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9.エピローグ
[2]ー2
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「い、嫌なわけないでしょ」
かろうじてツンと横を向いて怒ったように言ったが、嫌だとはっきり言わなかった時点で敗戦が濃厚な予感しかない。あごに手を掛けられ、思いきり上向かされる。
「あ、あの」
チュッ、と音を立てて唇を啄まれる。
「リップが剥げちゃう」
「大丈夫、塗らなくても十分魅力的だ」
「そろそろスタッフが呼びに来るわ」
「待たせておけばいいさ」
「そんなわけには――ひゃっ」
両手で必死にタキシードの胸を押し返しながら顔を背けたら、耳の端をパクリと咥えられる。背中の手に腰をグッと押さえられ、反対の手がドレスの肩ひもをずらそうとしてくる。
ど、どうしよう。このままではせっかく準備万端になったのに、挙式が始まる前に台無しになってしまう。
肩ひもが両方とも二の腕に下ろされ、たわんだ布の合間から彼手が今まさに侵入しようとする。
「挙式が終わったらなんでもするから! 今はがまんして!」
叫ぶと同時に、呼び鈴が鳴った。スタッフが迎えに来たのだ。
どうにかスタイリングを乱されることなく挙式を迎えられそうだとホッとしつつ、差し出された腕に手を掛けて部屋を出た。
すれ違う人たちに『Congratulations!』と声をかけられながら、ホテル内を移動し、五十七階の『サンズスカイパーク』にたどり着く。
デッキに出た瞬間、インフィニティプールが目に飛び込んできた。夕陽に照らされた水面が、キラキラとオレンジ色に光っている。
ここで圭吾と再会したのね……。
胸が熱くなり、導かれるように隣を振り仰いだら、彼はこちらを見ていた。柔らかくまぶたを細め、しっかりとうなずいてくれる。
まぶたが熱く潤んでくるのを必死にこらえながら、ゆっくりと展望デッキへ向かって進んで行く。
船首のように細くなった先に神父が立っている。
講壇の前に並ぶと、あの日と同じ、宵闇に包まれていくシンガポールの街が一望できた。明かりが灯り始めたビル群に、濃紺のとばりの裾がかかっている。
神父が読み上げた誓いの言葉に、万感の思いを込めて『誓います』と答えた。
〝運命の赤い糸〟なんて最初からなかったのだと、投げやりになっていたあの日の自分に言ってやりたい。その相手とはこれから〝再会〟するのよ、と。
『誓いのキスを』
その言葉に向かい合う。ベールを持ち上げられ見つめ合った。
周りには私達の挙式を見守る人だかりができていて、痛いほどの視線を感じる。ふたりきりのひっそりとした挙式をイメージしていたため、こんなに多くの人に見守られながらキスをするなんて思わなかった。圭吾のことだから、きっと周りの目なんて気にせずここぞとばかりにいつものようなキスをするに違いない。
ドキドキとうるさい心音を聞きながらまぶたを下ろすと、唇に温もりが触れた。――と思ったら、すぐに離れた。あれ? とまぶたをしばたたかせる。その瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。
「きゃっ」
思わず首にしがみつくと、周囲からどよめきの声と拍手が湧いた。彼は私を見てにこりと微笑む。
「二度目の初夜だな」
「しょっ!」
「なんでもしてくれるんだよな、奥さん」
「うぅっ……」
言葉に詰まった私の額にチュッとキスを落とすと、彼は私を横抱きにしたまま歩きだした。はやし立てる人々の間を堂々と進んでいく。
赤くなった顔を彼の胸にうずめながら、さっきの自分を呪っても後の祭りだ。
けれどさすがにこのまま手も足も出せないのは悔しすぎる。私にだって、十年間国内外のつわもの達を相手にしてきたという自負がある。
「じゃあ、私のお願いも聞いてくれる?」
上目使いに尋ねると、彼がにこりと余裕の笑みを見せた。
「ああ、もちろん。俺に叶えられることなら」
ゴクッと小さくつばを飲み込み、彼の肩に手を置いて耳元に唇を寄せる。
「圭吾の赤ちゃんが欲しい」
形のいいアーモンドアイが見る見る開かれた。
『しばらくはふたりの時間を楽しもう』と言われたときは、別にそれでいいかとうなずいたけれど、気持ちが通じ合って以降『彼の子を授かりたい』という思いが日増しに強くなっていた。
彼はイエスともノーも言わず黙っているが、耳は赤く染まり、足の回転はこれ以上ないくらいに速い。
これからバラの花びらが散りばめられたあのベッドの上で、身も心も溶け合うような濃密な愛を交わすだろう。考えただけで体が燃えるように熱くなる。
あの夜の続きは、きっとここからなのだ。
【Fin.】
かろうじてツンと横を向いて怒ったように言ったが、嫌だとはっきり言わなかった時点で敗戦が濃厚な予感しかない。あごに手を掛けられ、思いきり上向かされる。
