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Chapter12*Not the glass slippers but the red shoes.
Not the glass slippers but the red shoes.[3]-①
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玄関でしゃがみ込んで嗚咽するわたしを、森と晶人さんが部屋の中まで連れて入ってくれた。
炬燵の前に座らされてもしばらくグズグズと涙が止まらないわたしに、森はわたしが早退したあとのことを説明しながら、必死に「ごめんなさい」と謝ってくれた。
どうやらわたしが医務室から帰ったあと、晶人さんに厳しい指導を受けたらしい。
普段はあまり厳しいことを言うことのない爽やかな上司に叱られたのが相当堪えたのだろう。発注ミスのリカバリーのために晶人さんと今まで残業をしていたという。
在庫過多分の返品が可能かどうか、製造元であるウィスキーボンボンの会社に連絡を取り、約半分の百個は返品することに。
残った百二十個のうち、五十個は本社が引き受けてくれることになったそうだ。あとの七十個はこれから森が責任をもって販売計画を立てて売っていくという。
うちの売店は工場見学に訪れた方しか入ることがないので、ウィスキーボンボンを七十個も売り切るのは結構至難の業。食品にしては賞味期限がそこまで短くないのが唯一の救いかもしれない。
森は今日中にやれることをやったあと、晶人さんに頼んでここまで連れて来てもらったそうだ。
鼻を啜りながら森の話を黙って聞くわたしに、途中晶人さんが「森はわたしが具合を悪くしたのも自分のせいだと相当気にしていた」とフォローを入れる。
滅多に聞くことのない萎れた声とお国言葉で謝られ続けているうちに、わたしの涙も段々と落ち着いてきて、発注ミスの処理について聞き終わる頃にはやっと「具合が悪くなったのも涙も、森のせいじゃない」と口に出来た。
「じゃあいったいなんで泣かはったんですかぁ? 滅多にないもん見たせいでぇ、のんびっくりしたやないですかぁ」
すみませんね、鬼の目にも涙で。
森をじろりと睨んでみるが、真っ赤に腫れた目では全然効果がないらしい。いつのまにか戻ったあのヘンテコな口調で、遠慮なしに痛いところにツッコんでくる。
「まさかっ…、結城課長が泣かしはったんですかぁ!?」
「森、おまえなぁ……。俺は具合が悪いのを心配しただけで何もしていない」
「じゃあいったいなんで……あっ!」
わたしが泣き出す直前のことを思い出そうとするそぶりを見せた森が、何かを閃いたような声を上げた。そしてわたしの顔をのぞき込んで言う。
「もしかしてぇ、あの時の男の子に何か悪さでも……も、もしかして……」
言いながら森がみるみる青ざめていく。
ちょっと森。今とんでもないことを想像してるでしょ……。
わたしはすかさず「違うから」と止めた。
「じゃあなんなんですかぁ、もうっ!」
「そ、それは……」
何をどう説明しようか。森にも訊いておきたいこともあるし、晶人さんにも。
頭の中では色々と思うことあるのに、ごちゃごちゃしてしまってどれも言葉にならない。そのせいで言い淀んで黙ってしまったわたしに、それまで黙って話を聞いていた晶人さんが口を開いた。
「静、おまえ……CMOと何かあったのか?」
「えっ、CMOって当麻王子ですかぁ!? なんで急に王子の話にぃ?」
「さっきのは当麻CMOだった」
「ええっ…! あのひと、王子やったんですか!? 全然気ぃつかへんかったわぁ……」
「私服だったし、雰囲気がいつもと全然違っていたから俺も最初は気付かなかったが、髪をかきあげた時にさすがに気付いた。あれは確かに当麻聡臣CMOだった。そうだろ、静」
確信をもってそう問われ、誤魔化しようがないことを悟ったわたしは、おずおずと頷いた。
ここまで来たら逃げも隠れも出来ない。仕方なくわたしはアキとの関係を二人に語った。
「ええっーーっ素敵ですぅぅ! まるで恋愛ドラマみたいな出会いやないですかぁ!」
「そんな偶然があるなんてな」
信じられないという顔をした二人が、それぞれ思ったことを口にする。
わたしが説明した内容は――
CMOと社員して顔を合わせる前に、偶然に知り合っていたこと。
それをきっかけにプライベートで交流があったこと。
そして、少し前に彼と付き合い始めたと自分は思っていたこと。
出会った直後の“一夜の過ち”や彼の“ビール嫌い”とその“克服協力”については話さなかった。
「じゃあなんですかぁ、静さんは王子に何か言われたせいでぇ泣かはったってことなんですよねぇ……てことは別れ話、」
「森」
晶人さんが森の言葉を途中で止めた。目くばせをした彼に、森がハッとした顔になる。
二人同時にこっちを見られ、わたしは慌てて頬を拭った。鼻を噛んで大きく息を吸い込んでから口を開く。
「わたしも……森に訊きたいことがあるの」
「のんにですかぁ?」
つぶらな瞳をパッチリと開いて小首を傾げた森はまさにチワワみたい。マスカラでふさふさのまつ毛を瞬かせている彼女に、わたしは「うん」と頷く。
「なんで森は、さっきアキに……CMOに気付かなかったの?」
「えぇっ! あんないつもと違わはったらパッと見ただけじゃぁ分かりませんってぇ…!」
「でもあなた、彼と……その……あの………」
