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第四話【スペシャルパンケーキ】休日ブランチは極甘に!?
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「~~~っ!」
怜は、美寧の手首を掴んだまま口に入れたものを咀嚼している。伏せた瞳の長い睫毛が頬に影を作っている。
美寧は固唾を呑んでその姿を見つめ続けていた。
「―――甘い」
「え?」
「甘いですね……」
言いながら顔を上げた怜の額には、眉間にしわが寄っている。
「自分で作っておいて言うのもなんですが、甘すぎて俺にはこれ以上無理です」
美寧は目を瞬かせた。怜の表情からそれが嘘偽りではないことが分かる。本当にこれ以上は無理そうだ。
(じゃあ、なんで―――)
自分に『食べさせて』と言ったのだろう。それ以前にこのパンケーキは半分怜のものではなかったのか。
美寧の頭の中に一気に色々な疑問が渦巻いた。
「くくっ、真っ赤だ」
怜は楽しそうに肩を揺らして笑った怜に、美寧は更に顔だけでなく全身を赤くした。
「かっ、からかったの!?」
つま先からかぁっと熱が上ってくる。
羞恥と腹立たしさが同時にくるぐると、美寧の体を螺旋状に駆け上がってきた。
「からかう?なぜ?」
「~~っ!」
キョトンとした目で怜が首を傾げる。そんな姿までが綺麗で可愛くて、なんだかずるい。
言葉を無くしながらも目だけで抗議の意を表すべく、美寧は眉を跳ね上げて怜を睨んだ。目尻が少し上向きの美寧の丸い瞳が、きゅっと細くなる。
そんな美寧の顔を見て、怜は涼しげな瞳を細めた。
「ひ、ひどいよ、れいちゃん……」
「ひどい?」
「れいちゃんの分まで食べちゃったんだと思って本気で焦ったのにっ!れいちゃんに悪いって思ってる私をからかうなんて……」
心から申し訳なくて焦ったことを思い出した美寧は、からかわれた悔しさに肩を震わせながら大きな瞳にうっすらと涙を溜め、怜を睨んだ。無言で睨むことで美寧は精一杯の叛意を表す。
フォークを持った右手はまだ怜に取られたまま。自分を睨む美寧に、怜は眉一つ動かさない。
彼が何を考えているのかは美寧には分からなかった。
もしかしたら、美寧のあまりのこどもっぽさに怜は呆れてしまっているのかもしれない。
途端にさっきまでの怒りはどこかに引っ込んでしまい、些細なことで怒ってしまった自分への自己嫌悪が湧き上がる。
美寧は怜から視線を外すと、自分の足元へと視線を落とした。
ものの数分の間にめまぐるしく変化する感情の波に呑まれながら、美寧の怒りはやるせない悲しみに変化した。
美寧の瞳に集まった水膜が、雫になって溢れ出しそうになった。
「―――すみませんでした」
(え?)
耳に入った声に目を見張った瞬間、美寧の体がふわりと持ち上がった。
「~~っ!」
何が起こったか分からなかった。ただ、美寧の視界には薄いブルーのリネンシャツが映っている。頬に当たるそれはとても肌触りが良い。
「からかっているつもりはなかったのですが、ミネを傷付けてしまったのなら謝ります。申し訳ありません」
耳のすぐ近くから聞こえる声は、低すぎず高すぎず、いつのも心地良いものだ。
心地良い、はずなのに、美寧の心臓は急に忙しなく動き出す。
「泣かせるつもりじゃありませんでした……」
申し訳なさそうな声でそう言われ、「泣いてない」と反論しようと顔を上げた―――が、声は出なかった。
ぶつかった瞳が、とても甘かった。
顔を上げたまま動きを止める。縛られたように体が動かない。動かない体とは真反対に心臓は速度を増していく。
この時になって初めて、美寧は自分が怜の膝の上に横抱きにされていることに気が付いた。
「あなたがあまりに可愛いから、食べるつもりはなかったのに欲しくなったのです。」
細めた瞳が蕩けそうなほどに甘い。
「そんなに喜んで美味しそうに食べてくれるなら、きっとどんなに甘くても俺にも食べられるかも、と思ったんです」
怜は片手で美寧の頬をそっと包むと、親指で下唇の際をスッと撫でた。
美寧を見る怜の瞳は蠱惑的で、その美しさに吸い込まれそうになる。
「でも、ミネも悪いのですよ?」
ここに来て“ミネも悪い”と言われ、美寧はピクリと肩を揺らした。
(私も悪い……?)
いったい自分の何が悪かったのだろう。小首を傾げるが全く分からない。
そんな美寧の様子に、怜はふぅっと腹の底から息をついた。
「これだから……無自覚は困るな」
(むじかく?)
