6 / 21
まねき亭とその店主
まねき亭とその店主2
しおりを挟む
「なんでそれを……」
呆然とつぶやいたら、呆れたようにため息をつかれた。
「なかなか来ないから探しに出てみれば……迷子になっていたのか?」
訝しげに眉をひそめた彼に、まさかと思いながら尋ねてみる。
「もしかして……『まねき亭』というのはここですか⁉」
「なんだ? 知らずに来たのか?」
あっさりと肯定されて、璃世は両目を大きく見開いた。この近くまで来ていたはずなのに、どうして見つけられなかったのだろう。
だけど今はそれを考えている場合ではない。慌てて振り向き、勢いよく頭を下げた。
「遅くなってしまい申し訳ありません!」
「いや、大丈夫だ。俺はここの店主で、京千里(かなどめ せんり)」
「ありがとうございます、京店長」
「千里でいい」
有無を言わさぬ口調にうなずいたら、突然千里が勢いよくしゃべりだした。
「三矢田璃世、六月十二日生まれ、二十一歳、O型。家族は弟がひとり。性格は真面目で勤勉。長所は寝つきの良さ、短所は方向音痴。身長一五三センチ、スリーサイズは上から八じゅ――」
「わわわわっ! そこまでで結構です!」
慌てて両手を振りながら止めに入る。個人のスマホにどうしてそんな個人情報が。
紹介状代わりに知り合いの親戚のそのまた――の人づてから送られてきたのだろうか。それにしても、璃世のスリーサイズなんて誰も知らないはずなのに――。
千里は当然のような顔をして、さらに驚くことを言った。
「これくらいは知っておいて当たりだ。嫁のことだからな」
「へ……?今なんて……?」
「知っていて当然」
「や、その後の」
自分の聞き間違いであってほしい。一縷の望みを込めてじっと見つめる。
「嫁のこと」
「そ、それです! なんですか、嫁って……私は就職の面接に来たんですけど……」
「ああ、たしかに就職だ――頭に“永久”がつくな」
「えぇっ!」
“面接”だと思って来たのに、それが実は“見合い”だったなんてとんでもない。自分が欲しいのは自力で生きていくための収入であって、間違っても結婚相手ではないのだ。
「話が違うようなので、私はこれで!」
すばやくきびすを返したところで腕を掴まれた。力任せにグイッと引っぱられ、次の瞬間、背中を壁に押しつけられた。
「なっ、なにを――っ」
抗議の言葉を遮るように、千里が璃世の顔の横に「ダンッ」と音を立てて思いきり手をつく。
「な、なにするんですかっ!」
「なにって……夫婦になる契り?」
微笑みながら小首をかしげられ、頭がクラッとする。これはもしや、貞操の危機感というやつなのか。そんなの冗談じゃない。
我に返って必死に目の前の男を睨みつける。
「意味が分かりません! とにかく今すぐ離れてください! なにかしたら警察呼びますから!」
「呼べるもんなら呼んでみな」
「なっ……」
なにそれ! と思った瞬間、思い出した。携帯は故障中だ。警察なんて呼べるはずない。けれどこの人はそのことを知らないはずなのに。
ますます意味がわからなくて、いいかげん頭がショートしかけている。それでもなんとか平静を保とうと眉間に力を込めたところで、突然あごを掴まれクイッと上向かされた。
可動域いっぱいまでまぶたを持ち上げた璃世を見て、千里がクッと短く笑う。
真の意味、“目と鼻の先”で。
呆然とつぶやいたら、呆れたようにため息をつかれた。
「なかなか来ないから探しに出てみれば……迷子になっていたのか?」
訝しげに眉をひそめた彼に、まさかと思いながら尋ねてみる。
「もしかして……『まねき亭』というのはここですか⁉」
「なんだ? 知らずに来たのか?」
あっさりと肯定されて、璃世は両目を大きく見開いた。この近くまで来ていたはずなのに、どうして見つけられなかったのだろう。
だけど今はそれを考えている場合ではない。慌てて振り向き、勢いよく頭を下げた。
