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第六話【熱々じゅわっとハンバーグ】何事にも初めてはつきものです。

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怜と“恋人練習”をするようになって十日ほど経った。
挨拶のキスには辛うじて慣れた、というか、それがないと少し物足りないかもしれない―――怜には言ってないけれど。

けれど口の中を味わうように撫でまわされるような口づけには慣れないし、こんなふうにのし掛かられるのも初めてで、どうしていいのか分からない。

怜は美寧の顔の横に突いた手に体重をかけているのか、美寧の体は思ったほど苦しくはない。
苦しいのは、絶え間なく降ってくるキスで忙しく暴れまわる心臓だ。

「んんっ」

抵抗することなく組み敷かれている美寧を“是”と受け取ったのか、怜は唇を落とす先を美寧の唇へと戻した。

二度目になるその感触に美寧は、驚きはするけれど怖がるそぶりはない。それが怜にも伝わったのだろう、一度目は様子を伺うような動きをしていた舌先が、今度は奥まで入って来た。

少しも緩むことのない深いくちづけは、一方的なようでそうではない。
美寧の様子を注意深く伺いながら、彼女の感じるところを探して責める。怜の細やかな気遣いは、こういう時も変わらないのだ。

美寧はぼんやりとした頭で、いつぞや怜が『食べてしまいたくなる』と言っていたことを思い出した。

(これがそのことなの……?)

そんなことが頭を過ぎるが、口づけに思考が奪われていく。

体が燃えそうなほど熱い。
耳に入ってくるのは、激しく鳴る鼓動と舌が動くときの水音、そして自分口から漏れる吐息だけ。

(気持ちいい……れいちゃんのキス………)

甘やかされるような口づけに、思考と体が溶けきろうとしている、その間際。

『黙ってても女の子達が寄ってくるのはホント変わんない』

―――ユズキの声が耳の奥でこだました。

気付いた時には美寧は両手で、怜の体を押し返していた。

その腕にはほとんど力が入っていなかったが、美寧のかすかな抵抗に気付かない怜ではない。

「……ミネ?」

美寧から離れた怜が窺うように覗きこんでくる。いつの間に外されたのか、そこに眼鏡は無い。
視線を斜めに逸らしたまま黙っている美寧に、怜はもう一度声をかける。

「―――嫌でしたか?」

ハッとなった美寧は、慌てて頭を左右に振った。
けれど反射的に応えたものの、「じゃあなぜ」と問われても答えようがない。美寧本人にも怜を拒んだ理由が分からないのだから。

荒い息で上下する胸を抑えながら、美寧は視線を彷徨わせる。
なんて言おうと逡巡していると、ふと体が軽くなる。覆い被さっていた怜が退いていた。

熱くなった体をすっと冷たい空気が撫でる。美寧は小さく身震いをした。

(エアコンの風…ちょっと寒いかも……)

そんなことが頭を過ぎったとき、美寧の体がぐっと起こされた。目を丸くする彼女の髪を、怜がそっと撫でる。

「嫌になりましたか?俺のこと……」

心配そうに伺う怜に、美寧は再び頭を左右に振った。

「ほんとに?」

それでも尚心配そうに美寧の顔を覗き込んでくる。
とっさに口から言葉が突いて出た。

「ほんと!気持ち良かったよ!」

しまった、と思った時には遅かった。怜は目を大きく見開いている。

(な、なんてことをっ!私のばか~~~っ!!!)

顔がみるみる真っ赤になっていく。時すでに遅し、とはこのことだ。

「あのっ、えっと、これは……その、」

言い訳なんか一つも思い浮かばない。
顔を真っ赤にして慌てふためく美寧に、怜はクスリと小さく笑った後破顔した。

「良かった」

綺麗な笑顔に、美寧は目を奪われた。
普段はあまり大きく表情を変えることのない怜の、レア中のレアな満面の笑みだ。

「じゃあ、どうして?」

そうだ、『気持ち良かった』と言ったのだから、怜を押し返した理由にはならない。
何と答えて良いのか美寧が悩んでいると

「もしかして、やっぱり火傷が痛かったのですか?」

怜がそう聞いてきた。

美寧はここぞとばかりに上下に頭を振り、「そ、そうなの……」と小さく呟いた。

「そうだったのですね…それは申し訳ありませんでした」

本当は火傷なんて痛くも痒くもないのだが、そういうことにしないと他に説明できる事柄もない。

「痛い思いをさせてしまってすみません」

心底申し訳なさそうな怜に、美寧の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。けれど、訂正は出来なかった。

「少し待っていて下さい」

怜は立ち上がってキッチンの方へ向かって行った。

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