「え?なんですかぁ?聞こえにくいですぅ……分かりやすくぅハッキリ言ってもらわなぁ」
『分かりやすくハッキリ』なんて森に言われる日が来るとは…!(世も末)
うっかり逸れかけた思考を、こちらを見つめるチワワの瞳に引き戻される。
炬燵の前に座らされてもしばらくグズグズと涙が止まらないわたしに、森はわたしが早退したあとのことを説明しながら、必死に「ごめんなさい」と謝ってくれた。
どうやらわたしが医務室から帰ったあと、晶人さんに厳しい指導を受けたらしい。
普段はあまり厳しいことを言うことのない爽やかな上司に叱られたのが相当堪えたのだろう。発注ミスのリカバリーのために晶人さんと今まで残業をしていたという。
在庫過多分の返品が可能かどうか、製造元であるウィスキーボンボンの会社に連絡を取り、約半分の百個は返品することに。
残った百二十個のうち、五十個は本社が引き受けてくれることになったそうだ。あとの七十個はこれから森が責任をもって販売計画を立てて売っていくという。
うちの売店は工場見学に訪れた方しか入ることがないので、ウィスキーボンボンを七十個も売り切るのは結構至難の業。食品にしては賞味期限がそこまで短くないのが唯一の救いかもしれない。
森は今日中にやれることをやったあと、晶人さんに頼んでここまで連れて来てもらったそうだ。
鼻を啜りながら森の話を黙って聞くわたしに、途中晶人さんが「森はわたしが具合を悪くしたのも自分のせいだと相当気にしていた」とフォローを入れる。
滅多に聞くことのない萎れた声とお国言葉で謝られ続けているうちに、わたしの涙も段々と落ち着いてきて、発注ミスの処理について聞き終わる頃にはやっと「具合が悪くなったのも涙も、森のせいじゃない」と口に出来た。
「じゃあいったいなんで泣かはったんですかぁ? 滅多にないもん見たせいでぇ、のんびっくりしたやないですかぁ」
すみませんね、鬼の目にも涙で。
森をじろりと睨んでみるが、真っ赤に腫れた目では全然効果がないらしい。いつのまにか戻ったあのヘンテコな口調で、遠慮なしに痛いところにツッコんでくる。
「まさかっ…、結城課長が泣かしはったんですかぁ!?」
「森、おまえなぁ……。俺は具合が悪いのを心配しただけで何もしていない」
「じゃあいったいなんで……あっ!」
わたしが泣き出す直前のことを思い出そうとするそぶりを見せた森が、何かを閃いたような声を上げた。そしてわたしの顔をのぞき込んで言う。
「もしかしてぇ、あの時の男の子に何か悪さでも……も、もしかして……」
言いながら森がみるみる青ざめていく。
ちょっと森。今とんでもないことを想像してるでしょ……。
わたしはすかさず「違うから」と止めた。
「じゃあなんなんですかぁ、もうっ!」
「そ、それは……」
何をどう説明しようか。森にも訊いておきたいこともあるし、晶人さんにも。
頭の中では色々と思うことあるのに、ごちゃごちゃしてしまってどれも言葉にならない。そのせいで言い淀んで黙ってしまったわたしに、それまで黙って話を聞いていた晶人さんが口を開いた。
「静、おまえ……CMOと何かあったのか?」
「えっ、CMOって当麻王子ですかぁ!? なんで急に王子の話にぃ?」
「さっきのは当麻CMOだった」
「ええっ…! あのひと、王子やったんですか!? 全然気ぃつかへんかったわぁ……」
「私服だったし、雰囲気がいつもと全然違っていたから俺も最初は気付かなかったが、髪をかきあげた時にさすがに気付いた。あれは確かに当麻聡臣CMOだった。そうだろ、静」
確信をもってそう問われ、誤魔化しようがないことを悟ったわたしは、おずおずと頷いた。
ここまで来たら逃げも隠れも出来ない。仕方なくわたしはアキとの関係を二人に語った。
「ええっーーっ素敵ですぅぅ! まるで恋愛ドラマみたいな出会いやないですかぁ!」
「そんな偶然があるなんてな」
信じられないという顔をした二人が、それぞれ思ったことを口にする。
わたしが説明した内容は――
CMOと社員して顔を合わせる前に、偶然に知り合っていたこと。
それをきっかけにプライベートで交流があったこと。
そして、少し前に彼と付き合い始めたと自分は思っていたこと。
出会った直後の“一夜の過ち”や彼の“ビール嫌い”とその“克服協力”については話さなかった。
「じゃあなんですかぁ、静さんは王子に何か言われたせいでぇ泣かはったってことなんですよねぇ……てことは別れ話、」
「森」
晶人さんが森の言葉を途中で止めた。目くばせをした彼に、森がハッとした顔になる。
二人同時にこっちを見られ、わたしは慌てて頬を拭った。鼻を噛んで大きく息を吸い込んでから口を開く。
「わたしも……森に訊きたいことがあるの」
「のんにですかぁ?」
つぶらな瞳をパッチリと開いて小首を傾げた森はまさにチワワみたい。マスカラでふさふさのまつ毛を瞬かせている彼女に、わたしは「うん」と頷く。
「なんで森は、さっきアキに……CMOに気付かなかったの?」
「えぇっ! あんないつもと違わはったらパッと見ただけじゃぁ分かりませんってぇ…!」
「でもあなた、彼と……その……あの………」
「え?なんですかぁ?聞こえにくいですぅ……分かりやすくぅハッキリ言ってもらわなぁ」
『分かりやすくハッキリ』なんて森に言われる日が来るとは…!(世も末)
うっかり逸れかけた思考を、こちらを見つめるチワワの瞳に引き戻される。
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