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Encore*玉手箱はお受けいたしかねま…す?
玉手箱はお受けいたしかねま…す?[3]ー⑤
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「いいの、分かってる。わたしもアキについて行きたいもの。アキのこと、そばで支えたい……あなたのお母さまがそうだったように」
「吉野……」
「でも。だとしたら、アキと一緒に新しいクラフトビール造りが出来るなんて、人生最初で最後のチャンスだと思う。きっと大変だろうけど、その分すごくやりがいもありそう。正直、かなり惹かれてる」
「なら、」
「でもわたしなんかに出来ることがあるとは思えなくて……ビール造りなんて素人同然だし、難しいことは全然分からない……。アキにとってもTohmaにとっても、すごく大事な事業なのに……アキの足を引っ張るんじゃないか、って……」
「そんなことない。静さんに出来ることは沢山ある」
「そう…なの?」
「ああ。ビール開発のテイスティングは、多種多様なビールを飲んできた静さんの経験値が役に立つ。消費者側に近い意見も期待している。それに交換留職で迎える方達と現地の職人たちを繋ぐ人も必要だ」
「職人たちを繋ぐ……」
「そう。語学が堪能でビールが好きなあなたに、その役目を担って欲しいんだ」
アキは既に新事業でわたしに任せたいと考えてくれている仕事があるのだと思ったら、胸がじりじりと熱くなった。新しいことに足を踏み出す前のドキドキとワクワクに胸が膨らんでいく。
未知の場所に足を踏み出すことへの恐れが、高揚感にみるみる塗り替えられる。
それはまるで、山の端から顔を出した太陽が、夜の帳を押し上げて行くように。
「わたし……わたしアキと一緒にクラフトビールを造ってみたいっ…!」
「静さん……」
「アキ…いいえ、当麻CMO。わたしを新しいブルワリーで使ってください! 通訳でも雑用でもなんでもします。わたしは少しでもあなたの助けになりたい」
わたしが思いの丈を込めてそう言うと、アキは一瞬目を見張った後、綺麗な顔をほころばせた。
「ありがとう、吉野」
そう言うや否や、アキはわたしをひょいっと抱え上げた。
「わっ、アキっ!」
「あなたが居てくれたらなんだって出来そうだ!」
流石にその場でクルクル回ることはしなかったものの、満開の笑顔でわたしを嬉しそうに見上げてくる。子どもみたいに抱えられたわたしは、周りの視線が痛すぎて、今度こそ周りに視線を遣る勇気はない。
アキが嬉しい時にわたしを抱え上げるのは、どうやら彼の癖のようだ。美寧ちゃんにも同じことをしていたのを見てやっと気が付いた。
でも、こういうのも子どもが出来るまでかな。子どもが居たらきっとその子をいっぱい抱っこして可愛がりそう。アキならきっと素敵なパパになるだろうな……。
なんて、ずいぶん先走った妄想をしてしまい、我ながらちょっと恥ずかしい。頬がじわっと熱くなっていく。
「見て、静さん。綺麗な朝やけだ」
アキの見ている方向に顔を上げると、山から完全に顔を出した朝陽が辺り一面を照らしていた。
朝陽に照らされてまばゆいばかりに輝く川面が、咲き誇る桜に優しく縁取られている。
言葉もなくただ「ほぅ」と息を吐くと、アキが顔をこちらに戻した。
「この景色を一生忘れない。僕たちの始まりはここからだ」
「うん。わたしも絶対忘れない」
「また来よう」
「うん!」
大きく頷くと、アキがやっとわたしを下におろした。足が地面につくのと同時に、アキが「あ!」と声を上げる。
何か大事なことでも忘れたのかと「どうかしたの?」と訊くと、アキは神妙な顔つきで「そのうち絶対ブルックリン橋にも連れて行くから」と言った。
「ふふっ、そうね。いつかアキと一緒に行ってみたいな」
「そんなに遠くない将来に連れていく。タワーブリッジもね」
「楽しみ! でも今度はスマホを落とさないようにしないとね」
「……それは言わないで」
しゅんと眉を下げた顔が可愛くて、思わず「ふふふっ」と笑ってしまった。
「さ、そろそろ行こうか。お腹も減ったことだし」
「うん。そう言えば、朝ごはんはまだだったわね……どうする?」
「もちろん、嵐山と言えば――」
「「ネコ型パン!」」
声がハモって顔を見合わせて「くすくす」と小さく笑い合う。
「ご飯を食べたら竹林を散歩しよう」
「うん!じゃあそのあとは、」
「「水族館!」」
今度こそ二人で声を上げて笑った。
指を絡めて手を繋いだまま、わたしたちはゆっくりと渡月橋を渡りきった。
【Encorel*Fin.】
お読みくださりありがとうございました!
汐埼ゆたか
「吉野……」
「でも。だとしたら、アキと一緒に新しいクラフトビール造りが出来るなんて、人生最初で最後のチャンスだと思う。きっと大変だろうけど、その分すごくやりがいもありそう。正直、かなり惹かれてる」
「なら、」
「でもわたしなんかに出来ることがあるとは思えなくて……ビール造りなんて素人同然だし、難しいことは全然分からない……。アキにとってもTohmaにとっても、すごく大事な事業なのに……アキの足を引っ張るんじゃないか、って……」
「そんなことない。静さんに出来ることは沢山ある」
「そう…なの?」
「ああ。ビール開発のテイスティングは、多種多様なビールを飲んできた静さんの経験値が役に立つ。消費者側に近い意見も期待している。それに交換留職で迎える方達と現地の職人たちを繋ぐ人も必要だ」
「職人たちを繋ぐ……」
「そう。語学が堪能でビールが好きなあなたに、その役目を担って欲しいんだ」
アキは既に新事業でわたしに任せたいと考えてくれている仕事があるのだと思ったら、胸がじりじりと熱くなった。新しいことに足を踏み出す前のドキドキとワクワクに胸が膨らんでいく。
未知の場所に足を踏み出すことへの恐れが、高揚感にみるみる塗り替えられる。
それはまるで、山の端から顔を出した太陽が、夜の帳を押し上げて行くように。
「わたし……わたしアキと一緒にクラフトビールを造ってみたいっ…!」
「静さん……」
「アキ…いいえ、当麻CMO。わたしを新しいブルワリーで使ってください! 通訳でも雑用でもなんでもします。わたしは少しでもあなたの助けになりたい」
わたしが思いの丈を込めてそう言うと、アキは一瞬目を見張った後、綺麗な顔をほころばせた。
「ありがとう、吉野」
そう言うや否や、アキはわたしをひょいっと抱え上げた。
「わっ、アキっ!」
「あなたが居てくれたらなんだって出来そうだ!」
流石にその場でクルクル回ることはしなかったものの、満開の笑顔でわたしを嬉しそうに見上げてくる。子どもみたいに抱えられたわたしは、周りの視線が痛すぎて、今度こそ周りに視線を遣る勇気はない。
アキが嬉しい時にわたしを抱え上げるのは、どうやら彼の癖のようだ。美寧ちゃんにも同じことをしていたのを見てやっと気が付いた。
でも、こういうのも子どもが出来るまでかな。子どもが居たらきっとその子をいっぱい抱っこして可愛がりそう。アキならきっと素敵なパパになるだろうな……。
なんて、ずいぶん先走った妄想をしてしまい、我ながらちょっと恥ずかしい。頬がじわっと熱くなっていく。
「見て、静さん。綺麗な朝やけだ」
アキの見ている方向に顔を上げると、山から完全に顔を出した朝陽が辺り一面を照らしていた。
朝陽に照らされてまばゆいばかりに輝く川面が、咲き誇る桜に優しく縁取られている。
言葉もなくただ「ほぅ」と息を吐くと、アキが顔をこちらに戻した。
「この景色を一生忘れない。僕たちの始まりはここからだ」
「うん。わたしも絶対忘れない」
「また来よう」
「うん!」
大きく頷くと、アキがやっとわたしを下におろした。足が地面につくのと同時に、アキが「あ!」と声を上げる。
何か大事なことでも忘れたのかと「どうかしたの?」と訊くと、アキは神妙な顔つきで「そのうち絶対ブルックリン橋にも連れて行くから」と言った。
「ふふっ、そうね。いつかアキと一緒に行ってみたいな」
「そんなに遠くない将来に連れていく。タワーブリッジもね」
「楽しみ! でも今度はスマホを落とさないようにしないとね」
「……それは言わないで」
しゅんと眉を下げた顔が可愛くて、思わず「ふふふっ」と笑ってしまった。
「さ、そろそろ行こうか。お腹も減ったことだし」
「うん。そう言えば、朝ごはんはまだだったわね……どうする?」
「もちろん、嵐山と言えば――」
「「ネコ型パン!」」
声がハモって顔を見合わせて「くすくす」と小さく笑い合う。
「ご飯を食べたら竹林を散歩しよう」
「うん!じゃあそのあとは、」
「「水族館!」」
今度こそ二人で声を上げて笑った。
指を絡めて手を繋いだまま、わたしたちはゆっくりと渡月橋を渡りきった。
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