耳が痛い話にご注意を。

はじめ

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第一章 愛多ければ憎しみ至る

どうしたいか

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 アンティークが立ち並ぶ棚に、薄暗い暖色系の照明。それに照らされている木製のテーブルは少しだけくたびれていてむしろ味が出ている。
 その上に置かれているのは湯気の立つコーヒーカップと汗をかいたグラス。対面して座るのは二人。
「で、その相談を私にしに来た、と」
「意識的か無意識的かの違いはあるが、だいたい状況は似通ってるだろ?」
 ここは少し寂れた商店街の中のカフェ。
 俺に対面している逢坂は半分アイスコーヒーが残っているグラスをストローでクルクルとかき混ぜている。
 絵になるな。
「『絵になるな』」
「おっとそういえば見られてるんだったな」
「油断しちゃダメよ。私に対する賞賛はだいたい読めるから」
 あの夜以降、学校ですれ違うたびに内側を見ようと試みているが、そもそも俺の察知範囲は自分に向けられている思いに限るので、全く見ることはできなかった。そのせいで今日の今日まで自分が見られていることをすっかり忘れていたのだ。
 さっきも駅の改札で待ち合わせしていた時に、やっぱスタイルいいな、とふと思ったことを読まれたのか、静かに「変態、帰るわよ」と言われてしまった。
 心休まる時がないな。
「言っとくけど、私も同じだからね。もしかしたら心が読まれているかもしれない、っていうことに割とビクビクしてるのよ」
 ん? と俺は首を傾げた。
「肯定的意見以外も見えるようになったのか?」
「違うわよ。今日会ってから今までの時間でそういう風に考えてそうだなって思っただけ」
 逢坂は普通に洞察力もあるようで、肯定的意見ではなくても察することができるようだった。いよいよ心が休まらないな。
「まず、その穴熊くんの意見だけど、着眼点自体は面白いと思う。だけど、私には当てはまらないかな」
 アイスコーヒーを飲み終えた逢坂が口を開いた。
「新倉くんはどうかわからないけど、私は明確に見えるのよ。文字が対象の周りに浮かんで見えるの。うるさい人なんてもはや顔を見ることもできないわ」
 どうやら逢坂は実際に想いというものが質量のある何かになるらしい。想いの内容や強さに応じて色や色の濃さ、硬さ、存在感なんてものが変わっていくらしい。
「例えばさっきの新倉くんの『絵になるな』っていう思考は、ぽっと思いついただけのものみたいにフワフワした感じだった。色もほぼ付いてなかったけど、若干白っぽかったわね」
「ほう、そんなにはっきりと見えるのか」
「ええ。新倉くんは見えないの?」
「んー、俺は見えたことはないかなぁ……」
 記憶を掘り返すがそれが見えた記憶は今の所見つからなかった。
「自分はどちらかというと脳内に直接入り込んでくる感じかな。耳に入る言葉と内側で言ってる言葉が同時に聞こえるような感じ」
「なるほど、新倉くんは聴覚的に人の心が聞こえるわけだ」
「ちなみに逢坂は聞こえたりはしないのか?」
「するわよ」
「んー、となると俺も一年経つ頃には見えるようになるってことなのかな」
「それは一年経ってみないとわからないけど、少なくとも私は最初から聞こえたし見えてもいたわ」
 お互い何かしらの形で苦痛を受けた際に心が見えるようになっていることを考えると、どの程度辛い思いをしたかによって変わるのかもしれないが、現状、それを判断する材料は俺たちにはなかった。
「今わかっていることは、見える者同士でも見える、ってことくらいね」
 よく漫画とかで見えてる者同士は見えない、みたいな設定があるけど俺たちの間にそれはないみたいだった。
「で、あと研究室の子の話だっけ?」
「そうそう、そっちが本題」
 今日の話し合いの1番の本筋は片蔵の話だ。
 希望しているかどうかはさておき、状況的には男たちからチヤホヤされていることに変わりのない逢坂なら、なんとなく解決法がわかると思ったのだ。
「その子、気持ち悪いわね」
 淡々と悪態をつく。
「まずチヤホヤされたいって何よ。モデルの仕事はかっこよく、可愛く服を着こなしたり写真に映ったりすることでしょ。他人からの承認を受けることではないし、そのために身体売ったり時間売ったりしてるのがまず気持ち悪い。その上本来学生が励むはずの勉強や研究が疎かになってるのに開き直ってるのも気持ち悪い。というかそもそも何が楽しいのかわかーー」
「ちょっとストップストップ!」
 分析を始めるのかと思って聞いていたらいつのまにかただの愚痴になっていた。
「なによ」
「冷静さを欠いておりますぞ、逢坂殿」
「ふん、気にくわないから文句言ってるだけよ、新倉殿」
