔵は自分の欲しいものだけを求める赤ん坊のような振る舞いをしている。徹底的に自分の理想の生活を拒むものを排除して、自分自身でも自覚している自分の欠点や汚点を永遠に見ないようにしたいと願いながら。
「なんか、違うよなぁ」
欠点や汚点が存在しているのは仕方ないと思う。だけどそれを欠点だと気付いていながら、特に何もせず知らないフリをして生活していくのなんて勿体ない。
「けど、ダメではないわ」
言いつつ逢坂は窓の外を向く。
「あの鳥がビルの間を縫って飛ぶのも、そこに壁があるからよ」
野生の動物は自分に降りかかる危機を本能的に察知して避けながら生活している。きっと動物というものの中にある本能的なものなんだろう。
「本能的には正しい、か。それは認めるしかないな」
「ただ、私たちは理性をもつ人間というものよ。野生的で利己的なホモ・サピエンスではないわ。場合によっては自分自身と闘っていかなきゃならない」
逃げ続けて生活するのは楽だ。考えなくていい。
だが、人が形成する一つの社会というものにおいて、苦しいからと、つらいからと逃げてばかりいたら立場はどんどん悪くなるばかりだ。
「どうする?」
唐突に、逢坂が質問を投げかけた。
「正直言って見込みは薄いと思うわ。敵対視されてるし、そもそもそういう問題点を見たくないと喚き散らしているタイプの子は取り付く島がない場合もある。穴熊くんの言う通り、無駄なことになるとは思うわ」
「それはそうだが……」
ここで俺が諦めるということは片蔵は除名処分となるということだ。未だによく理由はわからないが、それだけはするべきではないと思う。
「まあそういう反応だと思ってたけどね、お人好し」
「うるせぇな。別にいいだろ」
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