15 / 21
危険な近道
危険な近道5
しおりを挟む来た道をひた走る。行く手を阻むように伸びる枝葉を、必死に手で払いながら。
こんなにがむしゃらに走ったのは、高校の時以来。走るのは決して苦手ではないけれど、普段の運動不足がたたり、すぐに息が上がった。恐怖心も手伝ってたびたび足がもつれそうになりながら、後ろを振り向かず無我夢中で前だけを見た。
しばらくして少し開けた場所に出た。「はぁはぁ」という璃世の息づかいだけが耳に届き、ほかの音はいっさいしない。
(追って来なかったのかも……)
そう思って足を緩めかけたそのとき。
「また迷子になるわよぉ」
「そうだぞぉ」
両耳のすぐ近くでそれぞれ男と女の声が聞こえ、次の瞬間後ろから回り込むように黒いものが前を塞いだ。
璃世は悲鳴を上げることすらできず、その場に凍りつく。
「あと少しだったのになぁ」
「あと少しだったのにねぇ」
さっきまで男女のものに聞こえていた声は、もはやそのどちらでもなく、ひしゃげた音でしかない。
黒くてグニャグニャとした物体は璃世の背の倍ほどになり、穴が空いたようになっている目の中で眼球がギョロギョロと動いている。
(こ、怖い……)
バケモノとしか言いようがないふたつの塊を前に、足はすくみ、体は震えあがった。
「逃げても無駄だぁ諦めろぉ」
「そうよぉ、どうせ逃げられやしないのさぁ」
言いながら黒いバケモノがにじり寄ってくる。
璃世は震える足をどうにか動かし必死に後ずさったが、不意になにかが足に引っかった。
「きゃあっ!」
悲鳴を上げながら転倒した璃世に、黒いバケモノたちがいっせいに飛びかかってきた。
「「おとなしく我々に喰われろぉ!」」
(誰か助けてっ!)
心の中で叫びながらギュっと固く目をつむった。
――そのとき。
「クァーッ!」
けたたましい鳴き声と共に、頭上でバサバサという羽音。
「なんだっ!」「やめろぉ!」というひしゃげた声に、璃世は恐る恐る目を開けた。するとそこには一羽のカラスが。まるで璃世のことを守ろうとしているかのように、バケモノの頭上で羽ばたいている。
よくわからないけれど助かった。今のうちに逃げなければ、と思うのに立ち上がれない。足に力が入らないのだ。
(う、うそ⁉ どうしよう……!)
焦る璃世の目の前で、黒いもの同士の攻防がくり広げられている。
カラスは羽ばたきながら何度もバケモノの頭を突いていたが、そのうち一体がカラスを手で思いきりはたき落とした。地面に落とされたカラスを、すかさずもう一体が踏みつける。
「あっ!」
思わず声を上げたら、バケモノがゆっくりと顔を上げた。眼球など見当たらない真っ黒な目が、舌なめずりするかのように璃世を見る。喉がヒュウッと音を立てた。
黒い手が璃世に向かって伸ばされた、その刹那。
間を割って入るように人影が飛び込んできた。
背中を向けているから顔は見えない。紺色の着物をたどって見上げると、頭の上に黒い毛に覆われたふたつの耳が。
「千…里、店長……」
「店長はいらん」
背中を向けたままそう返ってきた。彼の手はバケモノの腕を掴んでいる。
「まったく……客人の依頼であの白ウサのところへ行ってみれば、おまえの姿がない。迷子になるのが趣味なのか?」
「そんなわけ」
「じゃあ特技か」
「なっ!」
揶揄されたことに言い返そうと璃世が口を開いたとき。
「邪魔をするなぁぁあっ!」
雄たけびと同時にもう一体のバケモノが飛びかかってきた。
反射的に「あぶないっ!」と声を上げた次の瞬間、千里はバケモノの腕を掴んでいるのとは反対の手を振り上げる。そして目のも止まらぬ速さで、指先から伸びた長く鋭い爪でバケモノを切り裂いた。
「グァァァッ!」
「邪魔ものはおまえたちだ」
胴体を真っ二つに割られたバケモノは、その割れ目からサラサラと砂のように崩れ、あっという間に消滅した。
「俺の嫁に手を出した罪は償ってもらうぞ」
「ま、待て! わ、悪かった、おまえのものだなんて知らなかったんだ。もう手を出さない。おとなしく消えるから離してくれよぉ」
腕を掴まれたままのバケモノは、必死に命乞いをした。そのわざとらしい声と言葉に、璃世は絶対嘘だと心の中で唱える。
すると千里は「ふっ」と短く鼻で息を吐いた後、口を開いた。
「本当か?」
「あ、ああ……本当だ! 金輪際この女には近づかないぃ」
