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第一章 愛多ければ憎しみ至る
夢物語
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「もし、人の心が見えるとしたらお前ならどうする?」
薄暗い研究室のパソコンのモニターを眺めながら、隣に座って同じく別のパソコンのモニターを眺めている穴熊大志に問うた。
「……とうとう気が狂ったか」
「ちげえよ。ただの興味だ」
大志は俺の噂話を特に信じない、まあ簡単に言うといい奴だ。単に鋭い奴とくらいにしか思っていないらしいし、勘が働いたり洞察力がいいのは研究者としては優秀、とかえっていい評価を与えているようだった。
「俺は理論的な話は好きだが、そういう夢物語は専門外なんでな」
「じゃあ理論的に語るとどうなる?」
「単なる類稀なる洞察力の究極系。相手の行動や仕草、言動から傾向を読み取ってパターン化し、それを世間的な規約と照らし合わせたと結果、現在相手はこう考えてるに違いない、と思い込むこと」
「おお、手厳しい」
「見える、というのは少し変な表現かもしれないな。考えるスピードが早い。おそらくそれがその人にとってものを目で捉えるのと同じスピードでできるようになった結果、見える、という表現に成り代わってるんじゃないだろうか」
「なるほどなぁ」
大志は超理論派だ。科学的に証明できないことは基本的には信じないし、そもそもそういう話は彼には存在しない。全て理論で片付けようとするからだ。
「よもや、俺には見えている、なんて言い出すんじゃないだろうな?」
「うんや、考えるスピードが早い」
「それでこそ俺が見込んだ男だ」
実際彼の話を聞く限り、俺もそうなのではないかと思ってしまう。
もうこのくらいの歳になると、排斥的に過ごしていない限りいろいろなタイプの性格の人間と出会っている。ある程度深い付き合いまで行く人もその中にはいて、そうすると態度からその人がどのパターンに一番近いか、なんていうのを瞬時に判断できてもおかしくはない。
つまり俺も逢坂も見えているのではなくて、すごいスピードで察している、と言い換える方が正しいのかもしれない。
「で、結局お前はどうするんだ? ものすごいスピードで考えることができたとしたら」
「そうだな。俺なら一切考えないようにするな」
「そりゃまたどうして」
「人に興味がないから。考えてもつまらないものだしな」
「そ、そうか」
大志は人に興味がない。揺れ動く情や、人の感じ方はどうしても完璧にパターン化できないものだと捉えてるらしく、理論の範囲外、と彼の中では位置付けされているようだった。
理論で語れないものを徹底的に排除する。それが大志の生き方だ。
「だが、今一つだけ、人の問題で解消したいことがある」
「ほう?」
ちらっと大志が目を向けた方向を見やると、そこには香り付けのすごい女の子が白衣を着て実験をしているようだった。
「ほう、あの子が好きと申すか」
「しばき倒すぞ? その逆だ」
「あらま。そりゃまたなんで?」
「知っているだろう。あの子の特性」
そりゃまたなんで? と聞きはしたが、俺もどちらかというとあの子は苦手だった。
片蔵由良。ネットネーム、片神ゆらら。ネット配信者、兼アマチュアモデルをしている子だ。
やってることに文句があるわけではない。多様化の時代、いろんな趣味を持ってて悪いことはない。問題はその向こう側にある。
「色恋営業、枕営業、媚び売りに不幸アピール、言い訳全開でおまけに教授と喧嘩をし始める始末。香ばしいと思わないか、理也」
「まあ、いろいろとまずいとは思ってる」
同じ研究室にいる以上、何度か話すことはあるのだが、絵に描いたようなぶりっ子ぶりに同研究所の全員が呆れている状態なのだ。
加えて俺は片蔵のことをうるさいと思っている。声がでかいとか騒がしいとかそういうことではなく、発言一つ一つが承認欲求で満ち溢れていてそれが見えてしまってうるさいのだ。
「けど……あれはなぁ……」
以前何度か指摘をしに行った人がいる。だがその全てが暖簾に腕押し、糠に釘。聞き苦しい言い訳と意味のわからない理論で塗り固め、できないことに開き直っているようだったのだ。
ちなみにその時俺はパスした。あの場にいるとあの子の発言の裏で吐き気がしそうだったからだ。
「しかし留年まで開き直っているんだぞ。今後の研究生活に悪影響が出そうな気もするが」
「かと言って、俺たちでなんとかできる問題か?」
「除名」
「お前はやり方が酷すぎる」
流石に冗談だとは思うが正直教授と強いパスを持っている大志なら発言一つで実現しそうだしやりかねないな、と思った。
「もっと穏便にする方法はないのかい」
「俺は正直それくらいしないと効かないと思うけどな」
過激派はなかなか言うことが違うようだ。片蔵本人が留年しているせいで来年も半年は一緒に研究室にいることになるのでできれば何もしないでいただきたい。
ただ、本人が変わっていくのに何かしらのエネルギーをかけないと変化が起きないのも事実だ。特に、ああいう弱い方弱い方へと流れていきがちな子は活性化エネルギーの山を越える前に元の位置に戻ってしまうこともある。おそらく今までの指摘が全く意味を成さなかったのもそういうところだろう。
「考えておくかな」
「ほどほどにしとけよ。いよいよとなったら俺は実行するから」
「マジかよ……」
