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まねき亭とその店主
まねき亭とその店主4
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「ウ……ウサギィ⁉」
白い物体の正体はウサギ。
「な、なんでこんなところにウサギが……」
まじまじと見つめたら、ウサギがこちらを向いた。赤い瞳をクリっと動かして鼻をヒクヒクさせる様子が実にあいくるしい。
(も、もふもふだぁ……かっわいい~~!)
なにを隠そう、もふもふな生き物に目がない璃世。手が勝手にウサギに延びる。あと少しで、その柔らかそうな毛並みに触れられると思ったのに。
「やってくれたな」
憤怒の形相の千里がウサギの首もとをひっつかんだ。その途端。
「おはなしなさいっ! レディになんてことなさるのっ!」
(え……)
璃世は自分の耳を疑った。今、ウサギがしゃべったように見えたのだ。
(ま、まさかね……)
そんなことがあるわけないと、あたりを見まわす。どこかにさっきの女性が隠れているにちがいない。
「レディが聞いて呆れるな! どこの世界に跳びげりをするレディがいるってんだ⁉」
「あら? ウサギが跳んでどこが悪いの?」
ごもっとも。――などと、うっかりうなずきかけた璃世であるが、そんな場合ではない。
やはりしゃべっているのはこの白ウサギ。しかも千里はそれが当たり前のように会話をしていて、自分の方がおかしいのかと頭を抱えたくなる。
すると白ウサギは千里をキッと睨み上げた。
「女といちゃつくために客を追い返すとは、言語道断ですわ! この万年発情ネコ!」
「おまっ! 言ったな……」
千里の体から白い煙のようなものがゆらゆらと立ち始める。
その様子を凝視していた璃世は、次の瞬間両目をこぼれんばかりに見開いた。
「み、み、み……耳っ!」
千里の頭の上に、黒い毛に覆われた三角形の耳がついている。
さっきまで普通だった虹彩が今は琥珀色に。黒い瞳の部分は縦に細長くなり、まさにネコのそれだ。
「本気で俺を怒らせたら、ウサギの一匹や二匹、くびり殺すくらい造作もないんだぞ」
「おできになるのならそうすればよろしくてよ。でもその瞬間、あなたは間違いなく神のお怒りを買って、地獄に墜ちることになるでしょうけれど」
「言ったな……望むところだ!」
一瞬即発というほど張り詰めた雰囲気でにらみ合う人外の者たち。璃世の存在など忘れているのか気にも留めていない。
逃げるなら今だと頭の中の自分が言うのだけれど、ガクガクと震えている足を一歩でも動かしたら、腰が抜けてしまいそうなのだ。
(どうしよう、どうしたら……)
その言葉だけが脳内をグルグルと回り、パニックで頭が真っ白になりかけた、そのとき。
「神だろうと閻魔だろうと、気に入らねぇやつに出す茶はねえ!」
耳に聞こえた言葉になにかが「プツン」と音を立てて切れた。
「接客の基本は『笑顔・真心・おもてなし』! お客様は神様なり!」
璃世の大声にふたりがピタリと動きを止めた。大小ふたつの双眸が璃世のことをまじまじと見つめてくる。
(も、もしかしてなにかまずいことでも言っちゃった……?)
背中に冷たい汗がツーと伝い、今度こそダッシュで逃げ出そうかと思った次の瞬間、満面の笑みを浮かべた千里が抱き着いてきた。
「ちょっ、なにすんのっ!」
「さすが俺の見込んだ嫁!」
「離して! 嫁じゃないから!」
千里の腕の中でジタバタと暴れる璃世の足元で、白ウサギが高らかな笑い声を上げる。
「セクハラ撲滅!」とこぶしを握りしめた瞬間、口から人生最大レベルのくしゃみが飛び出した。
白い物体の正体はウサギ。
「な、なんでこんなところにウサギが……」
まじまじと見つめたら、ウサギがこちらを向いた。赤い瞳をクリっと動かして鼻をヒクヒクさせる様子が実にあいくるしい。
(も、もふもふだぁ……かっわいい~~!)
なにを隠そう、もふもふな生き物に目がない璃世。手が勝手にウサギに延びる。あと少しで、その柔らかそうな毛並みに触れられると思ったのに。
「やってくれたな」
憤怒の形相の千里がウサギの首もとをひっつかんだ。その途端。
「おはなしなさいっ! レディになんてことなさるのっ!」
(え……)
璃世は自分の耳を疑った。今、ウサギがしゃべったように見えたのだ。
(ま、まさかね……)
そんなことがあるわけないと、あたりを見まわす。どこかにさっきの女性が隠れているにちがいない。
「レディが聞いて呆れるな! どこの世界に跳びげりをするレディがいるってんだ⁉」
「あら? ウサギが跳んでどこが悪いの?」
ごもっとも。――などと、うっかりうなずきかけた璃世であるが、そんな場合ではない。
やはりしゃべっているのはこの白ウサギ。しかも千里はそれが当たり前のように会話をしていて、自分の方がおかしいのかと頭を抱えたくなる。
すると白ウサギは千里をキッと睨み上げた。
「女といちゃつくために客を追い返すとは、言語道断ですわ! この万年発情ネコ!」
「おまっ! 言ったな……」
千里の体から白い煙のようなものがゆらゆらと立ち始める。
その様子を凝視していた璃世は、次の瞬間両目をこぼれんばかりに見開いた。
「み、み、み……耳っ!」
千里の頭の上に、黒い毛に覆われた三角形の耳がついている。
さっきまで普通だった虹彩が今は琥珀色に。黒い瞳の部分は縦に細長くなり、まさにネコのそれだ。
「本気で俺を怒らせたら、ウサギの一匹や二匹、くびり殺すくらい造作もないんだぞ」
「おできになるのならそうすればよろしくてよ。でもその瞬間、あなたは間違いなく神のお怒りを買って、地獄に墜ちることになるでしょうけれど」
「言ったな……望むところだ!」
一瞬即発というほど張り詰めた雰囲気でにらみ合う人外の者たち。璃世の存在など忘れているのか気にも留めていない。
逃げるなら今だと頭の中の自分が言うのだけれど、ガクガクと震えている足を一歩でも動かしたら、腰が抜けてしまいそうなのだ。
(どうしよう、どうしたら……)
その言葉だけが脳内をグルグルと回り、パニックで頭が真っ白になりかけた、そのとき。
「神だろうと閻魔だろうと、気に入らねぇやつに出す茶はねえ!」
耳に聞こえた言葉になにかが「プツン」と音を立てて切れた。
「接客の基本は『笑顔・真心・おもてなし』! お客様は神様なり!」
璃世の大声にふたりがピタリと動きを止めた。大小ふたつの双眸が璃世のことをまじまじと見つめてくる。
(も、もしかしてなにかまずいことでも言っちゃった……?)
背中に冷たい汗がツーと伝い、今度こそダッシュで逃げ出そうかと思った次の瞬間、満面の笑みを浮かべた千里が抱き着いてきた。
「ちょっ、なにすんのっ!」
「さすが俺の見込んだ嫁!」
「離して! 嫁じゃないから!」
千里の腕の中でジタバタと暴れる璃世の足元で、白ウサギが高らかな笑い声を上げる。
「セクハラ撲滅!」とこぶしを握りしめた瞬間、口から人生最大レベルのくしゃみが飛び出した。
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