「遅くなってしまい申し訳ありません!」
「いや、大丈夫だ。俺はここの店主で、京千里(かなどめ せんり)」
「ありがとうございます、京店長」
「千里でいい」
有無を言わさぬ口調にうなずいたら、突然千里が勢いよくしゃべりだした。
「三矢田璃世、六月十二日生まれ、二十一歳、O型。家族は弟がひとり。性格は真面目で勤勉。長所は寝つきの良さ、短所は方向音痴。身長一五三センチ、スリーサイズは上から八じゅ――」
「わわわわっ! そこまでで結構です!」
慌てて両手を振りながら止めに入る。個人のスマホにどうしてそんな個人情報が。
紹介状代わりに知り合いの親戚のそのまた――の人づてから送られてきたのだろうか。それにしても、璃世のスリーサイズなんて誰も知らないはずなのに――。
千里は当然のような顔をして、さらに驚くことを言った。
「これくらいは知っておいて当たりだ。嫁のことだからな」
「へ……?今なんて……?」
「知っていて当然」
「や、その後の」
自分の聞き間違いであってほしい。一縷の望みを込めてじっと見つめる。
「嫁のこと」
「そ、それです! なんですか、嫁って……私は就職の面接に来たんですけど……」
「ああ、たしかに就職だ――頭に“永久”がつくな」
「えぇっ!」
“面接”だと思って来たのに、それが実は“見合い”だったなんてとんでもない。自分が欲しいのは自力で生きていくための収入であって、間違っても結婚相手ではないのだ。
「話が違うようなので、私はこれで!」
すばやくきびすを返したところで腕を掴まれた。力任せにグイッと引っぱられ、次の瞬間、背中を壁に押しつけられた。
「なっ、なにを――っ」
抗議の言葉を遮るように、千里が璃世の顔の横に「ダンッ」と音を立てて思いきり手をつく。
「な、なにするんですかっ!」
「なにって……夫婦になる契り?」
微笑みながら小首をかしげられ、頭がクラッとする。これはもしや、貞操の危機感というやつなのか。そんなの冗談じゃない。
我に返って必死に目の前の男を睨みつける。
「意味が分かりません! とにかく今すぐ離れてください! なにかしたら警察呼びますから!」
「呼べるもんなら呼んでみな」
「なっ……」
なにそれ! と思った瞬間、思い出した。携帯は故障中だ。警察なんて呼べるはずない。けれどこの人はそのことを知らないはずなのに。
ますます意味がわからなくて、いいかげん頭がショートしかけている。それでもなんとか平静を保とうと眉間に力を込めたところで、突然あごを掴まれクイッと上向かされた。
可動域いっぱいまでまぶたを持ち上げた璃世を見て、千里がクッと短く笑う。
真の意味、“目と鼻の先”で。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
あやかし学園
盛平
キャラ文芸
十三歳になった亜子は親元を離れ、学園に通う事になった。その学園はあやかしと人間の子供が通うあやかし学園だった。亜子は天狗の父親と人間の母親との間に生まれた半妖だ。亜子の通うあやかし学園は、亜子と同じ半妖の子供たちがいた。猫またの半妖の美少女に人魚の半妖の美少女、狼になる獣人と、個性的なクラスメートばかり。学園に襲い来る陰陽師と戦ったりと、毎日忙しい。亜子は無事学園生活を送る事ができるだろうか。
魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~
橘花やよい
キャラ文芸
京都嵐山には、魔法使い(四分の一)と、化け猫の少年が出迎えるドーナツ屋がある。おひとよしな魔法使いの、ほっこりじんわり物語。
☆☆☆
三上快はイギリスと日本のクォーター、かつ、魔法使いと人間のクォーター。ある日、経営するドーナツ屋の前に捨てられていた少年(化け猫)を拾う。妙になつかれてしまった快は少年とともに、客の悩みに触れていく。人とあやかし、一筋縄ではいかないのだが。
