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8.告白の行方***

[3]ー1

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「圭君、待ってっ……」

 私の手を引いてズンズンと速足で進んでいく。こちらを振り返りもしない。

「お願い、なにか飲ませて! 家を出てからなにも飲んでなくて喉が」

 懇願するように言うと彼の足がピタリと止まる。近くのコインパーキングにある自販機でスポーツドリンクを買ってきてくれた。

「ありがとう」

 手渡されたボトルに口をつける。喉を冷たい水分が滑り落ち、体にスーッと染み込むようだ。生き返る。
 ほうっとため息のように深い息をついた次の瞬間、体がふわりと浮いた。

「きゃあっ」
「今のうちにしっかり飲んでおいて」

 彼は私を横抱きにし、それだけ言うと歩きだした。

 家に帰り着くなり寝室へ直行した。ベッドの上に私を座らせると、私の手からペットボトルを抜き取りサイドテーブルに置く。振り向いて私をじっと見下ろした。

 目が怖い。これは絶対本気で叱られるやつだ。黙っていなくなったことを怒っているのだろう。

「ご、ごめんなさい。ちょっと外の風に当たったらすぐに戻るつもりだったんだけど……その……ちょっと帰り道がわからなくなって……」
「それについてはまた後だ」
「え?」
「それよりも聞きたいことがある」

 眉間にしわを刻んで真剣なまなざしを向けられ、鼓動が速まる。こんなに険しい表情の彼を見たのはシンガポールでの再会のとき以来だ。

「誰が誰と別れるって?」
「え?」
「菊池さんにそう言っただろう」
「聞いてたの……」
「俺は別れるつもりなんてない」
「……例えばの話よ」

 そう口にした途端ハッとした。私、あの後なにをしゃべった……?

 記憶を手繰り寄せようとうつむいたら、彼がベッドの上に片ひざをついた。スプリングがミシリと音を立てる。すぐ目の前に彼の上半身が迫り、体がおのずとのけ反った。

「確かに俺はおまえが言った通り、菊池さんのことをすきになることはない。でもそれは、彼女が嫌がらせをするような人間だからではない」

 真剣な瞳に真っすぐに私を射抜かれ、息をのんだ瞬間。

「香子、おまえのことを愛しているからだ」

 大きく目を見張ると同時に、彼の手がトンと肩を押した。あっけなく背中からマットレスに沈む。
 私の顔の両側に手をつくと、彼は自分の体とベッドの間に私を閉じ込めた。

「……うそ」

 長い思考停止の末、頭に浮かんだ言葉がポロリと口からこぼれた。圭君がキュッと眉根を寄せる。

「うそじゃない」
「じゃあどうして? どうしてあの写真を見ても普通にしていられたの⁉ 一緒に映っていたのが結城……っ」

 突然口を手で塞がれて驚く。

「その名前は聞きたくない」

 思いきり不機嫌そうな顔で言われ、目をしばたたかせると、手が外された。

「どうして……」

 あのときはまったく意にも介していない様子だったのに……。

「どうやら俺はかなり嫉妬深いらしい」
「えっ!」

 思わず大きな声で驚くと、彼がさらに苦い顔になる。

「あの男におまえが処女をあげたかったんだと思うだけでかなり腹が煮える」
「……っ! その話は忘れてっ」
「それが簡単にできれば苦労はしない。前におまえを外務省の入り口で待っていたとき、おまえと一緒に出てきたあの男を見て、追いかけて行って『こんないい女を振るとは、もったいないことをしたな』と言ってやろうかと思った」
「なっ!」
「今回の写真も正直かなり業腹だ。あの場で写真を引きちぎりたいのを必死に抑えていた。大事な証拠を破損させるわけにはいかないという考えはもちろんあったが、それよりも、そんな取り乱した姿をおまえに見られたくなかったというのが一番だったな」
「う、そ……」
「うそじゃない。平気そうに見えたのは、長年弁護士として培ってきたポーカーフェイスのおかげだろうな」

 そうまで言われても、彼の『愛している』という言葉を百パーセント信じきることができないでいた。
 彼が抱いた嫉妬心は、子どもの頃からかわいがってきた〝妹〟がほかの男に興味を持つことが気に入らないだけ。シスコンの兄弟や娘を持つ父親の心境のようなものかもしれない。

「俺がいつまでもおまえのことを妹だと思っているとでも?」

 開きかけた唇の下を彼が指の腹でなぞる。
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