「そうか、わかった」
驚きで目を見張る璃世。まさか千里がバケモノの言葉をすんなり信じると思わなかったのだ。
けれど千里はあっさりバケモノを解放した。バケモノが再び襲いかかってくるのではと、一瞬緊張した璃世だったが、バケモノは逃げるようにどこかに消えてしまった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
光速文芸部
きうり
キャラ文芸
片桐優実は九院(くいん)高校の一年生。
小説家志望の彼女は、今日も部室でキーボードを叩いている。
孤独癖があり、いつもクールを装う彼女。
だが、謎めいた男子部員の言動にはいつも内心で翻弄されている。
さらに容姿端麗の同級生からも言い寄られ、クールな顔を保つのもひと苦労だ。
またクラスメイトとの確執もあり、彼女の周囲の人間関係はねじくれ気味。
「どうせ無限地獄なら、もっと速く駆け抜けたいわ」
疲れた彼女がため息をつく。
その時、男子部員の高柳錦司が見せてくれる「作品」とは?
「そうだ今日は読んでほしいものがある」――。
個性的なキャラクターと「日常の謎」の積み重ねの果て、彼女は誰も知らない世界を目の当たりにする。
予想不能の展開が待ち受ける青春ミステリ小説。
※電子書籍で公開中の作品を、期間限定でアルファポリスで公開するものです。一定期間経過後に削除します。
【長編】座敷童子のパティシエールとあやかしの国のチョコレート
坂神美桜
キャラ文芸
ショコラティエの穂香は、京都に自分の店を持つことになった。
開店準備をしていると、求職中だというパティシエールの瑠璃にこの店で働かせてほしいと猛アタックされる。
穂香は瑠璃の話を聞いているうちに仲間意識を感じ、そのまま採用してしまう。
すると突然あやかしの住む国へ飛ばされてしまい、そこで待っていた国王からこの国に自生しているカカオでチョコレートを作って欲しいと頼まれ…
御伽噺のその先へ
雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。
高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。
彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。
その王子が紗良に告げた。
「ねえ、俺と付き合ってよ」
言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。
王子には、誰にも言えない秘密があった。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
貸本屋七本三八の譚めぐり ~実井寧々子の墓標~
茶柱まちこ
キャラ文芸
時は大昌十年、東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)屈指の商人の町・『棚葉町』。
人の想い、思想、経験、空想を核とした書物・『譚本』だけを扱い続ける異端の貸本屋・七本屋を中心に巻き起こる譚たちの記録――第二弾。
七本屋で働く19歳の青年・菜摘芽唯助(なつめいすけ)は作家でもある店主・七本三八(ななもとみや)の弟子として、日々成長していた。
国をも巻き込んだ大騒動も落ち着き、平穏に過ごしていたある日、
七本屋の看板娘である音音(おとね)の前に菅谷という謎の男が現れたことから、六年もの間封じられていた彼女の譚は動き出す――!
臼歯を埋める Puffy fruit
梅室しば
キャラ文芸
【キッチンに残された十六個の歯。これを育てる、だって?】
佐倉川利玖の前に現れた十六個の歯。不思議な材質で出来た歯の近くには『そだててください』という書置きも残されていた。熊野史岐と佐倉川匠も合流して歯の正体を探るが、その最中、歯の一つが割れて芽が伸びているのが見つかる。刻一刻と変化する謎の歯に対処する為に、三人は岩河弥村へ向かい、佐倉川真波の協力を得て栽培に取り掛かる。──これは、奇妙な花の生態に翻弄された数日間のレポート。
※本作は「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる