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第一話【ふわとろオムライス】ケッチャップで愛の言葉を!?
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駅前の商店街から住宅街へと真っ直ぐ伸びる道。
その道を、長い脚を忙しなく動かしながら迷いのない足取りで進むその人は、人の流れから逸れるように脇にある公園へと曲がって行った。
遊具で遊ぶ子ども達や目の前を横切る散歩の犬に少しも脇目も振らずにサクサクと進みなら、怜は帰宅後のことを考えていた。
(きっと怒っているでしょうね…。でもまぁ、約束をやぶってしまった俺が悪い、か)
時刻は午後六時二十分。隠れそうで隠れそうにない太陽が容赦なく照りつけてくる。七月半ばの夕昏は、全くもって優しくない。
梅雨明けが宣言されると、待ってましたと言わんばかりの真夏日に、周りの人々が辟易とした顔をして歩いている。そんな中、スーツを着てネクタイを締めているにもかかわらず一人涼しげに颯爽と公園の中を歩いていく怜の姿は、すれ違う女性たちの視線を集めていた。
(どうやって機嫌を取ろうか…あの可愛らしい子猫の)
自分に注がれる視線に全くもって頓着ない彼は、自分の気がかりばかりを考えながら、帰宅の足を速めた。
「ただいま」
ガラガラと音を立てながら玄関の引き戸を開け、中に向かって声をかける。
年季の入った玄関扉は、動かす度に大きな音を立てる。怜は、そろそろ油を注さないとと思いつつ、再度同じ音を立てながら引き戸を閉めた。
この築三十年の一軒家は怜の両親が建てたものだ。住む人が居なくなってしばらく空き家になっていたものを少しずつ手直ししながら住み始めて、もう十年以上経つ。
扉を閉め切ったところで、怜はいつもと様子が違うことに気付いた。
ここ一か月、この引き戸の音を合図に彼女が家の奥から飛び出してくるのが恒例行事のようになっているが、今日はそれがない。
(うたた寝でもしている?それともやっぱり出迎えにも来ないほど怒っているのか?)
飛び出してくるどころか、物音一つしないことを不審に思いながら靴を脱いで廊下を進む。キッチンの戸を引いて覗いてみるがその姿はない。
「ミネ?」
リビングのソファーでいつものようにうたた寝をする姿もない。
(この時間はいつも家にいるはずだが……)
いつもの居るはずの存在がないことに、怜は少し焦る。
まさか出て行ったのか、と思った次の瞬間、奥の方からガタガタと音がした。
「れいちゃん、おかえりなさいっ!!」
勢いよく開いたドアから飛び出して来たのは、怜が探していたその人。
焦った顔をした彼女の髪からはポタポタと雫が垂れ、濡れた足跡が板張りの廊下に付いていた。いつもはふわふわと波打つ茶色い髪は、今は腰の辺りに重そうに落ちている。
「ただいま、ミネ。―――お風呂に入っていたのですね」
「うん…お夕寝しちゃったら沢山汗かいて…れいちゃんが帰ってくる前に綺麗にしておきたかったから……。お風呂先に入っちゃって、ごめんなさい……」
そう言って俯いた美寧の前髪から、雫が垂れそうになっている。怜はそれを自分の袖でグイッと拭った。
「そんなことは気にしません。いつも言っているでしょう?あなたは好きな時に好きなことをして良いのです。それよりもびしょ濡れのままじゃないですか。ちゃんと乾かさないとまた風邪を引いてしまいますよ?」
「う、うん…ごめんなさい…れいちゃんが帰ってきた音がしたから、早くおかえりなさいを言いたくて」
申し訳なさそうに謝った後美寧が浮かべたはにかんだ笑顔に、怜の顔は自然と緩む。
ミネの肩から下がっているだけのタオルをスッと抜き取ると、彼女の濡れた頭の上に乗せ、ワシワシと少し強めに擦った。
くすぐったそうに肩を竦めたミネに
「着替えて来たら乾かしてあげますから、しっかりタオルで拭いておいてください」