「あ、あの」
チュッ、と音を立てて唇を啄まれる。
「リップが剥げちゃう」
「大丈夫、塗らなくても十分魅力的だ」
「そろそろスタッフが呼びに来るわ」
「待たせておけばいいさ」
「そんなわけには――ひゃっ」
両手で必死にタキシードの胸を押し返しながら顔を背けたら、耳の端をパクリと咥えられる。背中の手に腰をグッと押さえられ、反対の手がドレスの肩ひもをずらそうとしてくる。
ど、どうしよう。このままではせっかく準備万端になったのに、挙式が始まる前に台無しになってしまう。
肩ひもが両方とも二の腕に下ろされ、たわんだ布の合間から彼手が今まさに侵入しようとする。
「挙式が終わったらなんでもするから! 今はがまんして!」
叫ぶと同時に、呼び鈴が鳴った。スタッフが迎えに来たのだ。
どうにかスタイリングを乱されることなく挙式を迎えられそうだとホッとしつつ、差し出された腕に手を掛けて部屋を出た。
すれ違う人たちに『Congratulations!』と声をかけられながら、ホテル内を移動し、五十七階の『サンズスカイパーク』にたどり着く。
デッキに出た瞬間、インフィニティプールが目に飛び込んできた。夕陽に照らされた水面が、キラキラとオレンジ色に光っている。
ここで圭吾と再会したのね……。
胸が熱くなり、導かれるように隣を振り仰いだら、彼はこちらを見ていた。柔らかくまぶたを細め、しっかりとうなずいてくれる。
まぶたが熱く潤んでくるのを必死にこらえながら、ゆっくりと展望デッキへ向かって進んで行く。
船首のように細くなった先に神父が立っている。
講壇の前に並ぶと、あの日と同じ、宵闇に包まれていくシンガポールの街が一望できた。明かりが灯り始めたビル群に、濃紺のとばりの裾がかかっている。
神父が読み上げた誓いの言葉に、万感の思いを込めて『誓います』と答えた。
〝運命の赤い糸〟なんて最初からなかったのだと、投げやりになっていたあの日の自分に言ってやりたい。その相手とはこれから〝再会〟するのよ、と。
『誓いのキスを』
その言葉に向かい合う。ベールを持ち上げられ見つめ合った。
周りには私達の挙式を見守る人だかりができていて、痛いほどの視線を感じる。ふたりきりのひっそりとした挙式をイメージしていたため、こんなに多くの人に見守られながらキスをするなんて思わなかった。圭吾のことだから、きっと周りの目なんて気にせずここぞとばかりにいつものようなキスをするに違いない。
ドキドキとうるさい心音を聞きながらまぶたを下ろすと、唇に温もりが触れた。――と思ったら、すぐに離れた。あれ? とまぶたをしばたたかせる。その瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。
「きゃっ」
思わず首にしがみつくと、周囲からどよめきの声と拍手が湧いた。彼は私を見てにこりと微笑む。
「二度目の初夜だな」
「しょっ!」
「なんでもしてくれるんだよな、奥さん」
「うぅっ……」
言葉に詰まった私の額にチュッとキスを落とすと、彼は私を横抱きにしたまま歩きだした。はやし立てる人々の間を堂々と進んでいく。
赤くなった顔を彼の胸にうずめながら、さっきの自分を呪っても後の祭りだ。
けれどさすがにこのまま手も足も出せないのは悔しすぎる。私にだって、十年間国内外のつわもの達を相手にしてきたという自負がある。
「じゃあ、私のお願いも聞いてくれる?」
上目使いに尋ねると、彼がにこりと余裕の笑みを見せた。
「ああ、もちろん。俺に叶えられることなら」
ゴクッと小さくつばを飲み込み、彼の肩に手を置いて耳元に唇を寄せる。
「圭吾の赤ちゃんが欲しい」
形のいいアーモンドアイが見る見る開かれた。
『しばらくはふたりの時間を楽しもう』と言われたときは、別にそれでいいかとうなずいたけれど、気持ちが通じ合って以降『彼の子を授かりたい』という思いが日増しに強くなっていた。
彼はイエスともノーも言わず黙っているが、耳は赤く染まり、足の回転はこれ以上ないくらいに速い。
これからバラの花びらが散りばめられたあのベッドの上で、身も心も溶け合うような濃密な愛を交わすだろう。考えただけで体が燃えるように熱くなる。
あの夜の続きは、きっとここからなのだ。
【Fin.】
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ゆたか様
いつもワクワクしながら読んでいます。
これからどうなるのかドキドキ💓ですねー
さて、14pが13pと同じみたいです、ご確認をお願いします。
三寒四温で体調管理が難しい、くれぐれもご自愛くださいね😊
里芋コロッケ様
いつもありがとうございます!
ご指摘ありがとうございます!大変助かりました!!
引き続きお楽しみいただければ幸いです💕
里芋コロッケさんも、気温の変化の激しい昨今ですので、どうぞご自愛くださいませ🥰