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8.告白の行方***

[2]ー3

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 そうだ。私は朝比奈圭吾の妻だ。

 なにが『永遠に家族のまま』だ、『愛されることさえ望まなければいい』だ。諦めるには早すぎる。まだ、彼にひとりの女性として見てもらうための努力をなにもしていないじゃないか。

 ずっとそばにいることのできる特別な権利をすでに得ているくせに、なにを贅沢なことを考えていたのだろう。
 彼が私のことを何とも思っていなくても、時間なら十分にある。なんなら墓の中まで追いかけて行って、何度でも「すき」を伝えればいい。
 〝運命の赤い糸〟なんて、自分でたぐり寄せてくくりつけてやればいいのだ。

 そうと決まれば今度こそ圭君に告白しよう。彼が私をどう思っているかではない、私が彼をどう思っているかだ。そのことをきちんと言葉にして伝えるんだ。

 腹をくくったらなんだかすっきりした。と同時に、目の前の彼女がすこしかわいそうに思えてくる。

 彼女にしてみれば、私の方が後から割り込んできたように感じたのだろう。悔しくて腹立たしい気持ちはよくわかる。私もそうだった。
 彼女も後になって見当違いな思い込みだと気づいたら、自己嫌悪と羞恥で悶え苦しむのだろうか。

 こちらを必死に睨みつけている彼女を見た。パッチリとした瞳に涙をにじませ、肩をフルフルと小さく震わせている。小柄でかわいらしく、つい守ってあげたくなるような子だ。きっと多くの男性達を惹き付けるだろう。

「もったいないわね」

 素直な言葉が口からポロっとこぼれた。「え?」と菊池さんが目を見開く。

「たしかにあなたの方が若くてかわいい。それは間違いないわ。仕事バカとか拗らせ片想いなんてまったく縁がなさそうだし」
「は?」

 彼女の顔には、はっきりと『この女、なにを言っているの?』と書いてある。その顔を真正面からしっかりと見据える。

「でも、誰かに優劣をつけたりおとしめたりすることで築いた地位なんて、泥で作った舟と同じ。あっという間に溶けて沈んでしまう。その舟が立派であればあるほど、深い場所まで行って自力で戻ることはできなくなるのよ」
「なっ……!」
「それにね、そんな人に彼は――夫はなびいたりしないわ。たとえ私と別れたとしてもね」
「……っ」
「朝比奈圭吾という人間は、弁護士であることに矜持を持っているの。どんなときでも法を司る者であるという自覚を忘れたりしない。そんな彼が、違法まがいの嫌がらせをするような人のことをすきになるはずがない」

 ひと言ひと言はっきりと、確信をもって言葉にした。

 黙って立ち尽くす彼女を、幹線道路を走る車のライトに照らす。その顔は涙で濡れていた。
 さすがに彼と一緒に働いているのだから、私が言ったことが正しいかどうかくらい判断できたのだろう。

「私は彼に恥ずかしくない自分でいたい。たとえ愛されなくても、彼のことをすきになった自分のことを嫌いになりたくないから」

 首席に失恋したとき、彼のことをすきだった自分のことまで嫌いになりかけた。それは自分の傲慢さに気がついたからだ。もう同じてつは踏んだりしない。

「なによ、えらそうに!」

 大きな声にハッと顔を上げた瞬間、菊池さんが大きく手を振り上げるのが見えた。反射的に両腕をクロスして頭をかばう。けれど待っても予測される衝撃は訪れない。
 そろそろと腕を下ろしたら、彼女は手を途中で止めたままボロボロと大粒の涙をこぼしていた。
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