美寧が頭の中でそれを変換する前に、怜は言葉を続ける。
「好きな人から何の他意もなく『大好き』と言われた俺の、心中を忖度してください」
「っ、」
あの時の、怜の困ったような微苦笑が脳裏に甦る。
美寧は自分の失態を悟った。
それはきっとパンケーキを独り占めしてしまうことよりも罪深い。
と同時に、ここ数日“夢だったのかも”と思っていたことが、そうではなかったことを悟った。
怜は、美寧の手首を掴んだまま口に入れたものを咀嚼している。伏せた瞳の長い睫毛が頬に影を作っている。
美寧は固唾を呑んでその姿を見つめ続けていた。
「―――甘い」
「え?」
「甘いですね……」
言いながら顔を上げた怜の額には、眉間にしわが寄っている。
「自分で作っておいて言うのもなんですが、甘すぎて俺にはこれ以上無理です」
美寧は目を瞬かせた。怜の表情からそれが嘘偽りではないことが分かる。本当にこれ以上は無理そうだ。
(じゃあ、なんで―――)
自分に『食べさせて』と言ったのだろう。それ以前にこのパンケーキは半分怜のものではなかったのか。
美寧の頭の中に一気に色々な疑問が渦巻いた。
「くくっ、真っ赤だ」
怜は楽しそうに肩を揺らして笑った怜に、美寧は更に顔だけでなく全身を赤くした。
「かっ、からかったの!?」
つま先からかぁっと熱が上ってくる。
羞恥と腹立たしさが同時にくるぐると、美寧の体を螺旋状に駆け上がってきた。
「からかう?なぜ?」
「~~っ!」
キョトンとした目で怜が首を傾げる。そんな姿までが綺麗で可愛くて、なんだかずるい。
言葉を無くしながらも目だけで抗議の意を表すべく、美寧は眉を跳ね上げて怜を睨んだ。目尻が少し上向きの美寧の丸い瞳が、きゅっと細くなる。
そんな美寧の顔を見て、怜は涼しげな瞳を細めた。
「ひ、ひどいよ、れいちゃん……」
「ひどい?」
「れいちゃんの分まで食べちゃったんだと思って本気で焦ったのにっ!れいちゃんに悪いって思ってる私をからかうなんて……」
心から申し訳なくて焦ったことを思い出した美寧は、からかわれた悔しさに肩を震わせながら大きな瞳にうっすらと涙を溜め、怜を睨んだ。無言で睨むことで美寧は精一杯の叛意を表す。
フォークを持った右手はまだ怜に取られたまま。自分を睨む美寧に、怜は眉一つ動かさない。
彼が何を考えているのかは美寧には分からなかった。
もしかしたら、美寧のあまりのこどもっぽさに怜は呆れてしまっているのかもしれない。
途端にさっきまでの怒りはどこかに引っ込んでしまい、些細なことで怒ってしまった自分への自己嫌悪が湧き上がる。
美寧は怜から視線を外すと、自分の足元へと視線を落とした。
ものの数分の間にめまぐるしく変化する感情の波に呑まれながら、美寧の怒りはやるせない悲しみに変化した。
美寧の瞳に集まった水膜が、雫になって溢れ出しそうになった。
「―――すみませんでした」
(え?)
耳に入った声に目を見張った瞬間、美寧の体がふわりと持ち上がった。
「~~っ!」
何が起こったか分からなかった。ただ、美寧の視界には薄いブルーのリネンシャツが映っている。頬に当たるそれはとても肌触りが良い。
「からかっているつもりはなかったのですが、ミネを傷付けてしまったのなら謝ります。申し訳ありません」
耳のすぐ近くから聞こえる声は、低すぎず高すぎず、いつのも心地良いものだ。
心地良い、はずなのに、美寧の心臓は急に忙しなく動き出す。
「泣かせるつもりじゃありませんでした……」
申し訳なさそうな声でそう言われ、「泣いてない」と反論しようと顔を上げた―――が、声は出なかった。
ぶつかった瞳が、とても甘かった。
顔を上げたまま動きを止める。縛られたように体が動かない。動かない体とは真反対に心臓は速度を増していく。
この時になって初めて、美寧は自分が怜の膝の上に横抱きにされていることに気が付いた。
「あなたがあまりに可愛いから、食べるつもりはなかったのに欲しくなったのです。」
細めた瞳が蕩けそうなほどに甘い。
「そんなに喜んで美味しそうに食べてくれるなら、きっとどんなに甘くても俺にも食べられるかも、と思ったんです」
怜は片手で美寧の頬をそっと包むと、親指で下唇の際をスッと撫でた。
美寧を見る怜の瞳は蠱惑的で、その美しさに吸い込まれそうになる。
「でも、ミネも悪いのですよ?」
ここに来て“ミネも悪い”と言われ、美寧はピクリと肩を揺らした。
(私も悪い……?)
いったい自分の何が悪かったのだろう。小首を傾げるが全く分からない。
そんな美寧の様子に、怜はふぅっと腹の底から息をついた。
「これだから……無自覚は困るな」
(むじかく?)
美寧が頭の中でそれを変換する前に、怜は言葉を続ける。
「好きな人から何の他意もなく『大好き』と言われた俺の、心中を忖度してください」
「っ、」
あの時の、怜の困ったような微苦笑が脳裏に甦る。
美寧は自分の失態を悟った。
それはきっとパンケーキを独り占めしてしまうことよりも罪深い。
と同時に、ここ数日“夢だったのかも”と思っていたことが、そうではなかったことを悟った。
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