☆☆☆
あやかし×お仕事(ドーナツ屋)×ご当地(京都)×ちょっと謎解き×グルメと、よくばりなお話、完結しました!楽しんでいただければ幸いです。
感想は基本的に全体公開にしてあるので、ネタバレ注意です。
夢接ぎ少女は鳳凰帝の夢を守る
遠野まさみ
キャラ文芸
夢を見ることが出来なかった人に、その人が見る筈だった夢を見せることが出来る異能を持った千早は、夢を見れなくなった後宮の女御たちの夢を見させてみろと、帝に命令される。
無事、女御たちに夢を見せることが出来ると、帝は千早に夢に関する自らの秘密を話し・・・!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
骨董商リュカと月の神子
不来方しい
キャラ文芸
月の名を持つ有沢優月は東北の出身だ。彼の住む田舎に伝わる因習は、優月を蝕み呪いをかけていた。
月に住む神に神子として贄を捧げなければならず、神子は神を降ろした男と結婚しなければならない。優月は神子としての運命を背負わされた家に生まれ、使命をまっとうしなければならなかった。
逃げるように東北を去り、優月は京都の大学へ進んだ。そこで出会ったのは、骨董商を名乗るリュカだった。
異国の人でありながら日本語は完璧で、骨董の知識も豊富。人当たりもよく、けれど自分の話はほとんどしないミステリアスな男だった。
リュカに誘われるまま骨董屋で働くことになった。彼は「日本で探しているものがある」と言う。自分の運命の期限が迫る中、優月は何かと助けてくれる彼の力になろうと心に決めた──。
護堂先生と神様のごはん あやかし子狐と三日月オムライス
栗槙ひので
キャラ文芸
中学校教師の護堂夏也は、独り身で亡くなった叔父の古屋敷に住む事になり、食いしん坊の神様と、ちょっと大人びた座敷童子の少年と一緒に山間の田舎町で暮らしている。
神様や妖怪達と暮らす奇妙な日常にも慣れつつあった夏也だが、ある日雑木林の藪の中から呻き声がする事に気が付く。心配して近寄ってみると、小さな子どもが倒れていた。その子には狐の耳と尻尾が生えていて……。
保護した子狐を狙って次々現れるあやかし達。霊感のある警察官やオカルト好きの生徒、はた迷惑な英語教師に近所のお稲荷さんまで、人間も神様もクセ者ばかり。夏也の毎日はやっぱり落ち着かない。
護堂先生と神様のごはんシリーズ
長編3作目
金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
此処は讃岐の国の麺処あやかし屋〜幽霊と呼ばれた末娘と牛鬼の倅〜
蓮恭
キャラ文芸
――此処はかつての讃岐の国。そこに、古くから信仰の地として人々を見守って来た場所がある。
弘法大師が開いた真言密教の五大色にちなみ、青黄赤白黒の名を冠した五峰の山々。その一つ青峰山の近くでは、牛鬼と呼ばれるあやかしが人や家畜を襲い、村を荒らしていたという。
やがて困り果てた領主が依頼した山田蔵人という弓の名手によって、牛鬼は退治されたのだった。
青峰山にある麺処あやかし屋は、いつも大勢の客で賑わう人気の讃岐うどん店だ。
ただし、客は各地から集まるあやかし達ばかり。
早くに親を失い、あやかし達に育てられた店主の遠夜は、いつの間にやら随分と卑屈な性格となっていた。
それでも、たった一人で店を切り盛りする遠夜を心配したあやかしの常連客達が思い付いたのは、「看板娘を連れて来る事」。
幽霊と呼ばれ虐げられていた心優しい村娘と、自己肯定感低めの牛鬼の倅。あやかし達によって出会った二人の恋の行く末は……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる