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Chapter15*ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。

ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。[1]ー③

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慌てて前を向くと、当麻CEOが苦い顔をしてこちらを見ている。

しまった!! お父上CEOの前だった……!

自分の失態に気付いて、顔が赤面する。わたしが「すみません」と謝るより、アキの言葉の方が早かった。

「というわけで、Eddy Brewing社の職人クラフトマンと当社の研究員をそれぞれ数名ずつ、交換留職することが決まりました」
「そうか」
「はい。つきましては、トーマビールの製造部の研究員から、あちらに留職したい者の希望や推薦を募ることにいたします」
「そうか、分かった」

頷いたCEOを見ながら、わたしは内心で驚きの声を上げていた。

(すごい…アキ……)

“交換留職”――交換留学の職業版とも言えるそれは、お互いの経験や知識、技術を活かしながら、他の企業で新しい視野や価値観を得るために行われる制度。

これまで、Tohmaグループではグループ内で“出向”という形で行われてきたものの、まったく別の、しかも海外の企業とおこなったことはない。それをこんな短期間で実現させることにしたなんて……。
やっぱり彼はれっきとした【Tohma】の後継者なのだ。

そんな人が我が家うちのほほん・・・・とわたしと一緒にビールを飲んで、しかも嫌そうに顔をしかめていただなんて…!

二月に入ってからは忙しそうなのは分かっていたけれど、『雲の上の人だから忙しいんだろうな』くらいに思っていたあの頃の自分め…!

「あちらから来てもらう職人たちには、その研究員が抜けた部署に入ってもらうのだから、受け入れる側の体制も万事抜かりないようにせねばならないな」
「そのことですが……CEO」

それまではまったく淀みなく業務連絡をしていたアキが、一度言葉を止めた。そして改まった口調で言った次の言葉は、わたしを更に驚かせるものだった。

「こちらに来てもらうEddy Brewing社のクラフトマンたちには、まったく別の場所に行ってもらうことになるでしょう」
「――どういうことだ」
「はい。私は新たに “クラフトビール製造所”を立ち上げようと思っています。そこの開発員として彼らを迎えたい」
「えっ!」

思わず声を上げてしまい、慌てて自分の口を手で押さえる。CEOはわたしの方をチラリと見たが、何も言わずアキに視線を戻した。

「クラフトビール製造……新規に地ビール部門 を設立したい、ということか」
「――いえ。“新部門”ではなく“新会社”として立ち上げたいと考えています。その立ち上げを私に任せて頂きたい」

(ええーーっ!!)

今度は何とか声に出さずに堪えたけれど、さっきよりもっと大きな声で叫びたかった。

確かにTohmaうちのグループにクラフトビールの会社はない。ウィスキーやワインの企業は傘下にあるけれど、それだって合併や業務提携でグループに入っていたものだ。

だけど、アキ。ビールが苦手なのに……。

そう思ったのはわたしだけじゃなかったみたい。
アキの正面に座るCEOが息子と同じ形の瞳を、スッと細めて口を開く。

「さて。ビールが苦手なおまえに、美味い・・・クラフトビールが造れるのか?」

CEOの瞳がまっすぐにアキを見る。決して鋭く睨んでいるわけではないのに、有無を言わせぬ気迫がある。そこには “父親の情”など微塵も混じらない、冷徹な経営者の目そのものだ。
そんな目で見られているのが自分ではないのに、ゴクリと生唾を飲み込んだわたしとは反対に、アキは「ふっ」と軽く笑うように息を漏らした。

(え、今笑った……? なんで!?)

隣を凝視すると、アキは口の端を上げて、“御曹司然”と優雅に微笑んだ。

「彼女と――吉野と一緒なら造れます」
「えっ!」

驚きすぎてとうとう我慢出来ずに声を上げてしまったわたしの方を見て、アキはにっこりと微笑んだ。

笑ってもダメっ! ちゃんと説明して!!
じろりと睨むと、アキは眉を少し下げて困ったような微笑みになった。

やだ、またそんな可愛い顔して……。顔がにやけちゃうじゃないか、CEOの前なのに!
なんとなくアテンダント魂を試されているような気持ちになってしまい、根性で営業スマイルを返しておく。

だけど次にアキが言った言葉に、わたしは両目を見開いた。

「あなたと一緒に居て気が付いたんだ。自分がビールを苦手な理由に」
「えっ!」
「どういうことだ」

わたしの驚く声とCEOのいぶかしげな声が重なる。アキがゆっくりと正面に顔を戻した。

「僕の“ビール嫌い”は、昔の記憶のせいです」
「昔の記憶……?」と呟いたわたしを見てアキが頷く。
「ああ、そうだ。僕にとってビールは忌まわしいもの。“嫌な記憶”を呼び起こすスイッチだったようだ」
「おまえはまだそんなことを……」

低い声でそう言ったCEO。眉間をきつく寄せ、明らかに不機嫌な顔をした。

それは、どんなにアキと火花を散らす会話をしていても、表情ひとつ変えなかったCEOが、初めて見せた怒り。

それはそうかもしれない。彼にとったら“ビール”は大事な会社の大事な主力商品で。それを『忌まわしい』『嫌な記憶のスイッチ』と言われたら、気分が良くないのは当たり前。しかもそれが、自分の跡を継ぐであろう息子ならなおさら。

わたしが思った通り、CEOは声を荒げた。

「おまえにはTohmaを背負う自覚はないのか!」

怒りをあらわにしたCEOは低く声を震わせ、「そんな無責任な者に会社を任せることは出来ない」と言う。
アキの手がぎゅっと固く握られるのが見えた。

瞬間、わたしは声を上げていた。

「違います! アキは……ご子息は、無責任なんかじゃありませんっ…!」

突然声を上げたわたしに、CEOが目を見張り「どういうことなんだ」と言う。

「静さ、」
「アキは、自分がビールが苦手だということをずっと気に病んでいて、それを克服しようと一生懸命でした! そんな彼に後継者としての自覚がないわけない!わたしはずっと見てきました。苦手なものから目を背けず、懸命に乗り越えようとする彼は……、当麻聡臣は立派なTohma後継者です!!」

制止しようとするアキのことを振り切って、わたしは一気に言った。
いくらCEOでも、いくら父親でも……アキのこれまでの頑張りをまったく無視して、そんなふうに言って欲しくない!

「あなたも父親なら……」

―――ちゃんとアキのことを見てよ!!

感情が高ぶり過ぎて、こみ上げるものが言葉を邪魔する。手と口にグッと力を込めて、それを飲み下してから口を開きかけた時、膝の上の手をギュッと握られた。そして優しく手の甲を撫でられる。
まるで「もういいよ」とでも言うように。

張りつめたものがふわりとゆるみ、熱くなった瞳からひと粒だけしずくがこぼれ落ちた。
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