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第八話【スパイシー☆スープカレー】失敗は成功のもと!?

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「きゃあっ!」

短く悲鳴を上げると、美寧は床に尻もちをついた。
はずみで左手から皿が飛び出し、少し離れたところでガシャンと音を立て、反対の手に持っていたはずの鍋の蓋が、すぐ目の前を転がっていく。

「ミネっ!!」

キッチンの戸が音を立てたのと同時に怜の声が聞こえた。
床に座り込んで呆然としていた美寧は、駆け寄ってきた彼の方をぎこちなく振り返った。

「れいちゃん……」

美寧の隣に片膝を着いた怜の顔は、彼にしては珍しく、分かり過ぎるほど気持ちが表情に出ている。よほど慌てたのだろう。

「どうした!?何があった?怪我は?」

美寧は黙って左右に首を振る。
申し訳なさと情けなさでじわりと視界が滲み、彼から視線を外した。

美寧に怪我がないことを確かめると落ち着きを取り戻した怜は、キッチンに入って来た時から鼻をついていた異臭を確かめるべく立ち上がった。コンロを見ると、思った通りそこには焦げ付いた鍋が一つ置かれていた。

「火傷はしていませんか?」

落ち着いた声で問われ、美寧は再び首を振った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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「帰りはおそらく七時くらいになると思います。出掛ける時は戸締りを忘れずに。それと、今日も暑いですので熱中症にはくれぐれも気を付けて。あと迷子にも。」

朝、家を出る前にいつもと同じ台詞を口にした怜に、美寧は少しだけ不貞腐れたような気持ちになる。

(迷子だなんて。もうこどもじゃないのに……)

前歴があることを棚に上げて、美寧は「分かってるもん」と頬を膨らませる。
そんな美寧に、怜は困ったように眉を少し下げ、口をつぐんだ。

(またやってしまった……)

怜は優しいから口には出さないけれど、きっと美寧に呆れているのだと思う。こんな風に言ってしまうなんて、まるで反抗期の中学生みたいだ。もっとも、中学生の自分は大人に反抗した記憶はないけれど。

(こんなふうな言い方、今まで誰にもしたことなかったのに……)

美寧は今、怜に対して素直に振る舞えない自分に戸惑っていた。

怜を不愉快にさせていないか不安になって、動きの少ないその表情を伺い見る。
すると彼も美寧を見ていて、視線が交わった。

そのまま、怜の顔がゆっくりと近づいてくる。美寧の体が無意識にあとずさった。

「ミネ?」

「あっ……えっと…、うん、分かってるよ。大丈夫。出る時は帽子も日傘も水筒も持って出るし、戸締りもします。暑いし迷子になるほど遠くにも行かないから。」

早口でそう言うと、不審そうにする怜を誤魔化すように、「もう出ないと遅れちゃうよ?」と言って急かしては、彼を玄関から送り出したのだった。

初めてハンバーグを作ったあの日。口の中を火傷した美寧を気遣って、怜は“恋人休止宣言”をした。

本当は口の火傷などなんともなかったのだが、成り行き上『痛い』と言うしかなかった美寧は、怜が申し訳なさそうにそう宣言したのを止めることも出来ずに受け入れたのだ。

するとその翌日から、怜との触れ合いがパタリと止んだ。
毎回『おはよう』や『いってきます』という言葉と共に落とされるくちづけも、何気ない時に抱き寄せる腕も、そっと優しく髪を撫でる手も。

それを物足りないと思ってしまう自分は、なんて我が儘なのだろう。
―――怜を拒否したのは美寧自身なのに。

怜の方は特に気にしている様子はなく、あまりに淡々としているので、それが余計に美寧をモヤモヤとした気持ちにさせるのだ。

(こんな気持ちになるのは、私だけなのかな……)

恋人らしい触れ合いをやめて前のように過ごしていると、これまでのことが夢だったのかも、と思わず考えたくなってしまう。

(ううん……もしかしたら今も夢を見ているのかもしれない……)

もしかしたらあの日雨の公園で倒れてからずっと、自分は夢の中にいるのかもしれない。

そんなふうに考えると、寒くもないのに身震いしてしまうのだ。

(れいちゃんと一緒にいる今が、もし夢だったらどうしよう。)

目が覚めて、またあの冷たい檻のような部屋に一人だったら―――

泣きたくなるほど胸が締め付けられて、苦しさに叫びだしたくなる。

(ううん、違う。夢じゃない。私はここにいる。)

ぎゅっと握った手の感覚を頼りに、自分を励ました。
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