 それを冷静さを欠いてるって言うんだがな。
 なんとか逢坂を宥めた俺はとりあえず話を進める。
「大志は片蔵を除名してもいいんじゃないかって言ってる。実際研究室にもほぼいないし、たまに来ても初歩的な実験をして満足して帰っていくしで、あまり成果を残せていないのもあってか、大志にとっては見たくない分子みたい」
「なるほどね」
 逢坂は顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せた。
「まず、相談してくるってことは新倉くんは除名することに対して違和感を抱いている、という認識でいい?」
「それは……」
 それは……どうなんだろう。実際違和感は覚えている。だけどその違和感の正体がなんなのか、言葉にできない。
「明確にはなってないけどなんとなくそう思ってる、っていう感じね」
「察しが良くて助かる」
「いいえ。でもちゃんと答えてね。新倉くん自体はどうしたいの?」
 どうしたいか、か。考えても見なかった。
 そもそも違和感の正体がなんなのかもわかっていないのにどうしたいもなにもない。強いて言うなら、
「穏便に済ませたい」
「どうやって?」
「まあ、そうなるわな」
 穏便に済ませようと思えば思うほど、この件はどうにもならないのでは、という考えが浮かぶ。
「なんとなく察してるとは思うけど」
 俺が考え込んでいると、逢坂がそれを遮るように口を開いた。
「私は除名賛成派よ。片蔵さんはなにも見えてない。本質がね。肩書きと中身が一致してないの。大学生でもなければモデルでもない。そんな人が大学にいるのも撮影会にいるのもちゃんちゃらオカシイと思うのよ」
 なにも間違っていない、と思ってしまった。
 片蔵はおそらく、自分の味方についてくれる人の中心に存在して、その人たちからの一方通行の愛を受け取りたいタイプの人なのだろう。
 つまり大学生であることもモデルであることもただのステータスであり、中身が空っぽだろうが周りからチヤホヤされていればそれでいいのだろう。
「新倉くんが片蔵さんと最後に話したのはいつ?」
「たしか……もう2ヶ月くらい前な気が。俺が避けてるところもあるけど」
 本音を言えば、話したくない。承認欲求の波に飲み込まれそうになるから。
「彼女の現状がわからないとこれ以上何を詮索しても変わらないわ。まずは話をしてみましょう」
「話をするって言ってもなぁ……」
 話題もないし用もない。正直な話、助ける義理もないと言えばない。今俺を突き動かしてるのは一体なんなんだ。
「最初に話した通りよ。新倉くんはどうしたいのか。それが全てよ。一旦冷静になって考えなさい。あと3時間くらいなら待つから」
 時計を見ると午後2時。3時間もすれば秋の田舎町は真っ暗だ。
「いいのか?」
「なにも答えが出ないまま解散していいことなんてないでしょ。それに私が呼び出された理由もなくなる」
「ありがとう」
 今一度、スタート地点に戻ってみる。
 大志や逢坂の考えと俺の考えはほぼほぼ一致している。片蔵の現状をまずいと思っていることは確かだ。
 なら反発しているところはどこなのか。
「除名は、やりすぎだ」
「うん」
「たしかに片蔵はなにもわかっちゃいないが、だからと言って研究室に存在しちゃいけないわけじゃない。何か有効な手段を俺は考えたい」
「なるほどね。答えが出たじゃない。5分もかかってないし」
「三時間フルに使うと思ってたのかよ」
「三十パーセントくらい?」
 小馬鹿にしたように逢坂が笑う。だが、そんなに不快にはならなかった。
「新倉くんがそうしたいなら私はいくらでも協力するわ」
「同盟、だからか?」
「それもあるけど、似たような症状の人が困ってるとなったら助けたくなるでしょ。それに何かしらのつながりがなければこうやって話すこともなくなるし、そうなったら同盟の意味がなくなるじゃない」
 なるほど、いつ意識的に逢坂の心を見ようとしても見えないわけがわかった。この子はいつも複雑に思考を噛み合わせて生活しているんだ。
「お前さんの内心が見える日は来るのかのぉ」
「さあ? それより今後どうするのかを考えましょう」
 逢坂はカバンからA4サイズの紙とボールペンを取り出した。
「何するんだ?」
「話し合いをするときは紙とペンが一番よ。ここに話の主導権を持ってる人が逐一記録していくのよ。そしたらどこまで話が進んでてどの程度意見が出てるのか一目瞭然でしょ?」
「お、頭いいな」
 実際、痴話喧嘩なんかだとお互いの意見のぶつけ合いになったり、時には情を揺さぶったりする悪い奴もいる。そういう人や状況にあったときに効果的な方法だと思う。
「いい? まずこの手のタイプの子にもいくつかパターンがあるの。まず考えられるのがーー」
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