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第四話【スペシャルパンケーキ】休日ブランチは極甘に!?

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二重の意味で自分が浅はかだったことに思い到り、美寧の胸に罪悪感がじわじわと湧き上がって来る。

怜の告白に自分はハッキリとは答えていない。
『好き』という言葉どころか、『恋人になる』ということに頷いたかどうかすら、あやふやだった。

「あ、…えっと、その…………ごめんなさい」

消え入りそうな声で謝ると、するりと髪を撫でられる。

「謝らないで下さい。俺がそれでいいと言ったのですから」

背中に回された方の手が、あやすように背中をトントンと軽く叩く。
膝の上で抱きしめられているこの状況がとても恥ずかしいのに、服越しに伝わってくる怜の温もりはどこか心地良い。

「でも……」

「―――もう黙って」

低く甘い声がそう囁いた後、美寧の額に柔らかなものが押し当てられる。

「ぅなっ、」

美寧の驚きの声と同時に、ちゅっという音を立てながら額から離れたそれは、こめかみを経由して頬へと降ってくる。
顔中に何度も落とされる口づけに、美寧は真っ赤になった。

「れ…れいちゃんっ、」

「いやですか?」

そう問いかける怜の顔まで十センチほどしかない。ため息が出るほど綺麗な顔が目前で自分を見下ろしている。その瞳の奥に、かすかに揺れる怜の感情が見えた気がする。

美寧は黙って首を左右に振った。

次の瞬間、怜が言った。

「―――良かった」

花がほころぶような笑顔だった。

普段からあまり表情を大きく崩すことのない怜のその笑顔に、美寧は息を呑んだ。
心臓を銛か杭のようなもので打たれたような、直接手で鷲掴みにされたような、そんな衝撃に息が詰まる。

「美寧」

自分の名前が耳の中にダイレクトに響く。甘く掠れた声に、身を竦めると

「好きだよ」

さらにそう注ぎ込まれて、きゅん、と心臓が音を立てた。

全身が暖炉の薪にでもなったみたいに熱くて、見なくても自分の体が隅から隅まで真っ赤になっているのが分かる。

異性と交際どころか、誰かを好きになった経験すらない美寧は、そんな自分が普通なのかおかしいのかすら分からなくて、ただただ恥ずかしくて顔を上げられず、怜の腕の中で俯いて顔を隠した。

そんな美寧のことなどお見通しなのか、怜は美寧の頭のてっぺんに唇を寄せた後、耳元に口づけると、「ミーネ」と軽やかに呼びかける。

顔を伏せたまま“いやいや”をするように頭を左右に振る美寧の頬にそっと手を差し込んだ怜は、そのまま少しだけ体を離すと美寧の顔を覗き込むように体を傾けた。

「ミネ、顔を見せてくれませんか?」

真っ赤になった美寧は、覗き込むようにして目を合わせようとする怜の視線から逃れるように、反対側へと視線を避けた。

「……困りましたね」

小さな息とともに漏らされた言葉に、美寧はハッとなった。

(また私、こどもっぽいことしてる……)

自分の子どもじみた行動が、怜を呆れさせたかもしれないと思い始める。
十も年上の怜に対する彼女なりの乙女心ではあるが、本人にその自覚はない。

美寧はおずおずと怜の方へ顔を向けた。

怜は目を瞠った。
自分の方を向いた美寧は、白い肌を赤く染め、大きな瞳を潤ませている。
その姿はいつもの“可愛らしい子猫”のものではなく、“色香に満ちた女性”のものだった。

予想を超えた美寧の魅力に動きを止めていた怜の、胸元をきゅっと何かが掴む。美寧の手だ。

「わ…わたしでいいの?」

恐る恐るというように上目使いで見上げる美寧に見惚れて、怜は一瞬彼女が何を訊ねているのかピンと来なかった。
けれど、美寧の次の言葉にハッとなる。

「私みたいな、こどもで…れいちゃんはいいの?」

怜は、頼りなさげに揺れる瞳に見上げられながら、彼女を不安にさせているのが自分なのだと気が付いた。

「ミネ、ではなくて、ミネ、いいのです。俺はそのままのミネが好きですよ」

しっかりと目を合わせてそう言うと、美寧の頬にサッと朱が差す。
怜は畳み掛けるように言葉を続けた。

「それに俺はミネのことを“こども”だとか“こどもっぽい”と思ったことは一度もありません」

「え、本当?」

「ええ、本当です。可愛いな、と思うことは多々ありますが」

「か、可愛い……」

「ええ。可愛すぎていつも困ります」

「こっ、困るって……」

「食べてしまいたくなる」

「たっ、食べ…って、私は食べられないよ、れいちゃん」

眉間に皺を寄せて「そんなにお腹が空くの?やっぱりパンケーキ足りなかった?」と美寧は呟く。
それを見た怜は、少し間を空けてから

「女性として魅力的だ、ということです」

そう言って美寧の頬に口づける。

「~~っ」

怜は顔を赤くした美寧に、少しだけ満足そうに口元を緩ませる。
美寧の反応に気をよくしたのか、怜はそのまま何度か美寧の頬や額にちゅっちゅっと口づけていくと、少しだけ唇を離してから尋ねた。

「キスしてもいいですか?」

「え?」
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