そう言い残すと、彼女の頭にタオルを残したまま手を離した。
駅前の商店街から住宅街へと真っ直ぐ伸びる道。
その道を、長い脚を忙しなく動かしながら迷いのない足取りで進むその人は、人の流れから逸れるように脇にある公園へと曲がって行った。
遊具で遊ぶ子ども達や目の前を横切る散歩の犬に少しも脇目も振らずにサクサクと進みなら、怜は帰宅後のことを考えていた。
(きっと怒っているでしょうね…。でもまぁ、約束をやぶってしまった俺が悪い、か)
時刻は午後六時二十分。隠れそうで隠れそうにない太陽が容赦なく照りつけてくる。七月半ばの夕昏は、全くもって優しくない。
梅雨明けが宣言されると、待ってましたと言わんばかりの真夏日に、周りの人々が辟易とした顔をして歩いている。そんな中、スーツを着てネクタイを締めているにもかかわらず一人涼しげに颯爽と公園の中を歩いていく怜の姿は、すれ違う女性たちの視線を集めていた。
(どうやって機嫌を取ろうか…あの可愛らしい子猫の)
自分に注がれる視線に全くもって頓着ない彼は、自分の気がかりばかりを考えながら、帰宅の足を速めた。
「ただいま」
ガラガラと音を立てながら玄関の引き戸を開け、中に向かって声をかける。
年季の入った玄関扉は、動かす度に大きな音を立てる。怜は、そろそろ油を注さないとと思いつつ、再度同じ音を立てながら引き戸を閉めた。
この築三十年の一軒家は怜の両親が建てたものだ。住む人が居なくなってしばらく空き家になっていたものを少しずつ手直ししながら住み始めて、もう十年以上経つ。
扉を閉め切ったところで、怜はいつもと様子が違うことに気付いた。
ここ一か月、この引き戸の音を合図に彼女が家の奥から飛び出してくるのが恒例行事のようになっているが、今日はそれがない。
(うたた寝でもしている?それともやっぱり出迎えにも来ないほど怒っているのか?)
飛び出してくるどころか、物音一つしないことを不審に思いながら靴を脱いで廊下を進む。キッチンの戸を引いて覗いてみるがその姿はない。
「ミネ?」
リビングのソファーでいつものようにうたた寝をする姿もない。
(この時間はいつも家にいるはずだが……)
いつもの居るはずの存在がないことに、怜は少し焦る。
まさか出て行ったのか、と思った次の瞬間、奥の方からガタガタと音がした。
「れいちゃん、おかえりなさいっ!!」
勢いよく開いたドアから飛び出して来たのは、怜が探していたその人。
焦った顔をした彼女の髪からはポタポタと雫が垂れ、濡れた足跡が板張りの廊下に付いていた。いつもはふわふわと波打つ茶色い髪は、今は腰の辺りに重そうに落ちている。
「ただいま、ミネ。―――お風呂に入っていたのですね」
「うん…お夕寝しちゃったら沢山汗かいて…れいちゃんが帰ってくる前に綺麗にしておきたかったから……。お風呂先に入っちゃって、ごめんなさい……」
そう言って俯いた美寧の前髪から、雫が垂れそうになっている。怜はそれを自分の袖でグイッと拭った。
「そんなことは気にしません。いつも言っているでしょう?あなたは好きな時に好きなことをして良いのです。それよりもびしょ濡れのままじゃないですか。ちゃんと乾かさないとまた風邪を引いてしまいますよ?」
「う、うん…ごめんなさい…れいちゃんが帰ってきた音がしたから、早くおかえりなさいを言いたくて」
申し訳なさそうに謝った後美寧が浮かべたはにかんだ笑顔に、怜の顔は自然と緩む。
ミネの肩から下がっているだけのタオルをスッと抜き取ると、彼女の濡れた頭の上に乗せ、ワシワシと少し強めに擦った。
くすぐったそうに肩を竦めたミネに
「着替えて来たら乾かしてあげますから、しっかりタオルで拭いておいてください」
そう言い残すと、彼女の頭にタオルを残したまま手を離した。
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