……どうやら冗談ではなかったらしい。もしかすると来年あの子の名前はないかもしれないな……。
薄暗い研究室のパソコンのモニターを眺めながら、隣に座って同じく別のパソコンのモニターを眺めている穴熊大志に問うた。
「……とうとう気が狂ったか」
「ちげえよ。ただの興味だ」
大志は俺の噂話を特に信じない、まあ簡単に言うといい奴だ。単に鋭い奴とくらいにしか思っていないらしいし、勘が働いたり洞察力がいいのは研究者としては優秀、とかえっていい評価を与えているようだった。
「俺は理論的な話は好きだが、そういう夢物語は専門外なんでな」
「じゃあ理論的に語るとどうなる?」
「単なる類稀なる洞察力の究極系。相手の行動や仕草、言動から傾向を読み取ってパターン化し、それを世間的な規約と照らし合わせたと結果、現在相手はこう考えてるに違いない、と思い込むこと」
「おお、手厳しい」
「見える、というのは少し変な表現かもしれないな。考えるスピードが早い。おそらくそれがその人にとってものを目で捉えるのと同じスピードでできるようになった結果、見える、という表現に成り代わってるんじゃないだろうか」
「なるほどなぁ」
大志は超理論派だ。科学的に証明できないことは基本的には信じないし、そもそもそういう話は彼には存在しない。全て理論で片付けようとするからだ。
「よもや、俺には見えている、なんて言い出すんじゃないだろうな?」
「うんや、考えるスピードが早い」
「それでこそ俺が見込んだ男だ」
実際彼の話を聞く限り、俺もそうなのではないかと思ってしまう。
もうこのくらいの歳になると、排斥的に過ごしていない限りいろいろなタイプの性格の人間と出会っている。ある程度深い付き合いまで行く人もその中にはいて、そうすると態度からその人がどのパターンに一番近いか、なんていうのを瞬時に判断できてもおかしくはない。
つまり俺も逢坂も見えているのではなくて、すごいスピードで察している、と言い換える方が正しいのかもしれない。
「で、結局お前はどうするんだ? ものすごいスピードで考えることができたとしたら」
「そうだな。俺なら一切考えないようにするな」
「そりゃまたどうして」
「人に興味がないから。考えてもつまらないものだしな」
「そ、そうか」
大志は人に興味がない。揺れ動く情や、人の感じ方はどうしても完璧にパターン化できないものだと捉えてるらしく、理論の範囲外、と彼の中では位置付けされているようだった。
理論で語れないものを徹底的に排除する。それが大志の生き方だ。
「だが、今一つだけ、人の問題で解消したいことがある」
「ほう?」
ちらっと大志が目を向けた方向を見やると、そこには香り付けのすごい女の子が白衣を着て実験をしているようだった。
「ほう、あの子が好きと申すか」
「しばき倒すぞ? その逆だ」
「あらま。そりゃまたなんで?」
「知っているだろう。あの子の特性」
そりゃまたなんで? と聞きはしたが、俺もどちらかというとあの子は苦手だった。
片蔵由良。ネットネーム、片神ゆらら。ネット配信者、兼アマチュアモデルをしている子だ。
やってることに文句があるわけではない。多様化の時代、いろんな趣味を持ってて悪いことはない。問題はその向こう側にある。
「色恋営業、枕営業、媚び売りに不幸アピール、言い訳全開でおまけに教授と喧嘩をし始める始末。香ばしいと思わないか、理也」
「まあ、いろいろとまずいとは思ってる」
同じ研究室にいる以上、何度か話すことはあるのだが、絵に描いたようなぶりっ子ぶりに同研究所の全員が呆れている状態なのだ。
加えて俺は片蔵のことをうるさいと思っている。声がでかいとか騒がしいとかそういうことではなく、発言一つ一つが承認欲求で満ち溢れていてそれが見えてしまってうるさいのだ。
「けど……あれはなぁ……」
以前何度か指摘をしに行った人がいる。だがその全てが暖簾に腕押し、糠に釘。聞き苦しい言い訳と意味のわからない理論で塗り固め、できないことに開き直っているようだったのだ。
ちなみにその時俺はパスした。あの場にいるとあの子の発言の裏で吐き気がしそうだったからだ。
「しかし留年まで開き直っているんだぞ。今後の研究生活に悪影響が出そうな気もするが」
「かと言って、俺たちでなんとかできる問題か?」
「除名」
「お前はやり方が酷すぎる」
流石に冗談だとは思うが正直教授と強いパスを持っている大志なら発言一つで実現しそうだしやりかねないな、と思った。
「もっと穏便にする方法はないのかい」
「俺は正直それくらいしないと効かないと思うけどな」
過激派はなかなか言うことが違うようだ。片蔵本人が留年しているせいで来年も半年は一緒に研究室にいることになるのでできれば何もしないでいただきたい。
ただ、本人が変わっていくのに何かしらのエネルギーをかけないと変化が起きないのも事実だ。特に、ああいう弱い方弱い方へと流れていきがちな子は活性化エネルギーの山を越える前に元の位置に戻ってしまうこともある。おそらく今までの指摘が全く意味を成さなかったのもそういうところだろう。
「考えておくかな」
「ほどほどにしとけよ。いよいよとなったら俺は実行するから」
「マジかよ……」
……どうやら冗談ではなかったらしい。もしかすると来年あの子の名前はないかもしれないな……。
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